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モブ系悪役令嬢は人助けに忙しい  作者: 優摘
最終章 悪役令嬢は・・・
202/218

聖女

 次の日、海は少し荒れていた。


 「予定通り昼頃にはセルナクに着きそうだ」


 トラヴィスが船長と話した後、そう知らせてくれた。船に乗っているのは私達と船員。そして皇太子と私達の護衛騎士達だ。

 日を追うごとに敵国になりつつある隣国に、だんだんと近づくにつれ、皆の緊張感が増しているようだ。


 「殿下達の事は、我々の命に代えてもお守りいたします!」


 騎士団長は気合たっぷりだが、私は色々不安だった。


 (団長には申し訳無いけど、この中で一番強いのって、結局トラヴィスなんだよなぁ・・・)


 つまり、逆に考えれば、この護衛騎士達はトラヴィスにとっては守らなくてはいけない対象となるわけだ。

 もちろんとトラヴィスはそんな事はおくびにも出さず、


 「君達は我が皇国の精鋭たちだ。頼りにしているぞ」


 そう言って団長の肩を叩いた。団長も騎士達も感極まったように、ほほを上気させている。


 (さすがねーさん、人たらしが上手い)


 しかし甲板にいる騎士達の半数は、どうやら船酔いに苦しんでいるようで、リリーは癒しの魔術に大忙しだ。


 (本当にこう言うのは申し訳無いけど、足手まとい感がエグいな・・・)


 セルナクに着くまでは、リリーをあまり疲れさせたくないんだけどな。何せ、精神魔術を解くには彼女の光の魔力が頼りなのだから。


 「ア、アリアナ・・・」


 苦し気な声に後ろを振り返ると、グローシアが今にも倒れそうな真っ青な顔で口を押えていた。


 「グローシア!もしかして船酔いですか!?」


 「・・・すみません・・・不覚を取りました・・・うっ」


 それでも剣を腰に差したまま、私の傍を離れない。


 「・・・アリアナの護衛だけは・・・護衛だけは、私が・・・うっ」


 「わわわ!ちょっと待った!」


 私は慌ててグローシアの手を引いてをリリーの所へ連れて行った。


 そう言えば昨日の夜、少し風が強かった。

 嵐と言うには程遠いけど、波のうねりが高く、朝から船の揺れが激しい。


 ディーンとクリフは?と心配して見ると、二人はどうやら平気そうだ。船の揺れなど、何とも無いという風にケロッとしている。トラヴィスもそうだし、攻略者達はやはりあらゆる面でチートなのかもしれない。全く羨ましい限りだ。


 (さあて!リリーを手伝うとするか!)


 もちろん、パワーの供給である。ただし、私の能力については極秘である為、周りに気付かれない様にしないといけない。


 私はこっそり力を流す為にリリーの後ろに移動した。何気ない様子で話しかけながら彼女の肩に手を置いた。そうして、少しずつ力を注いでいく。


 (うむ、慣れて来たぞ)


 流す力を加減できるようにもなって来た。やはり何事も習うより慣れろだ。


 リリーの癒しの魔術は温かい光となって広がり、騎士達全員、ついでにグローシアの船酔いまで、みるみるうちに癒していく。


 「ああ、あんなに辛かったのに、何ともない!」


 「お、俺もすっかり良くなりました」


 「な、なんて神々しい姿なんだ・・・」


 「あ、ありがとうございます、聖女様!」


 女神の様な微笑みを返すリリーに、騎士達はすっかり、でっろでろだ。


 (へへへ、さすがヒロインだぁ)


 ついでに私もでろでろなのだ。

 すると、全員癒したはずなのに、数人の騎士達が私達に近寄って来た。

 

 「聖女様、私はまだ少し気分が重くて・・・」


 「僕も、ちょっと頭が痛くて」


 (ん?)


 どうにも仕草がワザとらしい。


 (こいつら、仮病だな?)


 リリーと一緒にいたいと言う、下心が見え見えである。そんな奴らにも、リリーは嫌な顔一つせず、癒しの魔術を施していく。

 

 (おいおい、リリーに手間をかけさせるんじゃないよ)

 

 だけど彼らの気持ちも分かる気がした。

 揺れる船の上で、リリーの周りだけが、柔らかく温かい雰囲気に満ちている。彼女の傍に居ると、まるで母親に守られているような安心感に包まれるような気がして、離れがたくなってしまう。


 (・・・ああ、そっか。リリーはもう・・・すっかり聖女なんだね)


 私のヒロインは、これまでの経験を糧に大きく成長した。

 誇らしいような、それでいて寂しいような、だけど嬉しいと言う奇妙な感情が込み上げてくる。


 これからもきっと、リリーは人々の心に安らぎを与えていく。そんな唯一の存在になっていくのだろう。


 リリーに力を流しながら、彼女に笑顔を向ける騎士達の姿を見て、私は感慨にふけっていた。

 だけど、そんなのどかな雰囲気は、一人の船員の声で何処かへ飛んで行ってしまった。


 「セルナク国が見えました!」


 甲板にいる全員が、船員が指さす方向に釘付けになった。私達はいよいよ隣国に乗り込まなくてはいけないのだ。


 「よし、上陸の準備だ!」


 トラヴィスの掛け声に、私達は全員、気持ちを奮い立たせた。




 そして船が港に到着する少し前のこと・・・


 「お、おおおっ!」


 私達が集まった船室の中に、どよめきが走った。


 「す、凄い・・・」


 私がそう呟いた横で、


 「ク、クラーク様には近寄らないで下さい!」


 グローシアが焦った声を上げながら彼をねめつける。


 「さすがと言うか・・・、予想以上だな」


 トラヴィスが笑いを堪える様に口元を押さえ肩を震わせた。

 皆の視線の中心にいる彼は、無表情で、どこか死んだ魚の様な目をしている。その横ではリリーが珍しくドヤ顔で「自信作です!」と胸を張った。

 ディーンがトラヴィスの隣で肩をすくめながら、


 「もう少し愛想の良い顔をしてないと疑われるぞ。お前はアリアナの侍女なんだからな、クリフ」


 「・・・ああ、分かってる」


 クリフは頭に乗せたカツラを手で押さえながら溜息をついた。

 そんな普通の仕草ですら艶然としていて・・・


 (やっば・・・どっから見ても傾国の美女だわ、これは・・・)


 この美女を手に入れる為だったら、戦争の1つや2つ起きてもおかしくない。改めてクリフの美貌に恐れ入っていた。


 実はこれは作戦の一つなのである。


 もしかしたら、私達はセルナクでそれぞれバラバラに引き離される可能性がある。その場合トラヴィスには護衛としてディーンが、そして聖女のリリーには侍女に扮したグローシアが付き、私には女装したクリフが侍女となって付きそうという算段だ。


 ただ予想外と言うか、計算以上だったのがクリフの女装姿だったわけで・・・、身に着けているのは侍女の地味なワンピースに、スタンダードな茶髪の結い上げたカツラだというのに、彼は完璧に女性・・・いや、『美し過ぎる』女性だった。リリーが化粧を施したのだが、化粧無しでも男とバレる心配は無いだろう。


 (あ~、こりゃ、確かに横には立ちたくない)


 こっちは、どんな顔してりゃいいんじゃ?主人よりも目立つ侍女って、どうなのさ。


 「少し背は高いし、美人過ぎるきらいはあるが、背に腹は代えられないしな。アリアナをしっかり守ってくれ、クリフ」


 クリフはトラヴィスをじろっと睨むともう一度溜息をついて、


 「言われなくても守りますよ。・・・くそっ、歩きにくいったら」


 スカートをつまみ上げて悪態をついている。


 「言葉使いにも気を付けろよ」


 そう言ったディーンを恨めしそうに見ると、クリフは返事もせずに部屋を出て行った。

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