違和感と楽しくない恋
イーサンは感情の籠らない冷たい目をモーガンに向けた。
「だから俺に黙っていたのか」
「そうよ。じゃないと貴方はわたくしから離れてしまうでしょう?」
その声の甘えた様子。まるで恋人に話しかけてるような口調と表情でモーガン先生は口を尖らせた。その姿に何とも言えない醜悪さを感じて、私は思わず眉を寄せた。
(・・・なんか・・・気持ち悪い・・・)
何かがちぐはぐで、ざわざわする。
イーサンは俯き、片手で目を押さえた。まるで泣いているかのようで、リリーがそんな彼を心配そうに横から見つめる。そしておずおずと彼の肩に手を添えた。
「ライナスに触るな!」
突然モーガンが叫び、リリーが思わずビクッと手を離す。
モーガンはリリーを凄まじい目で睨みつけた。だけど次の瞬間には、イーサンに向かって微笑みながら、
「ねぇ、いい加減にヘンルーカの事は忘れましょう。あの女はもうこの世界の何処にもいないのよ?」
少女の様に可愛いく小首を傾げながら、モーガン先生はイーサンに近づいて行く。
「ライナス、私の言う事聞いてるの?ねぇったら・・・」
私は彼女の見た目と仕草のアンバランスさに、そして感情の波の大きさに戸惑った。そして・・・体に震えが走るほどの恐怖を感じた。
(やっぱりモーガン先生、おかしいよ。正気じゃない)
まるで肉体と精神がリンクしていないような違和感。それが背筋が冷える程怖い。
(それに・・・二人はさっきから一体何の話をしているんだ?)
どうして大昔の聖女ヘンルーカを、二人は知り合いの様に話しているのだろう?
だけど、一つだけ分かった事がある。
(モーガン先生はイーサンの事が・・・)
彼女はイーサンに恋をしてる。それは、ここにいる誰もが気付いているはずだ。
だけど彼女のそれは自己中心的で破滅的。
ぜんっぜん、楽しい恋じゃない!
(見てるこっちも嫌な気持ちになる)
乙女ゲームのヒロインとは大違いだ。リリーの恋はいつも真っすぐで、一生懸命で、相手の幸せを一番に考えていた。そして見ている私の事まで幸せにしてくれた。
だけどモーガン先生は全然違う。彼女の恋は誰も幸せにしない。だってモーガン先生はただイーサンが欲しいだけ。その目にイーサンを映していながら、彼の事を何も見えていない。周りの事も、そして自分自身の事すら見えていないのだ。そこにあるのは貪欲な欲望だけ。
(そして今、イーサンの隣に居るリリーを世界で一番憎んでる)
吐き気がした。
「あいつは二度と蘇らないわ。魂の欠片が無くなっちゃったんだもん。あれはもう、とっくに輪廻の輪に入ってしまったわよ。もうあの女はどこにもいないの。この世界にはライナス・・・わたくしと貴方しかいないの」
モーガン先生は心底嬉しいと言う様にくすくすと笑う。だけど突然、イーサンからリリーの方に視線を移した。その顔に笑みは無く能面の様で、なのに目には暗い憎し身が渦巻いていた。
「だから、邪魔する者は許さない」
独り言を呟くように、ぼそっと一言。すると突然、甲板に居た船員達、そしてディーンを押さえつけていたケイシーやジョーが、リリーに向かって襲い掛かっていった。
「リ・・リー」
(に、逃げて、逃げて!)
蹴られたお腹が痛くて、上手く声が出せない。
モーガン先生は、彼女自身も両手を振り上げると、衝撃波をリリーに向かって打込んで行く。
「や、やめ・・・」
(ヒロインになんて事すんのよ!)
だけど、私の心配は杞憂に終わった。リリーに攻撃をしようとした者達は、全員イーサンのシールドに跳ね飛ばされたからだ。もちろんモーガン先生の衝撃派も、音も無く消え去っている。
「やめろ、サグレメッサ」
イーサンは無表情だった。感情を何処かに捨ててきたような目をしている。
「ジョー!」
リリーは叫びながら、シールドにぶつかって甲板に叩きつけられたジョーに駆け寄った。治癒魔術をかけようとしているのだ。
私も這う様にして慌てて二人の所に行く。
「リ、リリー。無事で・・・良かったです」
お腹を押さえて顔をしかめていた私を見て、リリーは先に私に治癒を魔術を発動させた。優しいピンク色の光に包まれて、体の痛みが消えていく。
(凄い!普通に息が吸えるようになったぞ)
嬉しくなって、ついでに肩や首もぐるぐる回してみた。
(うほっ!なんだか軽い)
「ありがとうございます!リリー、ジョーは精神魔術にかけられています。回復すると襲ってきますよ。先に聖魔術で解術しましょう!」
「で、でも、私の魔力じゃ解術は・・・」
「大丈夫!私に任せてください!」
顔を曇らせたリリーに、私は胸を叩いてそう言った。そしてリリーの両肩に手を置いて力を注ぎ始めた。
「うぉりゃ~~~~~!」
「こ、これは・・・!?」
リリーが目を見開いて私見る。
「聖魔術を!」
「は、はい!」
リリーの聖魔術は一瞬でブワッと膨らむと、ジョーだけで無く甲板中に広がり、そこに居た人達全員を包み込んだ。
「す、凄い・・・」
リリーの驚く顔。
するとジョーとケイシーだけで無く、船長や船員達の体から黒いモヤが浮き上がってきた。それらは、どんどん小さくなり、あっという間にリリーの聖魔術の中で溶けるように消えていった。
「やった、成功!リリー、次は治癒魔術です!」
「は、はい!」
治癒魔術を発動したリリーに力を注ぐと、先程と同じように光が甲板中に広がっていった。
さすが聖女の回復魔術の効果は抜群だ!
倒れていたジョーの頬に赤みが差し、ディーンの顔色もてきめんに良くなった行く。
「ありがとう~!リリー!」
私は心の底からホッとした。
「ジョー大丈夫!?ジョー!」
倒れているジョーを揺すり起こすと、彼女はゆっくりと瞼を開けた。キョトンとした顔で、
「ん・・・ん?アリアナ・・・リリー・・・え?私何してたの?」
最初、ジョーは状況が把握できず、ぽかんとしていた、
だけど精神魔術にかけられていた者は、解呪されても、今まで自分がやった事を覚えている。ジョーはこれまでのことを思い出したのか、慌てた様子で起き上がると真っ青になった。
「わ、私、なんて事を・・・!?」
私はジョーの背中をバシッと叩いた。
「今は良いから、しっかりして!」
そう言ってモーガン先生の方を指差す。まだまだ戦いの途中なのだ。
だけど、そのモーガン先生の様子を見て、私は戸惑った。
(あれ・・・?)
何故か先生は唖然とした様子で、私の方を見つめているのだ。何か、ありえない物を見た様な、もしくは、あってはならない物か・・・。
(え?)
驚いた事に、イーサンまで同じような目で私を見ている。そこでぴんときた。
(あ~!私が力を供給してる事に気付いたかな?)
よし、こうなったら、破れかぶれではったりかましてやろう!
私は腰に手を当てて胸を張った。
「ふ・・・ふはははは!私の力を見たか。い、いっくらでも味方に魔力供給できちゃうんだからね!あなた達に勝ち目は無いよ。とっとと降参しなさい!」
もしかしたら、びびって引いてくれるかも?
モーガン先生とイーサンの両方を交互に見ながら指を差す。だけど、二人はまだ呆気に取られたように私を見ているだけだ。
(あ、あれ・・・?ちょっと言い方がダサかったかな?)
もっと格好良い言い方があったかと、焦っていた私の目の前に、突然イーサンが現れた。
「ぎえっ!」
変な声を出してしまった。
どうやら彼は私のド真ん前に転移してきたようだった。
「ちょ、ちょっと、何なのよ。びっくり・・・」
びっくりするじゃないのと、文句を言おうとしてできなかった。何を思ったのか、イーサンが急に両手を広げ私をぎゅっと、結構な力で抱きしめてきたからだ。
「んがっ!?」
「こんなことが・・・」
イーサンはそう言いながら、私の肩に頭をうずめた。