落ちた・・・かも?
正直、前の世界の私の生い立ちなど、面白くもなんとも無い話なのだけど、アリアナになる前の自分を知って欲しかった。じゃないと、フェアじゃない気がしたのだ。
「10歳の時に両親を亡くしまして、ずっと祖父と暮らしてたんです。でも大学に入った年に祖父も他界しました・・・。友達は沢山いましたけど、学費と生活費の為に働いていたので、あまり遊べなかったんですよねぇ、だから今は凄く楽しいです」
そう言うとディーンは黙ったまま嬉しそうな顔をした。そうして私の話に静かに耳を傾けてくれている。
「でまぁ、その頃はというか、今もですけど、勉強しか取り柄が無くて、本当につまらない人間で・・・」
「でも、友達は多かったのだろう?」
「え?・・・はい」
「今と同じだ」
何が可笑しいのかクスクスと笑う。
「・・・周りに優しい人が多かったんですよ。・・・今もですけど」
ほんとにそうだ。私は恵まれている。その友達に貰ったゲームのおかげで「アンファエルンの光の聖女」を知ったのだから。
(勉強とバイトしか無かった生活で、唯一キラキラした思い出だったなぁ)
まぁ、寝る間も惜しんでゲームしたせいで、過労で倒れてこうなったのかもしれないけど。
(ゲームのし過ぎで人生が終わるなんて、究極にダサいぞ・・・)
もう少し体調管理をすべきだったのだ。そうしたら・・・いやいや、そんな過去の事よりも本題だ。
私にはどうしても、ディーンに告げなくてはいけない事があるのだ。
(よし!言うぞ!)
気合を入れ直して、私はディーンに向き合った。
「で、ですから!アリアナになった時はもう19歳だったわけで、こう見えて私はもう中身は22歳なのです!ディーンより7つも年上です!」
一気にそう言い切ってディーンの反応を待つ。だけどディーンは動じた様子も無く一言だけ返してきた。
「それで?」
「え?」
「それが何か?」
知ってましたけど?みたいなトーンで返されて、逆にこっちが焦ってしまった。
「い、いや、だから・・・私ってディーンよりも滅茶苦茶、年上って事でして・・・それにこの世界じゃ嫁ぎ遅れもいいとこで・・・あのぉ・・・」
しどろもどろでそう言うと、ディーンはフッと口の端を上げて笑った。彼のこういう笑い方は珍しい。
「年上の女性っていうのも悪くない。甘えさせてくれそうだろう?」
「は・・・はい?」
全く彼らしからぬ言葉を返されて、私は顔が熱くなった。
(え?え?ディ、ディーンってこんな事言えるんだ・・・?)
品行方正でお堅い真面目くんは何処へ行った?ゲームの設定が崩れまくっとるぞ!
ディーンの目に何とも言えない艶っぽさを感じて、私は焦りに焦った。
ええい!これじゃどっちが年上何だか、わかりゃしない。
私は気を取り直して、咳払いを一つした。
「え、えっとですね。それから私は前の世界では普通の庶民・・・というよりも、かなり貧乏でして、貴族とは程遠い生活をしていたわけですよ。なので品性とか威厳に欠けている自信があります!」
胸を張って言う事では無いが、事実である。
これはアリアナが外に出ている姿を見て思い知らされた事だ。私は彼女の様な内から滲み出るような高貴さとは無縁なのだ。
だけどディーンは再び、何でも無い様に「そうか」とだけ言った。
「そ、そうかって、ちゃんと聞いてました!?」
「聞いてたよ、それで?」
「・・・っ!ですから」
(察しろよ!)
どう考えても、私はこの世界の貴族の奥方の器では無いのだ。
(なんで?ディーンってこんな性格だったっけ?調子狂うよ)
苦虫を噛み潰したような顔の私を見て、ディーンはクスっと笑った。
「1カ月で貴族の世界の礼儀作法や、しきたりを覚えるって凄いよね。品性や威厳があるより尊敬するけど?」
「は・・・え・・・!?」
「学園では2年続けて1位の成績なんて優秀過ぎない?お金があっても無理だよね?」
(な、なんか褒められてる?)
また顔の熱が上がる。
(落ち着け・・・一番、言わなくちゃいけない事がまだあるでしょ!)
私が一番恐れていた事、そして向き合わなくてはいけない事。これをちゃんと伝えなくては、私は誰の手を取る事も出来ないのだから。
私は深呼吸して、もう一度気持ちを落ち着けた。そしてディーンの藍色の瞳と真っすぐ目を合わせた。
「・・・ディーン。私とアリアナは今も混じり合ってて、少しずつ溶け合っていってるんです。私がもし、誰かの事を好きになったとしても・・・それは、アリアナの気持ちに影響されているだけかもしれない。私の気持ちは偽物かもしれないんです。・・・貴方はそれでも良いと思う?」
私がそう言うと、ディーンは動揺した様に瞳を揺らした。そして私から目を逸らすと夜の海を見下ろす。
(そ・・・そっか。や、やっぱ嫌だよね・・・)
胸が痛いぞ・・・自分の気持ちじゃ無いかもしれないのに、苦しい。
(やべ、涙が滲みそ)
目にくわっと力を入れてこらえていると、ディーンがぽつりと言った。
「・・・君に軽蔑されたくない」
「は?」
どういう意味かさっぱり分からなくて、間抜けな声を上げてしまう。
(んあ?ディーンを軽蔑って、なんで突然・・・そんな話してたっけ?)
軽蔑なんてするわけ無いじゃん。
困惑する私に、少し掠れた声でディーンは呟くように言った。
「だけど・・・これが私と言う人間だからね」
そう言って彼は顔を皮肉そうにゆがめた
(ディーン・・・?)
ディーンは自分の両の手の平を見つめ、
「アリアナに引きずられて、少しでも君が好きになってくれるのなら、私は構わない。情けないけど、それで君の目が私だけを見てくれるのなら・・・」
濃紺の瞳が怪しく光る。
「私はむしろそうであって欲しいと願ってる」
淡々と話す口調の中に、荒々しい熱が籠っていた。
甲板の上を強い海風が吹き抜けた。ディーンの銀色の髪が夜空にたなびく。私は自分の隣にいる彼が、初めて出会った人の様に思えた。
ううん、そんな事より、これは・・・
(ヤバい・・・落ちた・・・かも?)
心の奥を掴まれた。そしてまぎれもなくこの気持ちは私のモノだと思ったけど、それすらどうでも良くなっていた。
(明るくて、爽やかな人が好みだったはずなのに)
ねーさんのちょい悪好きがうつってしまったのだろうか・・・。