違う!
波はますます荒れ、空から雨が落ち始めた頃に、船は何事も無くセルナク国の港に着いた。
港では歓迎するかのように人が並んでいる。だけど、ほとんどが武装した兵士だ。剣は向けられてはいないが、まるで戦争に来たみたいだった。
(ある意味、戦争と言えなくもないか・・・)
だけど、今はあくまで心理戦だ。本当の戦いを避けるために来たんだから。
「これはこれは皇太子トラヴィス様。わざわざご足労頂き感謝いたします」
セルナクへと降りたった私達の方に、一人の男性が進み出てきた。
「我が国で宰相を任されております、ダンジエルと申します。国王より皆様をご案内するように申し付かっております。王宮では今宵、晩餐にご招待させて頂きます」
恭しく頭を下げ、出迎えに来た風にそう言ったが、その顔には笑顔一つない。
トラヴィスはダンジエルのその態度を、しばらく黙って見降ろしてたが、
「我が皇国の使者が貴国に囚われていると聞いた。晩餐より先に、その事について詳しくご説明頂きたいものだが」
相手におもねる事無く、堂々とした態度で切り込んでいった。
宰相は少しひるんだ様子を見せたが、
「これは・・・皇太子殿下は少々せっかちでいらっしゃられるようだ。それに我が国がご使者を囚えているとは人聞きが悪い。殿下がいらっしゃるまで、ご滞在頂いてただけですよ」
いけしゃあしゃあとそんな事を言う。そして鼻で笑う様な声を出した後、
「殿下におきましては、我が国の王女エメライン様を陥れた罪人、コールリッジ公爵令嬢を連れて来て頂き、感謝しております。さて、それはどちらの方ですかな?」
そう言って私とリリーを交互に見た。
(あん!?、こいつ今なんて言った?)
はなから私を罪人だと決めつけた言い方に、かちんと来ると同時に背筋が冷えた。
(う~ん、やっぱ何事も無く和解してバイバイとはいかないか)
さらに宰相は下卑た笑いを口元に浮かべて、私達を舐める様に見ると、
「なかなかお二人ともお美しいご令嬢で・・・これでは騙される御仁も多い事でしょうな、ほっほ」
(きっも!ワザと怒らせようとしてんのか、この男は!?だいたい、騙してんのはあんたとこの王女でしょうが!)
張り付けた笑みが、怒りにひきつるのが分かった。
だけど、こんな嫌な野郎の前にいても、さすがにトラヴィスは冷静な態度を崩さなかった。
「我々としては、まだそちらの言い分を認めてはおりませんよ。コールリッジ公爵令嬢が王女を陥れたと言う事実はありません。それよりも王女の学園での暴挙について、帰国から謝罪の一つも無いのはどう言う訳でしょうか?」
宰相は不穏な気配と共に目を細め、彼の周りの兵士も一瞬気色ばむ。しかし宰相は首を振ると、
「ここで議論するのはやめましょうか。私は貴方がたをお迎えに参じただけですのでね。ではご案内致しますので馬車にお乗りください。ああ、騎士団の方は船で待機して頂けますかな」
その言葉にトラヴィスの護衛騎士団はざわめいた。
「馬鹿な!我々は殿下をお守りする為に来たのだ!殿下から離れる事など受け入れられるわけが無いだろう!」
「皇太子殿下は我が国の軍がしっかりお守りしますよ。それとも騎士団の方々は、それっぽっちの人数で我々に喧嘩を売るおつもりで?」
どっちが喧嘩を売っているのか分からない言い方で、宰相はほくそ笑む。剣を抜きかけた騎士団長の手をトラヴィスが押さえた。
「やめるんだ騎士団長。彼の言う通り、護衛騎士たちと共に船で待機・・・いや、港では無く沖合で待機していてくれ」
「殿下!?それでは!」
「頼む。こちらは大丈夫だから、そうしてくれ」
騎士団の面々は悔しそうに顔を歪ませている。だけどこの場合、トラヴィスの判断が正しい。
(騎士団まで人質に取られたら、こっちは身動き取れなくなるもんなぁ)
少数精鋭で向かう方が勝機がある。しかも私以外は精鋭中の精鋭だ。
私達6人は大人しく馬車に乗り込んだ。その時、宰相が侍女姿のクリフの方をちらりと見て、嫌らしい顔つきをしたのを見逃さなかった。
(うげぇ・・・こいつは精神魔術にかけられていたとしても、同情の余地無しだな)
トラヴィスはこっそり宰相に向かって中指を立てていた。
城に着いた私達は、まずそれぞれの滞在部屋へと案内された。
「晩餐の時間までお部屋でお休み頂くよう、仰せつかっております」
城の女官の後に私達は続いた。すると彼女は廊下の分かれ道で、私達をトラヴィスとディーンとは反対の方向へと案内しようとする。
「どういう事だ?どうして部屋を離す!?」
トラヴィスがそう声を上げると、
「城内では男性と女性は滞在場所は分けておりますので・・・」
女官は無感情な声でさらりとそう言った。仕方なく、その言葉に従い、私達は反対方向へと離れていく。
ディーンは廊下の角を曲がるまで、気遣わしそうな目線でずっとこちらを見ていた。そして次の分かれ道では、どういう訳か私とリリーも違う方向へ案内された。
(どういう事よ・・・?)
罠かな?罠だろうな・・・。でもこんなあからさまに?
「アリアナ・・・」
リリーは不安そうに両手で私の手を握る。
「だ、大丈夫ですよ!・・・侍女も一緒ですから」
私は不安を押し殺し、リリーに笑みを返した。隣で侍女の恰好をしたクリフが小さく頷く。そしてリリーに手を振った後、緊張しながら二人で女官の後に続いた。
しかし何故か女官は廊下を曲がってから、今度は階段をどんどん下って行く。
(あれ?え?ここって・・・もしや・・・)
そして、ある部屋の扉の前で立ち止まると、私達とは目も合わさず女官は頭を下げた。
「それではお部屋でごゆっくりお休みくださいませ」
その部屋は石の壁に囲まれて、狭い空間に置いてあるのは粗末な木のベッドが二つと小さなテーブルと椅子。そして窓は一つも無い。
やっぱこれって、
「牢獄!?」
顔を見合わせる私とクリフの後ろで、鉄の扉がガシャンと閉じられた。
噓でしょ!?まさか、いきなり投獄されるとは。
「半分冗談で言ってた事が、本当になりました・・・」
唖然としている私の前で、クリフは扉を調べ始めた。
「しっかり鍵がかけられてる。ふん、だが魔術でかけられている訳では無さそうだ。吹っ飛ばそうと思えば出来るけど、・・・どうする?」
超絶美女の侍女は、本当に物騒な事を言う。
「あ~、いざとなったらお願いします。今は様子を見ましょう」
トラヴィスやリリーはどうなっただろう?さすがに自分と同じ目に遭ってるとは思えないけど、どうもセルナクは信用できない。
(少なくともリリーはまともな部屋に通されてたよね・・・?)
ここにマリオット先生がいる以上、取り敢えずはまだ、相手の出方を見るしかない。
ベッドに腰かけて、どうしたモノやらと思っていたら、突然扉の鍵がガチャリと開く音がした。
(え?)
クリフがサッと私の前に出て身構える。
ギィと耳に付く音を立てて扉が開くと、そこに立っていた人物を見て私達は驚愕した。
「エ、エメライン王女!?」
私は座っていたベッドから飛び上がった。いきなりの大ボス登場はさすがに予想外だ。
「な、なんで・・・?」
エメラインは酷薄な笑みを浮かべて、クリフ越しに私を見た。その目が怪しげに揺れるのを見て、どういう訳か変な違和感と、そして既視感を感じた。
(ん?・・・この気持ち悪い目、どっかで見たような・・・)
首をひねる私に、エメラインは一言、
「あれで終わったと思わない事ね・・・」
「・・・は?」
「彼は私のモノ、貴女は私の器になるの」
(まさか・・・)
彼女の言葉を聞いて、私は恐ろしい事に気が付いてしまった。
(違う!この人は・・・!?)
「クリフ!」
私の叫びと共にクリフがシールドを張り、私は彼に力を注いだ。しかしエメラインは、そのシールドを片手で叩き壊した。
「なっ!?」
彼女の右手に魔力増幅の宝玉が白く輝いている。
そして次の瞬間、クリフが壁に叩きつけられるのを見たのを最後に、目の前をテレビ画面のようなノイズが走った。
(ヤバい・・・)
と思うと同時に灯りを消したかのように、私は闇に包まれてしまった。




