一人じゃない
さっきの強い風で乱された自分の髪を整えるふりをして、私は顔を隠した。
色々こっぱずかしくて仕方がない。
「ディ、ディーンって性格変わりましたよね。ま、前は絶対そんなじゃ無かったですよ?」
動揺を誤魔化すように口を開いたが、どもるし声は少し上ずってる。
「そうだね。自分でもそう思うよ。こんな私は・・・気に入らない?」
「そんな事は無いですよ!」
思わず勢い込んで大声で返事をし、驚いたディーンの顔に我に返った。
(うあ、もう!・・・は、恥ずかしいぞ・・・)
再び顔を伏せる私に、ディーンは柔らかい声で話し続ける。
「これまで色んな事があっただろ?新しい事に出会って、知らなかった事を知って・・・嫌な事や辛い事もあったけど、おかげでそれまでの自分が、固い小さな枠の中にいた事に気付いたんだ」
「枠・・・ですか?」
「ああ、その中に居るのはとても楽だった。自分の嫌な部分も知らずに済んだから。・・・君と最初に会った時の事を覚えてる?」
「え?・・・あ!あの、学園の廊下でリリーと一緒に会った時の事ですか?」
「そう。私は君とリリーが二人で居るのを見だだけで、君がリリーに嫌がらせをしているのだと思った。正確にはアリアナがだけど」
「あ~ありましたねぇ・・・」
あの頃のディーンは私の天敵だった。何だか懐かしいや。
「当時の私は真面目なだけが取り柄で、頭の固い融通の利かない子供だった。自分の考えだけが正しいって思い込んでいたんだ」
「そ、そこまで言わなくても・・・」
確かに、近いものはあったかもなぁ・・・。
完全に否定しきれないのが心苦しい。だけど、それはゲームでそういう設定だったから仕方無いのじゃなかろうか?
ディーンは苦笑しながら、
「これでも自分の至らない部分や、馬鹿な所に気付く様になって、自己嫌悪で落ち込んだりもしたんだよ。気付いてた?」
「え!?そうなんですか!?・・・全然気付かなかった・・・)
そう答えるとディーンは「あっはは・・・」と屈託なく笑った。そう言えば、こんな少年っぽい所も昔は見られなかったなぁ。
私は気になって聞いてみた。
「あの・・・今はどうなんですか?」
「何が?」
「まだ・・・落ち込んでたりします?」
ディーンは恥ずかしそうに眉を下げた。
「・・・たまにね。私はズルい人間だから・・・。アリアナにも『クズ男』だって言われたしね」
「あ、あれは!違うじゃないですか!ただのアリアナの勘違いで・・・」
「違わないよ。それに『クズ男』でも良いかなって思ってるんだ」
「は!?」
驚く私にディーンは悪戯っぽい目を向けた。
「それ以上落ちようが無いだろう?・・・最近はさ、落ち込んだ時は、とことん落ち込む事にしてるんだ。そうすれば、後は上に浮かぶだけだろ?」
(え・・・)
「くだらない事は考えないで、行動する事に集中しようと思ったんだ。そうしたら、少し気持ちが楽になった」
穏やかな笑みを浮かべる彼に、私は胸が熱くなった。
(同じ・・・私もそうなんだよ・・・)
彼が語った事は、いつも私が大事にしていた《《儀式》》だ。
(辛い時はいつもそうやって、自分を励ましてたんだ・・・)
一人じゃない。
嬉しかった。
心が震える程に。
「・・・そろそろ戻ろう。風が冷たくなってきた」
ディーンが自分の上着を私にかける。
「ありがとう」と笑いかけると、彼の頬が少し赤くなった。
「あのさ・・・一つだけ聞いて良い?」
「何でしょう?」
ディーンは言いにくそうに、もごもごしつつ、
「どうして・・・リガーレ公爵が嫌なんだい?」
「はい?」
「彼は私よりもずっと大人だし、権力も経済力も上だ。周りの評判だって良い。なのにどうしてそんなに嫌っているのかと思って・・・」
心底不思議そうに聞いてくる。
(マジか・・・あ!もしかして、この世界にはロリコンと言う概念は無いのか・・・?)
そう思いながら、私は深く溜息をつきながら説明した。
「ディーンは両親が亡くなった10歳の少女を、色ボケた邪な気持ちで引き取ろうとする、血の繋がらない叔父がいたらどう思います?」
「え?」
「終始、気持ち悪い目で見られたらどんな気持ちになりますか?」
「リナ・・・!?」
あ~~~~~!!思い出すだけで、ぞわぞわする!
私は危ないところで、祖父の元へ逃げる事が出来た。だけど、それ以来ロリコンだけは、この世の中で一番の天敵なのだ!
「リガーレ公爵は顔もそっくりなんですっ!!」
叫ぶように言った私に、ディーンは最初、呆気に取られた顔をしていたけど、そのうちホッとしたような顔で笑い始めた。
「どうして笑うんですか!?」
こっちは真剣なんだぞ!
「幸運だったなと思って。私がリガーレ公爵より有利なのは、君と年が近いという事だけだから」
「は?、まさか!何を言ってるんですか?ディーンの方がずっとカッコいいじゃないです・・・か・・・」
(ヤバい・・・何を言ってんだ、私は)
急に恥ずかしくなってきた。
借りてる上着を頭からかぶって顔を埋めると、その上からふわりと抱きしめられた。
(うが・・・!?)
「お休み、リナ・・・」
ディーンの去って行く足音を聞きながら、
(な、なんちゅう・・・)
ディーンって、7つ年下なんだよね!?
再度、指を使って計算しながら、私は口から半分魂が抜けだした気分になっていた。




