聖女の像
イーサンは冷たい表情で、トラヴィスとリリーを攻撃し続けていた。その彼の姿は、まるで大いなる神が罪人に罰をを与えてるかの様だった。
トラヴィスとリリーに、炎や雷が降り注ぐ様は天変地異を見ているようだ。
(そうか、リリーのシールドは光の魔力で出来ているので闇魔術では通用しないから・・・)
そしてリリーの作ったシールドの中で、トラヴィスが攻撃魔術の準備をしている。
(駄目だ!このままじゃ、どちらもただじゃ済まない!)
私はそのイーサンとトラヴィスの間に割って入った。
「ば、馬鹿!あんた何してんのよ!?」
突然の事に慌てたのか、トラヴィスの口調がねーさんになっている。構わず私はイーサンに向き直った。
「イーサン、攻撃をやめて!殿下達は何もやって無いよ!ここに倒れている人達は、殿下が来た時にはもう殺されてたんだから」
イーサンの目線がゆっくりと私に移る。そのあまりの虚ろさにゾクリとした。
(ど、どうしたんだろ?今で嫌な奴だとは思ってたけど、こんな顔は初めて見たぞ)
「うるさい」
彼は一言そう言うと右手を振り上げた。
(えっ!?)
まっすぐ私めがけて雷光が落ちて来る。
「危ない!」
私の前にトラヴィスが飛び出して、シールドで雷撃を防いだ。ドンッ!と言う音と衝撃が神殿内に響き渡った。
(嘘・・・今まで、イーサンが私を攻撃する事なんて無かったのに)
彼が味方だなんて、もちろん思っていなかった。だけど闇の組織の情報を教えてくれたり、エメラインの襲撃の時は庇ってくれた。
自惚れていたわけでは無いけど、彼が私を殺そうとするなんて思わなかったのだ。
(考えが甘かったって事か・・・)
だけど、今日のイーサンは何処かおかしい。いつも人を馬鹿にするし、傍若無人で捻くれた奴だとは思っていた。だけど今みたいな、感情を全部どこかに捨て去った様な顔はしてなかった。
(何があったんだよ!?)
私はもう一度、彼に向かって説得を試みた。
「攻撃しないで話を聞きなさいって、イーサン!殿下達は何もやってないの!ここの人達を攻撃したのは他の人だってば!」
だけど返ってきたイーサンの答えは、私の予想外の事だった。
「そんな奴らはどうでも良い。・・・皇太子よ、お前達は彼女を殺した」
抑揚のない声でそう言って、イーサンはゆっくりと腕を上げて私達の後ろを指さした。つられる様にその方向を見ると、
「えっ・・・!?」
そこは恐らくこの神殿の祭壇だった。祭壇の上には一つの石像が立っている。慈悲深い表情で両手を広げた美しい女性の、等身大の彫像・・・。
「ヘンルーカ!」
石像は私が意識の中であった女性、そして図書館の禁書ルームの絵に描かれていた聖女の姿だった。
(闇の神殿はヘンルーカを祀っていたの!?)
だけどその彫像の胸の部分には、まるでハンマーで叩かれたかの様な大きな穴が開いていた。
「・・・ようやく見つけたのに。彼女はもうここにいない。お前たちは彼女を殺した罰を受けろ・・・」
(げっ!)
イーサンが頭の上に広げた両手の上には、燃え上がる炎の柱と特大の稲妻がバチバチと光っていた。
「アリアナ、殿下っ!」
リリーが走り寄って、トラヴィスと共に私達の周りにシールドを広げた。
(待て待て待てって!いくらなんでも、あんなの食らったらヤバいって!)
それにイーサンの言ってる事が良く分からない。だってヘンルーカは、何百年も前の人でしょ!?
(え?え?イーサンって石像フェチ?フィギュア好きみたいな?)
駄目だ。パニくっているから、思考が阿保だ。私は焦りながらトラヴィスに聞いた。
「せ、石像を壊したのは、ねーさんなの!?」
「んな訳無いでしょ!私じゃ無いわよ。最初から壊れてたんだってば!」
トラヴィスもかなり慌てている。口調がねーさんから戻らない。
(ええい!)
勇気を振り絞って、私は再びイーサンに向かい合った。
「どうして殿下がヘンルーカを殺したって思うの!?石像だったら壊したのは殿下じゃないよっ!」
無表情だったイーサンの眉がピクリと動く。
「では何故ここに来た?この場所は俺も知らない場所だった。サグレメッサに何か吹き込まれたか?」
(サグレメッサ?・・・ってモーガン先生!?)
モーガン先生は正気を失って病院にいるのだ。そんな事出来るわけ・・・
その時、私の脳裏にバチっと火花のように閃いた事があった。
(まさか・・・いや、そうかも!くそっ、だけど今はイーサンを何とか止めなきゃ!)
「モーガン先生には何も聞いて無いよ!私達は図書館の禁書を調べてここに来たんだ!イーサンこそ、どうしてここに来たのさ!?いったい・・・」
私は言葉に力を込めた。
「誰に何を吹きこまれて、ここに来たの!?」
イーサンは数秒、目を細めて私を睨んでいた。そして突然両手を振り下ろした。
(ひえっ!)
あの、でっかい炎を雷がやってくると思って、頭を抱えて目を閉じたけど、何の音も聞こえなかった。
(ん・・・?)
恐る恐る目を開けるとイーサンの頭の上にあった火柱と稲妻は、すっかり消えて無くなっていた。
イーサンは感情のこもらないビー玉の様な目をしたまま、私に聞いた。
「では彼女を壊したのは誰だ・・・」
「わ、私達には分からないけど・・・貴方には心当たりが・・・」
あるんじゃないの?
そう言いかけた時、イーサンの視線が弾かれる様に石像に向いた。私達も引っ張られる様にそちらを見ると、像の近くでゆらりと起き上がる人影が見えた。
「えっ、あ!ディーン!?」
ディーンは額から血を流し、服もボロボロであちこち傷だらけだ。おまけに片方の手がぶらりとしたまま動いていない。
私は体温が一気に下がった気がした。
ディーンは祭壇の柱で体を支えながら、イーサンを睨みつけた。そして振り絞る様に叫んだ。
「・・・ライナス・イーサン・ベルフォート。見ろ!この石像が壊されたのは最近じゃない。少なくとも数年は経ってる」
「何だと・・・?」
「壊された部分の石が経年で変色している・・・。それにその破片も片付けられている・・・」
ディーンの言葉に、イーサンはぷつりと糸が切れた様に空中から地面に降り立った。目を見開いたまま片手で顔を覆うと、口元を歪ませてぼそりと呟いた。
「・・・ふざけたマネを・・・。全員、殺してやる!」
するとイーサンの姿がノイズが走る様に歪み始めた。
これは、前も見た事がある。
(転移!)
殺すって誰を?イーサンは何処に行こうとしてるの!?
すると、突然リリーがイーサンに向かって叫びながら走り出した。
「待って!行かないでっ!」
「え!?」
リリーがイーサンに触れたかと思った瞬間、二人の姿は消え失せてしまった。
(嘘・・・)
「リリー!?」
私達は呆然と立ち尽くし、二人の消えた場所を見つめていた。
「どどど、どうしましょ!?殿下、リリーが!」
私はトラヴィスに詰め寄ったが、彼も戸惑った表情で首を振るばかりだ。
すると、後ろの方でドサッと言う物音が聞こえた。振り返ると、ディーンが体を折る様にして倒れているではないか!
「ディーン!?」
私は瓦礫をかき分けて、彼のいる祭壇の方へ走った。色んな事が起き過ぎて、もう頭の中がぐちゃぐちゃだ!どうして良いのか分からない。
(あ・・・)
近寄るとディーンの怪我は、想像していたよりもずっと酷かった。全身傷だらけで服が血に染まっている。多分右腕は折れているのだろう。
「・・・だ、大丈夫・・・?しっかりして・・・」
声が震えて、勝手に涙がぼろぼろと溢れた。触れる事も出来ずにおろおろしていると、後ろから肩を叩かれた。
「どいて。大丈夫、治癒魔術をかけるから」
トラヴィスは倒れているディーンの横に腰を下ろして、手をかざした。ディーンの体が黄金色の温かい光に包まれていく。
「・・・最初にイーサンに襲われた時、ディーンが咄嗟に私達を守ってくれたんだ。シールドが間に合わなくて吹っ飛ばされたけど、彼が庇ってくれなかったら私達は全員死んでいたかもしれない」
治癒魔術を施しながらトラヴィスは疲れた声でそう言った。そして涙でぐしゃぐしゃになって、声も出ない私を見て苦笑すると、
「心配しなくても大丈夫よ。ディーンは強いから。それに私は超チートだから、治癒魔法も得意なんだわ」
安心させるように片目をつぶった。
少しホッとして気が抜けた途端、大事な事を思い出した。
「そ、そうだ、忘れてた!クリフも怪我をしてるんです!通路の所で倒れてて・・・」
すると離れた所から「大丈夫だよ~」と声がした。
「僕が連れて来たから。・・・ああ重かった!僕と兄上が治癒魔術が出来る事に、感謝してよね」
見ると通路の前でパーシヴァルがクリフを手当てしていた。その横でミリアも意識を取り戻した様で、壁にもたれるように座って手を振っている。
(よ、良かった・・・)
ただし、イーサンが去って戦闘が終わったとは言え、落ち着いたとは言いがたかった。だって今の状況が良くなったとは全く言えないのだから。
(洞窟の中で怪我人だらけ。その上、リリーはイーサンと一緒に消えちゃったよ)
どうするよ?
まずはディーンとクリフの治癒が終わったら、なんとかして洞窟を出て、リリーを探さなくちゃ。
でも、どうやって?
(考えろ、考えろ・・・!)
頭を抱えていたら、「うう・・・」とうめき声を上げてディーンが目を開けた。
「大丈夫ですか!?」
彼は痛みに顔をしかめながら、体を起こした。
「ま、まだ横になっていた方が・・・」
慌てる私に「いや・・・大丈夫だ・・・」と言うと、彼はトラヴィスに向かって頭を下げた。
「すみません、不覚をとりました」
「謝るな。お前のおかげで皆、助かったんだ」
そう言って、トラヴィスが立ち上がった時だった。目の端に何か黒いモノが動いた気がして、何気に振り返った。すると黒いフードを来た若い男と、ばっちり目が合ってしまった。
(え!?誰!?)
男は怯えた表情で「ひぃっ!」と叫ぶと、もつれた足取りで逃げようとする。しかしトラヴィスが手を打ちつける様に叩くと、男はつんのめるようにして倒れた。
「う、うわぁ、殺さないでくれぇ!」
「それはお前次第だな」
叫ぶ男にトラヴィスは近寄りながら、ドスの効いた声でそう言った。




