置いて行った二人
私は引きつりそうな顔を、愛想笑いで必死に隠した。。
(・・・やっぱり昔、アリアナとグスタフの婚約話が出てたんだ)
そうでなければゲームの中で、卒業と同時にグスタフと結婚とは、ならなかっただろう。
アリアナの両親の気持ちからすると、身体の弱い娘に早く縁談を、と思ったのかもしれない。
(ゲームではディーンとの婚約は、とっくに破棄されてたもんなぁ・・・)
ディーンの方をチラリと見ると、何故かグスタフの言葉に笑みを浮かべていた。彼としては、あまり気にならない事柄だったのかな?
(そりゃ、そっか)
アリアナがディーンと出会う前の話だしな。何にせよ昔の事だ。
だけどディーンが次に口にした言葉で、私はひっくり返りそうになった。
「リガーレ公爵。『今は』ではありませんよ。アリアナはこれからもずっと私の婚約者です。それに卒業したら直ぐに結婚するつもりですから」
「けっ!?うぐ・・・」
(はぁっ!?)
声を上げそうになるのを手で押さえて、私は慌ててディーンの顔を見返した。彼は顔に笑みを張り付けたまま、グスタフから目を逸らさない。
対するグスタフも、ディーンと睨みあったままスッと目を細めた。
「ほ~お・・・私の聞いたところによると、ディーン君は随分他の女性と浮名を流しているようだが?」
グスタフの目の奥がキラリと光る。
(良く知ってるなぁ。どうやって調べてるんだろ?)
確かに1年生の時はリリーと噂されていたし、2年生になったらマーリンだ。
(婚約者がいる身としては、確かに良くはないよな)
私は小さく、うんうんと頷いた。
それでもディーンはグスタフの言葉に動揺する事無く、
「根も葉もないただの噂ですよ。口さがない人が大勢いますからね」
そう言って困ったように肩をすくめた。こんな気障なポーズもイケメンがやると様になる。
「それに、噂されたのは私だけでは無くて、アリアナもそうでしてね」
「なっ・・・!?」
何をいっとるんだ!?この人は!
私が反論しようとすると、ディーンは少し拗ねたようにじろっと睨んで、
「クラスメイトとの仲を良く噂されてましたよ。あくまで噂ですが」
やたら強調してそう言った。
(あ!あ~・・・クリフの事か。確かに噂された事はあったけど・・・)
ディーンの場合とは、ちょっと違う気がするんだけどな。そう思ったけど、これ以上言うと藪をつつきそうな気がして黙っていた。
「アリアナは魅力的な女性なので、近づこうとする男が多くて困っています。卒業時は私達も18歳ですからね。早く結婚したいと思っていますよ」
グスタフはむっつりした顔でディーンの話を聞いていたが、
「アリアナさんも、そのつもりですかな?」
私に話を振ってきた。私は飛び上がる勢いで背筋を伸ばした。
「はは、はい!私もそれが一番良いと思ってるのです。はい!」
グスタフの口ひげが一瞬、しょげた様に下がった。でも彼は直ぐに苦笑いを浮かべると、
「まぁ、アリアナさんがそれで幸せなら良しとしますかね・・・」
溜息をつきながら、肩を落としてそう言った。
(あれ?)
私はグスタフの意外な一面を見た気がした。
(この人、もしかしてロリコン以外は良い人なのかもしれない・・・アリアナの父が認めてるくらいだし?)
毛嫌いして申し訳無かったかな?、と少し反省した。
「でもアリアナさん。ディーン君に酷い事をされたら言ってくださいねぇ・・・私はいつでも貴女を待ってますから」
そう言ってウィンクされた途端、(すまぬ!やっぱ無理!)と思ってしまう。どうしても相性の合わない相手はいるものなのだ。
「私がアリアナに酷い事など、永遠にする事は無いですよ。だからリガーレ公爵には安心して頂きたい」
ディーンは笑顔でそう言ったが、目元に怒りが滲んでるよ?私が分かるぐらいだもん、多分グスタフだって気付いてる。
気のせいか、二人の間に火花が散ったように見えた。
(それにしても・・・)
どうしてグスタフは何時まで経っても、アリアナのことを諦めないんだ?私が嫌がってるのも分かってるだろうし。そもそも年が離れすぎてるし。
(いや・・・ロリコンにとっては、むしろそこが良いのか・・・)
ゲーム設定恐るべし・・・。そう思って私はげんなりした。
その後、私達はグスタフの小屋を片付けた。ぐちゃぐちゃにしたのはグスタフだけど、一宿の恩は返しとかなくちゃね。
残念ながら、椅子の足は折れていた。それにお皿やカップ、グラス類は見るも無残に割れてしまっている。
「はぁ・・・また、揃え直さなくててはいけません」
そう言って、グスタフはため息をつきながら首をふった。
何度も言うが、やったの自分だからね?
だけどグスタフは、その後で私達を自分の馬車で送ってくれた。ディーンもそして私も、彼に借りを作るのは避けたかったが仕方が無い。そうして、ようやく学園に戻る事が出来たのである。
◇◇◇
(うっはぁ・・・疲れた)
当然ながら、トラヴィス達はまだ帰ってきていなかった。北の森よりも、うちの別荘の方が学園からはるかに遠いのだから・・・。
(あの後、みんな無事に洞窟から脱出できたのかなぁ・・・)
私とディーンは自分達が無事である事を知らせる早馬を、トラヴィス達に送ってから、それぞれ寮の部屋に戻った。そしてお風呂を使って一息ついた時だった。部屋のチャイムが鳴らされるのを聞いた。
(ん?ディーンかな?)
後で私の部屋に来るとは言ってたけど、随分と早い。
私は急いでメイドよりも先に、玄関へと向かった。
闇の神殿のこと。消えてしまったリリーのこと。逃がしてしまった黒フードの人物についてなど、私達には相談する事が山済みなのだ。
だけど現れたのはディーンでは無かった。開けたドアの向こうに立っていたのは、学園に残っていたグローシアだったのだ。
「あれ?どうしたの?馬術大会に行ってたのではないの?」
グローシアは額に汗をかき、息を切らせている。どうやら慌てて走ってきたようだ。
「た、た、大変・・・です」
「え?」
「ジョーとケイシー先輩が・・・、モーガン先生を病院から連れ出して、姿を消して・・・」
「は?な、何で!?」
「二人は今日の馬術大会に姿を見せなくて・・・そうしたら、病院からその知らせが学園に届いたそうです。アリアナが戻られたと聞いたから、わたくしは急いで報告に・・・」
私は慌てて部屋を飛び出した。
「ア、アリアナ!?」
「早くディーンに知らせなきゃ!」
(ジョーとケイシーは精神魔術にかかっていた・・・。もしかしたら、私達が居ない時に、モーガン先生を連れ出す手筈になっていたのかも!?)
二人を置いて行ったのは失敗だったかもしれないと、苦い気持ちでそう思う。
学園には今、トラヴィス達は居ない。みんなが戻ってくるまでは、私達で出来るだけの事をしなくては。
(でも、ディーンとグローシアと私のたった3人で、2人を助けられる?)
不安で一杯になりながらも、私は懸命に走った。




