ねーさんで居てくれた
隣国へは陸路でも行けるが、城のある王都に行くなら船の方が早い。
私達はほんの1週間前にモーガン先生と戦ったダイナスの港で、特別に用意された船に乗り込んだ。
「それにしても、随分大きい船ですね!?」
前に見たセルナク行きの船の倍はある。
驚きの声を上げた私をトラヴィスはジロリと睨んだ。
「皇太子が敵国に向かう船なのよ。貧相な船で行けるわけ無いでしょ!」
「た、確かに」
空は快晴で絶好の航海日和だ。カモメなんかも呑気に飛んじゃって、これが単なる旅行なら、それはそれは楽しかっただろうに。
船首近くの甲板に今いるのは、私とトラヴィスの二人だけ。なぜなら船に乗ってしばらくして、私がトラヴィスを甲板に呼び出したからだ。
グローシアを意地でも付いて来ようとしたが、国家機密に関わる話をするからって納得させた。ディーンの目線も、何となく怖かったけど、そこは見ないふりで自分をごまかした。
(皇太子の前世がアラサー女子っていうのは絶対秘密なんあだから、嘘をついた訳では無い)
それにこの世界が、前の世界でゲームになっていた事も、トラヴィスと二人だけの秘密だ。だから今からする話を、他の人に聞かれるわけにはいかなかったのだ。
「殿下、聞きたい事があるんです。ゲームの3部でのエンドの事なんですけど」
そう切り出すと、トラヴィスの顔が引き締まった。
「殿下が見た最悪バッドエンドと、ハッピーエンドの内容を詳しく教えて貰えませんか?」
「うん・・・そうね。今まで大まかにしか伝えて無かったもんね」
トラヴィスは船に固定されてるベンチに腰掛けると、私にも座る様に言った。
「最悪の結末だったのは戦争が起こった後に、皇国が隣国に支配されたパターンだったわね。ヒロイン含め攻略者は全員・・・」
トラヴィスは親指を立ててから下を向けた。
「・・・マジで最悪ですね。乙女ゲームのくせに容赦ない。なんちゅうストリー作ってんのか・・・」
「そうよねぇ!?・・・まぁゲームでやってる時は、それもまた魅力の一つだったんだけどさ」
ねーさんは少し、懐かしむような表情を見せた。
「それからハッピーエンドだけど、直前でこっちに転生しちゃったから分からないのよ。だけど、ヒロインは確実にイーサンと恋仲だったわよ」
(う~む、それがマスト要素だと、ちょっと困るんだなぁ・・・)
リリーはともかく、イーサンの気持ちが分からない。
(転移してから二人でいたわけだし、イーサンもリリーに酷い事はしていないみたいだった。だけどなぁ・・・)
「その場合のストーリーはどういう流れでしたか?」
トラヴィスは思い出す様に目線を上げた。
「確か・・・やっぱり隣国との緊張が続いていて、戦争になりかけているの。だけどヒロインとイーサンが協力して、それを止めたのよ。・・・うん、そうだったわ!隣国に行って、二人の光の魔力と闇の魔力を同時に使う事でエメラインと闇の組織の黒幕を倒すのよ。それで・・・」
「殿下!?」
私が大声をあげたので、トラヴィスは驚いたようだ。
「な、何よ!?急に」
(何よじゃない!)
聞かずにいられるかっての!
「闇の組織の黒幕って、どんな奴だったんですか!?」
慌ててそう聞くと、トラヴィスもハッとした様に眉間にしわを寄せた。
「え~っと、確かイラストは・・・年老いた男だった・・・。そうね・・・モーガン先生も黒いフードの男もそこには居なかった。そっか!だからゲームのストーリーはそこで終わらなかったのね!?」
本当の黒幕はモーガン先生と黒フード。
「多分、ゲームでも本当に倒さなくちゃいけなかったのは、その二人だったんですよ」
トラヴィスは頷いて、
「エメラインとじーさんを倒しても、まだまだ先があったって事ね。だったら皆と情報を共有しましょう。モーガン先生はもういないけど、黒フードの男・・・リーツだっけ?そいつを倒さなきゃハッピーエンドは来ないんだから」
船室に戻ろうとするトラヴィスを、私は慌てて引き止めた。
「あ、待ってください。実は話はもう一つあって・・・」
「なあに?」
振り返ったトラヴィスに、私は深く頭を下げた。
「私、やっぱり殿下の奥さんにはなれないです。・・・ごめんなさい」
この先の展開によっては、お互いどうなるか分からない。言わなくちゃいけない事を、言える内に言っておこうと思った。
(ほんとにごめんよ、ねーさん)
去年、アリアナとお互いを受け入れた時から、私にはある変化があった。それまでは恋愛に関しては、どこかに落してきたかのように理解出来なかったのだ。
(だからトラヴィスが私に言ってた事も、ずっと冗談だと思って流してたんだ)
だけど今は・・・
頭を下げたままトラヴィスの返事を待ったが、何も言ってくれない。恐る恐る顔を上げると、彼は腰に手を当てて苦笑いしながら溜息をついた。
「もうっ!今までは、どんだけアプローチしても信用しなかったのに、やっと私の気持ちが分かったってわけぇ?」
「す、すみません」
「で?・・・やっぱりディーンが良いの?」
「そ、それはまだ・・・その・・・良く分からなくて」
「ふ~ん・・・」
トラヴィスは肩をすくめるとクルリと後ろを向いて、
「まっ、仕方ないわね、無理強いするのも何だしぃ、私も忙しいしね。あんたもこれ以上気にしなくて良いわよ。さっ、行きましょ」
そう言ってそのまま歩いて行く。
(ありがとね・・・トラヴィス)
私はその後ろ姿にもう一度頭を下げた。
トラヴィスはこの話をする間、ずっとねーさんで居てくれた。彼は本当はちゃんとトラヴィス皇太子なのに、私の前ではねーさんで居てくれたのだ。
「・・・ほんと、カッコいいよ」
やっぱり彼は完全無欠のメイン攻略者で、完璧皇子の皇太子トラヴィスなのだ。