真骨頂
「私・・・頑張りました。イーサンに私を見て欲しかった。少しでもあの人の視界に入りたかった。だから必死でしがみ付きました。ふふ・・・でも、やっぱりアリアナには敵わなかったな・・・」
リリーはそう言って私を見ると、笑いながら眉尻を下げた。
「は?何のことでしょう?」
こっちは手加減どころか、奴に洞窟で殺されかけてるのだぞ?
私はその事を本気で根に持っていた。
(もしかして、リリーは船の上でのことを誤解しているのか?でも、あれはなぁ・・・)
船の上のこととは、イーサンに勝手にハグされた時のことだ。
あの時のイーサンとモーガン先生の様子は確かに変だった。二人とも私のことを、まるで亡霊でも見る様な目で見ていた。
(でもなぁ、あの時イーサンが見ていたのは私では無いんだよなぁ・・・)
出会った頃からずっとそうだった。あいつは私のことなんか、これっぽちも見ていない。彼が見ていたのはいつも私の向こうにいる『誰か』だ。それを感じるとる度に、何だか私は無性にイライラしていた気がする。
(そうだ!それこそが、私が奴を気に食わない一番の理由なんだよ)
そして多分、その『誰か』とはヘンルーカなのだ。
(いくらあいつが私に絡んでくるとしても、結局イーサン・・・ライナスが見てるのはヘンルーカなんだよなぁ。私がヘンルーカに似ているとこなんて、全く無いってのにさ)
リリーだってそんな事は分かってるんだろう。そしてイーサン本人も・・・
(人の気持ちってのは、色々とままならないもんだな)
そんな風に考え込んでいたら、突然ディーンが低い声でつぶやいた。
「あの時のようにイーサンがアリアナに近づくようなら、私は容赦しない・・・」
まるで凍り付くようにヒンヤリと部屋に声が響く。
どうやらディーンも、船の上でのことを思い出したようだ。眉間にくっきりとしわが寄っている。
(こ、こわ・・・)
だけど、何となくむず痒いような照れ臭さも感じてしまう。
(そ、そっか、ディーンはイーサンが私に近づくと嫌なんだな、はは)
やば・・・なんか顔がにやける。真面目な話の途中だと言うのに、ほんとにままならない。
顔を手で伸ばす様にして元に戻す。ふとトラヴィスの視線に気づくと、彼はそんな私を生温かい目で見ていた。
そして彼は「んんっ」と咳払いをすると、
「正直なところ、イーサンがこちら側についてくれれば、これ以上心強いことは無い。半分は賭けのようなものになってしまうが、セルナク国で余程の危機に陥った場合のみ、イーサンの手を借りるとしよう。その時は頼む!」
リリーに向かってそう言った。
「はい!」
リリーが指輪を握りしめたまま、返事する。
トラヴィスは彼女に頷き「それから・・・」と少し言い淀んだ。彼の表情が明らかに曇る。
「実は、船に乗る前に連絡を受けたのだが・・・城下街の闇の組織の潜伏先を見つけたらしい。だけど、そこに居た組織の人間は全員始末されていたそうだ」
「え!?」
「誰の仕業かは分からない。イーサンか・・・それとも・・・」
リリーの顔がこわばった。そりゃそうだろう、イーサンは闇の組織自体を憎んでいたのだから。
だけど私は確信していた。
「大丈夫です、リリー。イーサンがやったのでは無いですよ。恐らく犯人は黒フード・・・リーツです」
私は彼女にはっきりとそう言った。
そうだ、イーサンじゃない。
「船でイーサンに会った時、洞窟の時とは雰囲気が変わってました。リリーが頑張ってくれたおかげですよ」
(自暴自棄になっていたイーサンを救ったのはリリーだ)
ヒロインの聖女の優しさと誠実さ、そして癒しの力が、攻略者達の抱えている苦しみや葛藤を救う。
それが乙女ゲーム『アンファエルンの光の聖女』の真骨頂なのだから!
「確かに、闇の神殿の者達を手にかけたのもリーツだからな。可能性は高いんじゃないか?」
クリフがそう言った。
「だとしたら、一体、奴の目的は何なんだ・・・?」
皇国を精神魔術で混乱させながら、皇太子トラヴィスの暗殺を目論んだ。モーガンに協力しつつ、なのに同じ組織の仲間達を次々と消していく。どうにも、彼の行動は矛盾だらけだ。
(不気味だな・・・リーツの動機や目的が掴めない)
彼を動かしているのは何なのだろう?もしかして彼にも、どうにも出来ない想いがあるのだろうか?それとも、彼の中には他者を慮る心が存在しないのだろうか・・・。
(だけど、今そんな事を考えてもしかたないか。私達にできるのは前に進む事だけじゃ)
「殿下、リーツの事はとりあえず置いといて、セルナクに着いてからの作戦を考えましょう。まずは目の前の事を優先しないと!」
私がそう言うと、トラヴィスは苦笑した。
「確かに、アリアナの言う通りだな」
私達の会議は夕刻まで続いた。難しいのは相手の出方が分からないので、あまり細かい計画が立てれない事だ。それでも、最善を尽くすために私達は意見を出し合った。
そして、すっかり外が薄暗くなり、船室に戻る途中で私はディーンに声をかけた。
「ディ、ディーン、甲板にちょっと涼みにいきませんか?」
そう言った私に、彼は嬉しそうな微笑みを返した。
(ぐぅっ・・・イケメンすぎる・・・)
もう日は沈んだと言うのに、後光がさしてるのかの様にやたら眩しく感じる。
私達は手摺ごしに夜の海を見つめた。陸はとっくに見えなくなっていて、手すりから下を覗き込むと、真っ黒に見える水が少し怖い。
私は少し深呼吸をして気持ちを落ち着かせた。
「あのですね・・・明日セルナクに着いてしまったら、何が起こるか分かりませんので、色々言っておきたい事がありまして・・・・」
そう言うと、ディーンは真面目な顔で頷いた。
(うっ・・・なんか色々緊張するなぁ)
でも、後悔はしたく無いから・・・
「ディーンもご存知の通り、私の名前はリナといいまして・・・前の世界では19歳の大学生でした」
果たして大学生と言う言葉がディーンに理解できるかどうか分からないけど、私は昔の遠い国での話を続けた。