森の狩猟小屋
――――リナ・・・
夢うつつの中、誰かが私の名前を呼んでる。もう誰も呼ばなくなった、かつての名前。
(・・・ううん、違うな・・・1人だけ・・・この名で私を呼ぶ人がいたよ・・・)
誰だったっけ?
「リナ!起きろ。大丈夫か!?」
「ディーン!?」
急激な覚醒と共に、私は慌てて飛び起きた。
ゴチッ!
「痛いっ!」
おでこを思いっきりぶつけてしまった。
(いったたたたた・・・・)
何なの!?いったい、何にぶつけたんだ?
涙目で片目を開けると目の前に、私と同じく痛そうにオデコを押さえたディーンと目があった。
(げっ!)
どうやら体を慌てて起こした拍子に、ディーンに頭突きをかましたらしい。
一瞬で状況を理解した私は、
「ご、ごめんなさい!大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫だ・・・。それよりも、どうやら私達も洞窟から移転してしまったようだな」
「え?」
よくよく周りを見てみると、さっきまでの洞窟とはまるで景色が違っている。私達が居るのは光も届かない程の深い森の中だった。
「あっ、黒フードは!?」
あいつと一緒に転移したはずだ。
キョロキョロと辺りを探すが見当たらない。ディーンはそんな私に首を横に振ると、
「私も転移した時に意識を失ってしまったようだ。気づいた時には姿が無かった・・・」
口調に悔しさをにじませながら、そう言った。
(逃がしちゃったかぁ・・・)
せっかく、追い詰めていたのに油断した。魔力増幅の宝玉を持ってるとは言え、まさか黒フードが、転移まで出来ると思って無かったのだ。
(いったい何者なんだよ。ゲームに出てこない癖に、そんな事が出来るなんて・・・。捕えられてたら、正体が分かったのに)
がっかりした気分で肩を落とすと、ディーンが私に手を差し伸べた。
「立てるか?もうすぐ夜になる。せめて夜露を凌げるところを探さないと」
「そ、そうですね」
私はディーンの手を取った。その手の大きさに少しドキッとする。
すっかり日が傾いた真っ暗な森の中を、ディーンの魔術の炎の灯りを頼りに、私達は歩いた。
(今、何時くらいだろう?)
今日は朝から洞窟に入って歩きっぱなしだ。その後はイーサンに謎の黒フードと、続けて2回の戦闘のせいでヘトヘトである。
洞窟に残されたトラヴィス達は大丈夫だろうか?クラークとレティシアは助けを呼んでくれたんだろうか?
洞窟の神殿で惨殺されていた闇の組織の人達を思い出して、心臓を掴まれた様な気持ちになる。あれは、やはり黒フードの仕業だったのだろうか?だとしたらどうして、あんなことを?
(やっぱり逃がしたのは痛かったな)
そしてもう一つ、私には一番気がかりな事があった。
(リリー・・・)
イーサンを追いかけて、一緒に消えてしまった。
リリーは無事でいるのだろうか?イーサンに酷い事をされていないだろうか?
(リリーを虐めたら、ただじゃおかないぞ。みんなに私のパワーを送って、成敗して貰うんだからね!)
自分で直接とっちめる事が出来ないのが、ちょっと情けないが、私の力を使うんだもん、同じ事だろう。
「私がパワーを増強したら、イーサンにだって勝てる気がするんだよなぁ・・・やってみないと分からないけどさ・・・でも、トラヴィスやディーンやクリフあたりなら、大丈夫なんだじゃないかな・・・」
ぶつぶつと小声で独り言を言っていたら、
「リナ、大丈夫か?」
私の手を引きながら、ディーンは気遣わしそうな表情を向けた。
「だ、大丈夫!全然、元気だす」
噛んでしまった・・・。
恥ずかし過ぎる・・・。
繋いだ手が熱い・・・と言うか手汗をかいているのが、もっと恥ずかしいぞ!
「陽が完全に沈む前に、休む所を見つけよう。・・・今夜は野宿になってしまいそうだが・・・」
「ふ、冬で無くて良かったですね!」
そう返してから、軽く落ち込んでしまう。
(・・・な、何と言う頭の悪そうな返事なんだ)
この自他共に認める秀才の私が?
情けなさに、心の中で頭を抱えた。
背の高いディーンの背中を見ながら、不甲斐ない気持ちで暗い森の中を歩いく。ディーンの言う通り、早く休めそうなところを探さないと真っ暗になってしまいそうだ。
(なんかもう・・・こんな状況なのにちゃんと話せない自分って・・・)
手を引っ張って貰いながら、どうしようもない気持ちで私は俯いた。
(ちゃんとしなきゃ、ちゃんと!でないとディーンに呆れられちゃうぞ)
弱気な気持ちを追い払いたくて、歩きながら頭を振った。そして大きく息を吸って気合いを入れる。
(大丈夫!さっきは皆の役に立てたし、私は・・)
「リナ」
「は、はひ!・・・な、何ですか?」
また噛んでしまった・・・
(ううう、かっこ悪・・・)
「あれを!」
ディーンの指差す方を見て、私は驚きに目を見開いた。
「えっ?あっ!」
森の中にぽっかり空いた草地に、丸太小屋が・・・と言うよりも、大きさ的には山荘と言ってもいいかもしれない・・・突然、目の前に現れたからだ。
「こ、これって・・・?」
「多分、誰かの狩猟小屋だと思う。規模から言って、多分どこかの貴族のものだろう。・・・でも助かった。今夜はここに泊まらせて貰おう」
ディーンはそう言って、私の手を握ったまま、スタスタと小屋に向かい始めた。
予想はしていたが、小屋の入り口には鍵がかかっていた。ディーンはそれを魔術で難なく外すと、扉をゆっくりと押し開けた。
入口から中の様子を伺いながらディーンが先に中に入った。そして危険が無いか確認すると、「大丈夫そうだ」と言って私を中に入らせた。
(おお!)
小屋の中は思ったよりも広くて、椅子とテーブルのほかに大きなソファも並べてあった。暖炉や、奥の方には小さな台所もある。隣にある扉の向こうの部屋は、どうやら寝室のようだ。
こんな森の中にあるにしては調度品がちゃんと設えてあり、簡単な食器やタオル、毛布なんかも綺麗に整頓されて置いてある。普通に生活出来そうな程、整えられた室内だ。少なくとも、私が大学時代に住んでいたボロアパートよりも、よっぽど物が揃っている。
(だけどさ・・・)
何となく感じる居心地の悪さに、私は少し眉を寄せた。その理由は、調度品の色合いのせいだ。
(何で・・・森の狩猟小屋のカーテンがピンク色なのさ?)
サーモンピンクと言った方が近いだろうか。同じ色の毛足の長い円形の絨毯も敷かれていた。置いてある小物類もやたらと可愛い柄で、前の世界のファンシーショップに入り込んだような気分だ。
(お、乙女趣味の人の小屋なのかな?)
「狩猟小屋というよりも・・・小さな別荘みたいですね」
きっと持ち主はお金持ちの商人の娘とか、もしかしたら貴族のご婦人かもしれない。
(勝手に入って大丈夫かな?見つかったら文句言われるんじゃ・・・)
ディーンはそんな事は気にならないのか、部屋の中を横切ると、ランプにさっさと火をつけ始めた。そして外にあった井戸から水を汲んでくると、てきぱきと台所で湯を沸かし始める。
「あっ、て、手伝いますよ」
カップと、ついでにお茶の葉も少し拝借して私達はテーブルでお茶を飲んだ。茶葉もやたらと上等な品で、かなり美味しい。
カップで手を温めていたら、少しホッとした気分になった。やはり夜の森の中では知らない内に気を張っていたのだ。
「野宿しなくて済んで本当に良かったです・・・」
夜の森は怖い。初夏とは言え夜中はそこそこ冷えるし、もしかしたら野生動物がいたかもしれない。
「小屋を見つけられて幸運でしたね」
やっと人心地着いて、私は安心した気分になった。ゆっくりお茶を飲み終わると、疲れのせいか急に眠気が襲ってきた。
(着替えが無いのが残念だけど、贅沢は言えないよね。このままで良いから早く横になりたいよ)
だけどディーンの様子が少し気になった。さっきから私の言葉に頷いてはいるけれど、返事は無くて黙ったままだ。それにどこか緊張している様にも見える。
(どうしたのかな?あ・・・もしかして!)
「ディーン、外に何かいるんですか?気配を感じるとか!?」
気を引き締め直し、窓に近寄ってカーテンの隙間から外を窺う。だけど真っ暗な森の中からは虫の声が聞こえるだけで、怪しいものは見あたらない。
するとディーンが、慌てた様子で声を上げた。
「い、いや!何もいないと思う!気配もしない。大丈夫だ。安心して良い」
額に汗を流しながら、なんだか口調がしどろもどろだ。
(なんだ?いつも冷静なディーンが、何か焦ってる?)
もしかして、ディーンも疲れているのかもしれない。そりゃそうだよね。あんなにも色んな事があったんだもん。
「ディーン、時間は少し早いけど、そろそろ休みましょう」
私がそう言いうと、何故かディーンがビクッと体を揺らした。何だか目も泳いでいるような・・・。
(どうしたんだろ?)
そこで私はハッと気づいた。
(ん?・・・待てよ・・・今夜はここでディーンと二人っきりって事で・・・)
そう考えた途端、眠気が完全に吹っ飛んでしまった。
隣の部屋にはベッドが一つ。他に寝室は無い。
全く暑く無いのに、顔からドッと汗が流れ落ちた。
(どどど、どうしよ・・・え?・・・どうしたら?)
焦ってる私の心情を知ってか知らずか、ディーンは急に椅子から立ち上がると、ドカッと音を立てながらソファに座った。長い脚を組んで、ついでに腕も組んで背もたれにもたれる。
「リナは隣室のベ、ベッドを使うと良い。私はここで寝るから」
そう言われて私は慌てた。
「い、いえ、そんな、駄目ですよ!ディーンは今日の戦いで、魔力を沢山使ったから、相当疲れているはずです。ディーンがベッドで寝てください!」
イーサンや黒フードの攻撃から私達を守る為に、ずっとシールドを張っていたのだ。
(それに、神殿で一回倒れてたじゃん・・・あっ)
「そう言えば、怪我は!?イーサンにやられた怪我は大丈夫なのですか?」
思い出して私はディーンに詰め寄った。
「確かあの時、片腕が動いて無かったですよね?骨が折れてたんじゃないですか!?それに、頭からも出血してたし、体中に傷が・・・・」
ソファに座ったディーンの怪我の状態を調べようと、あちこち触って顔を近づけた。
するとディーンは突然、ソファから飛び退って私から離れた。
「だ、大丈夫だから!殿下に治癒魔術をかけて貰ったから!」
「でも完全に治ったわけじゃないですよね?戦闘後で殿下の魔力も減っていたし。どこか痛いとこは無いですか?」
近づく私に、ディーンは片手を上げ、手の平を向けて叫んだ。
「大丈夫だから!頼むから、あまりこっちに来ないでくれ!」
(あ・・・)
お腹の中が急に冷たくなったような気がした。
(そっか・・・)
分かってしまった・・・
ディーンは、私に触れられたくないだけなのだ。
目の前が、ベールをかけた様に薄暗く見える。
やば・・・なんだか頭もくらくらするぞ。
(・・・嫌われた・・・か)
眉間に皺を寄せて唇を噛みしめる。変な顔を見られたくなくて、私は下を向いた。
「すみません。嫌だったですよね・・・離れます」
声が震えるのを必死で抑えて、私はディーンに背を向けた。




