翻弄される
涙が出そうになるのを、必死で堪える。
(泣くなって!最近の私の態度が悪すぎたんだ)
それでもディーンは私を助けてくれてる。それで十分じゃないか。
手の甲で、目元乱暴にごしごし擦った。
「ちょ、ちょっと待ってくれ!絶対、何か誤解してるから!」
後ろから、珍しく焦ったディーンの声が聞こえた。
「君がそばに来るのが嫌な訳じゃ無いんだ!ただ・・・その・・・」
「・・・?」
ディーンの必死そうな口調に振り返ると、彼は真っ赤な顔で何か言い淀んでいる。
目を泳がせながら、チラッと寝室の方を見ると、突然ぶんぶんと首を振った。そして、私の目を見ないまま、
「こ、こういう状況で、男に近寄るのは止めたほうが良い・・・」
小さな声で早口で言うのを聞いて、私はビシッと固まった。
(こ、こういう状況!?)
夜の山小屋でディーンと二人っきり・・・その事を思い出して、今度は私の方が挙動不審になる。
(びびび、びっくりした!お、『男』って・・・15歳の男の子でも、こんな事言うんだ?)
その男の子を意識しまくってるのは、まぎれもなく自分だ。
数歩後ずさって壁に貼りつき、逃げ場所を探す様にキョロキョロと辺りを見まました。額から汗が流れ落ちる。
ディーンはそんな私の様子を見てさらに慌てた。
「し、心配しなくても大丈夫だ!私はそんな事は・・・いや、ただ、完全に安心されても困るというか・・・」
しどろもどろである。
私は油のささってないロボットみたいなぎこちない動きで回れ右をした。
「わ、わわわ、私、しし、寝室を使わせて頂きますね。では、おやすみなさい!」
ギシギシと音が鳴りそうな歩き方で、右手と右足を同時に前に出しながら寝室に飛び込むと、私は急いでドアを閉めた。
(し、心臓がもたない・・・)
ドアにもたれて、ずるずると座り込んでしまう。
床にぺたりと座ったまま、バクバクと鼓動する胸を両手で押さえて天井を見上げた。
前の世界の年を足したら、私は20歳超えてるっていうのに。15歳の男の子に、こんなに翻弄されるなんて・・・。
(と、とりあえず嫌われてはいないって事だよな!?だ、だったら良いや、うん。ディーンの言ったことを深く考えるのはやめよう!)
私は這う様にベッドに移動して布団に潜り込んだ。服が汚れていてごめんなさいと、小屋の持ち主に心の中で謝まる。
(汚したり、使ったりしたものは後で弁償しますから・・・)
寝室の家具類もシンプルだけどとても可愛い。布団もふわふわで高級そうだ。やはりこの狩猟小屋は貴族のご婦人の物かもしれない。
だけどそんな寝心地の良いベッドの上で、私は目を閉じたままゴロゴロと転がっていた。
(う~・・・緊張して眠れないよ)
ドア一枚隔てた向こうにディーンが寝ているかと思うと、全く落ち着かない。
(どうしよう、一睡も出来なかったら・・・)
きっと明日は森の出口を探して歩き回らなくてはいけない。ちゃんと体力を回復しておかなくてはいけないってのに。
そんな心配をしていた私だったけど、何の事は無い。すぐに、ぐっすりと夢も見ずに眠り込んでしまった。一日中、本当に色々な事があったから体力を使い果たしていたのだ。そして・・・
(あれ?)
目が覚めた時には、すっかり陽が登りきっていた。
「わぁ・・・小鳥の声が爽やかぁ・・・・・・って言ってる場合じゃないよ!」
寝ぼけた頭を叩き起こし、私は慌ててベッドから飛び降りた。
「すみません!私、寝坊しましたよね!?」
慌ててリビングへの扉を開けると、ディーンはソファに腰かけて顔を両手で覆っている。
なんだか凄く疲れているみたいで、途端に心配がぶり返してきた。
「ど、どうしたんです?やっぱり怪我の具合が良くないのですか?」
「いや・・・大丈夫。ちょっと眠れなかっただけで・・・」
彼が顔を上げると、目の下に結構な隈が出来ていた。声も掠れていて、だるそうなのが分かる。私はハッと思い当たった。
「ご、ごめんなさい。私がベッドを使っちゃったから・・・ソファじゃ休めなかったですよね・・・」
よく考えれば背の高いディーンじゃ、ソファからはみ出してしまうじゃないか。私がこっちに寝れば良かったのだ。
だけどディーンは静かに首を振った。
「いや、リナは全然悪くない。悪いのはアリアナだから・・・」
「え?アリアナ?」
アリアナが、どうかしましたか?と聞こうとしたけれど、ディーンは突然立ち上がって「水を汲んでくる」と言って外に行ってしまった。
「なんだ・・・?」
一体アリアナがどうしたんだろう?
怪訝に思ったけれど、ディーンが水を汲んでる間に、取り合えずお茶の準備をする事にした。
「ちょっとでも食べ物があれば良かったんだけどな・・・」
人の小屋の中で図々しいとは思ったが、昨日の朝から何も食べていないので、お腹が鳴って仕方が無い。あちこち探してみたけれど、ここにはお茶の葉くらいしか置いて無いようだ。
「しょうがないか・・・」
私達は空きっ腹を高級茶でごまかしながら、今日の計画を立てる事にした。
「この狩猟小屋があるという事は、ここに続く道もあるはずだ。昨日は夜だったから調べられなかったが、準備が出来次第ここを出発しよう」
そう言ったディーンの疲れた横顔を見て、私は少し不安になった。
「眠れてないんですよね?少し横になって休んだ方が良く無いですか?」
「いや、この小屋が森のどの場所にあるのか分からないし、森の大きさも把握出来てない。暗くなる前に人の居る所にたどり着きたいから、急いだほうが良い」
「それはそうですけど・・・」
「もしかしたら、別の国に飛ばされたのかもしれないし、早く行動しよう」
きっぱりと言うディーンに、私はやきもきした気分を抱えながらも頷くしかなかった。
「では、出る準備をしましょう。水は持って行った方が良いですよね」
だけどカップを片付けようと立ち上がった時、突然ディーンが弾かれたように小屋の扉を振り向いた。
「ディーン?」
その目が警戒する様に光る。
「リナ!こっちへ!」
彼は私の腕を引っ張って抱き寄せると、周りにシールドを張った。
(え?まさか黒フードが!?)
緊張で身体を固くした途端、
バンッ!
という大きな音と共に突然ドアが乱暴に開かれると、小屋の中に嵐の様な強い風が吹き荒れ始めた。




