時限爆弾
朝もやの中、ダイナスの港には3隻の大型船が停泊していた。
「行先を調べてくる」
ディーンはそう言うと、船着き場の方へと向かった。
「気を付けてくださいね」
私とグローシアは港の倉庫の影で身を潜めた。
(絶対にジョー達を見つけなきゃ)
2時間程前の真夜中に、船でダイナスに着いた私達は、倉庫の事務所らしき所に潜り込んで朝を待った。夜の海辺は風が強かったし、強行軍で来たから、正直くたくただったのだ
(最近、やたらと不法侵入してる気がする・・・)
少々良心が痛んだが、背に腹は代えられん。
驚いたのは真面目でお堅いはずのディーンが、率先して堂々と鍵を壊したことだ。
(こんなのゲームの設定からするとあり得ないんだけどなぁ・・・)
真面目で正義感が強いって人が、ここ最近まるで泥棒みたいに、2回も鍵を壊してるのだ
そのうち1回は、もちろんグスタフの小屋。しかも全く躊躇無くやってくれるので、逆に私の方が心配になってくる。
(ディーンも変わったよなぁ・・・)
でも出会った頃の彼よりもずっといい。
昔の彼は、世間の評判に無理して自分を合わせていた気がする。決められていた枠から飛び出したディーンは、前よりもずっと軽やかで魅力的に思えた。
(学園でのファンも増えたよねぇ)
無表情で、冷たい印象だったのに、まるでゲームの中でリリーと結ばれた時のように、表情も柔らかくなったのだ。
そんな事を考えていた数分後、ディーンは難しい顔をして戻ってきた。
「昨日のうちに出発した船は無いそうだ。もしジョー達が国外に行こうとしているなら、どれかに乗り込んでいる可能性は高い。2隻かなり遠方の国に行く船らしく、到着するのに1カ月はかかるそうだ。だが1隻は隣国のセルナク行きらしい。最近セルナクとは緊張状態が続いているから、この船を最後にしばらくセルナク行きは無くなるそうだが・・・」
「船は何時頃に出航するのでしょう?」
「遠方国行きは両方とも朝のうち、もうすぐ出航するらしい。セルナク行きも昼前には出ると聞いた」
(セルナク・・・エメラインの国か)
「どうする?あまり時間が無いぞ・・・」
ディーンの声音にも焦りが混じる。私は少しの間考えてから決心した。
「セルナク行きに乗り込んで、二人を探してみましょう」
「だが、遠方国行きの方が先に出発する。もし二人がそっちに乗っていたら間に合わなくなるぞ」
眉間にしわを寄せるディーンに私は首を振った。
「大丈夫。闇の組織は絶対セルナクと関わっています。移動するならそちらでしょう。トラヴィス殿下の暗殺を闇の組織に依頼したのはセルナクだと思うので」
「エメライン王女の事で?」
「そうです」
私は頷いた。
「セルナク国とアンファエルン皇国は、昔からごたごたしてましたよね?エメライン王女がトラヴィス殿下と婚約してからは友好国になったそうですが、それも最悪の形で無くなりました、今なら皇国に仇なす為に、闇の組織と手を組んでもおかしく無いです。モーガン先生が闇の組織の幹部だとしたら喜んで手助けすると思います」
「なるほどな・・・分かった。ではセルナク行きの船に潜入しよう。グローシア頼めるか?」
「承知しました!お任せ!」
グローシアが魔術を発動させ、そして私がグローシアの魔力をサポートする。すると私達三人を包むこむように、姿と気配を隠す魔術が施された。
「よし、行きましょう」
声をひそめ、私達は三人はひとかたまりになって、こっそりと船の中に乗り込んだ。
(思ったよりも結構広いな)
隣国とは言え、外国行きの船はかなり大きく船室も多い。もしジョー達が船内の個室に入ってしまっていたら、探すのに手間取りそうだ。
(まずいなぁ・・・出航までに探せるかな?)
だけど幸運な事にその心配は杞憂に終わった。何故なら甲板の上を移動していたら、偶然にも船長らしき男性と話しているモーガン先生と、そばにいるジョーとケイシーの姿を見つけたからだ。
(ラッキ!ついてる)
だけど先生の後ろに、片膝をついて頭を下げている二人を見て、げんなりした。
(何なのさ・・・まるでお付きの家来じゃんか)
私達は音を立てない様に息を潜めながら、慎重に彼らの元へ移動する。近づいていく内に、船長とモーガン先生の話す声が聞こえるようになった。
「・・・それにしても、サグレメッサ殿の精神魔術は相変わらず凄いですな。この二人は皇国の貴族の御子息達でしょう?セルナクに連れて行くおつもりで?」
モーガン先生は妖艶に笑った。
「ええ、それなりの人質にはなってくれそうだからねぇ」
そう言ってため息をつくと、
「本当はもう少しアンファエルン学園に残って皇国を荒らしたかったのだけど、リーツがへまをしたわ。あいつ・・・どうしてやろうかしら」
(リーツ?リーツって誰?)
そう考えてハッと思いついた。
(もしかして、もしかすると黒フードの事!?)
あいつ、そんな名前だったんだ。思ってたより普通の名前だ。
(もはや黒フードとしか思えんな。・・・それにしてもこの船の船長、モーガン先生とぐるなのか?)
やたらと内情に詳しそうだ。もしかしたら、闇の組織に属しているのかもしれない。
その船長はモーガン先生に意味深な目線を送ると、とんでもない事を話し始めた。
「だけど、多くの学園の生徒達を精神魔術下において来たんでしょう?これから面白いことになりそうですな」
「ふふふ、皇国のぼんくら共は誰一人気付いていないわ。時が来れば学園の半数の生徒達が皇国を攻撃するようになる。自分たちが操られている事にも気づかずに。時限爆弾のようにねぇ」
「皇国の貴族どもの慌てふためく姿が目に浮かびますなぁ。学園で大人しく教育を受けているはずの我が子達が、皇国に反旗を翻すのですから」
ふっはっはっ、と大声を出しながら、船長は下痺た顔で笑った。
(は、はぁ!?)
この二人は一体何の話をしているの?
どう言う事なのさ!?
(そんな大勢の生徒が精神魔術に!?時限爆弾って・・・!)
私達は顔を見合わせた。ディーンもグローシアも青ざめている。
「生徒だけじゃ無くてよ。学園の教師達。省庁の職員。それにわたくしが入院していた病院の職員や医師達もね・・・ふふ。リーツもあちこちで精神魔術をかけているようだし、数はもっと増えるでしょうねぇ」
「決行は何時になるんで?」
「起爆剤はセルナク国からアンファエルン皇国への宣戦布告よ。皇国の中には我知らず、国を裏切る者が多発すると言う仕掛けよ」
(なんだとぉ!?)
サーっと血の気が引く思いだった。
セルナクはやっぱり皇国に戦争をしかけようとしている。そしてモーガン先生と黒フード・・・リーツと言う男を使って、とんでもない罠を仕掛けようとしてるのだ。