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モブ系悪役令嬢は人助けに忙しい  作者: 優摘
第八章 悪役令嬢は知られたくない
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聖女の像

 イーサンは冷たい表情で、トラヴィスとリリーを攻撃し続けていた。その彼の姿は、まるで大いなる神が罪人に罰をを与えてるかの様だった。

 トラヴィスとリリーに、炎や雷が降り注ぐ様は天変地異を見ているようだ。


 (そうか、リリーのシールドは光の魔力で出来ているので闇魔術では通用しないから・・・)


 そしてリリーの作ったシールドの中で、トラヴィスが攻撃魔術の準備をしている。


 (駄目だ!このままじゃ、どちらもただじゃ済まない!)


 私はそのイーサンとトラヴィスの間に割って入った。


 「ば、馬鹿!あんた何してんのよ!?」


 突然の事に慌てたのか、トラヴィスの口調がねーさんになっている。構わず私はイーサンに向き直った。


 「イーサン、攻撃をやめて!殿下達は何もやって無いよ!ここに倒れている人達は、殿下が来た時にはもう殺されてたんだから」


 イーサンの目線がゆっくりと私に移る。そのあまりの虚ろさにゾクリとした。


 (ど、どうしたんだろ?今で嫌な奴だとは思ってたけど、こんな顔は初めて見たぞ)


 「うるさい」


 彼は一言そう言うと右手を振り上げた。


 (えっ!?)


 まっすぐ私めがけて雷光が落ちて来る。


 「危ない!」


 私の前にトラヴィスが飛び出して、シールドで雷撃を防いだ。ドンッ!と言う音と衝撃が神殿内に響き渡った。


 (嘘・・・今まで、イーサンが私を攻撃する事なんて無かったのに)


 彼が味方だなんて、もちろん思っていなかった。だけど闇の組織の情報を教えてくれたり、エメラインの襲撃の時は庇ってくれた。

 自惚れていたわけでは無いけど、彼が私を殺そうとするなんて思わなかったのだ。


 (考えが甘かったって事か・・・)


 だけど、今日のイーサンは何処かおかしい。いつも人を馬鹿にするし、傍若無人で捻くれた奴だとは思っていた。だけど今みたいな、感情を全部どこかに捨て去った様な顔はしてなかった。


 (何があったんだよ!?)


  私はもう一度、彼に向かって説得を試みた。


 「攻撃しないで話を聞きなさいって、イーサン!殿下達は何もやってないの!ここの人達を攻撃したのは他の人だってば!」


 だけど返ってきたイーサンの答えは、私の予想外の事だった。


 「そんな奴らはどうでも良い。・・・皇太子よ、お前達は彼女を殺した」


 抑揚のない声でそう言って、イーサンはゆっくりと腕を上げて私達の後ろを指さした。つられる様にその方向を見ると、


 「えっ・・・!?」


 そこは恐らくこの神殿の祭壇だった。祭壇の上には一つの石像が立っている。慈悲深い表情で両手を広げた美しい女性の、等身大の彫像・・・。


 「ヘンルーカ!」


 石像は私が意識の中であった女性、そして図書館の禁書ルームの絵に描かれていた聖女の姿だった。


 (闇の神殿はヘンルーカを祀っていたの!?)


 だけどその彫像の胸の部分には、まるでハンマーで叩かれたかの様な大きな穴が開いていた。


 「・・・ようやく見つけたのに。彼女はもうここにいない。お前たちは彼女を殺した罰を受けろ・・・」


 (げっ!)


 イーサンが頭の上に広げた両手の上には、燃え上がる炎の柱と特大の稲妻がバチバチと光っていた。


 「アリアナ、殿下っ!」


 リリーが走り寄って、トラヴィスと共に私達の周りにシールドを広げた。


 (待て待て待てって!いくらなんでも、あんなの食らったらヤバいって!)


 それにイーサンの言ってる事が良く分からない。だってヘンルーカは、何百年も前の人でしょ!?


 (え?え?イーサンって石像フェチ?フィギュア好きみたいな?)


 駄目だ。パニくっているから、思考が阿保だ。私は焦りながらトラヴィスに聞いた。


 「せ、石像を壊したのは、ねーさんなの!?」


 「んな訳無いでしょ!私じゃ無いわよ。最初から壊れてたんだってば!」


 トラヴィスもかなり慌てている。口調がねーさんから戻らない。


 (ええい!)


 勇気を振り絞って、私は再びイーサンに向かい合った。


 「どうして殿下がヘンルーカを殺したって思うの!?石像だったら壊したのは殿下じゃないよっ!」


 無表情だったイーサンの眉がピクリと動く。


 「では何故ここに来た?この場所は俺も知らない場所だった。サグレメッサに何か吹き込まれたか?」


 (サグレメッサ?・・・ってモーガン先生!?)


 モーガン先生は正気を失って病院にいるのだ。そんな事出来るわけ・・・

 その時、私の脳裏にバチっと火花のように閃いた事があった。


 (まさか・・・いや、そうかも!くそっ、だけど今はイーサンを何とか止めなきゃ!)


 「モーガン先生には何も聞いて無いよ!私達は図書館の禁書を調べてここに来たんだ!イーサンこそ、どうしてここに来たのさ!?いったい・・・」


 私は言葉に力を込めた。


「誰に何を吹きこまれて、ここに来たの!?」


 イーサンは数秒、目を細めて私を睨んでいた。そして突然両手を振り下ろした。


 (ひえっ!)


 あの、でっかい炎を雷がやってくると思って、頭を抱えて目を閉じたけど、何の音も聞こえなかった。


 (ん・・・?)


 恐る恐る目を開けるとイーサンの頭の上にあった火柱と稲妻は、すっかり消えて無くなっていた。

 イーサンは感情のこもらないビー玉の様な目をしたまま、私に聞いた。


 「では彼女を壊したのは誰だ・・・」


 「わ、私達には分からないけど・・・貴方には心当たりが・・・」


 あるんじゃないの?

 そう言いかけた時、イーサンの視線が弾かれる様に石像に向いた。私達も引っ張られる様にそちらを見ると、像の近くでゆらりと起き上がる人影が見えた。


 「えっ、あ!ディーン!?」


 ディーンは額から血を流し、服もボロボロであちこち傷だらけだ。おまけに片方の手がぶらりとしたまま動いていない。


 私は体温が一気に下がった気がした。


 ディーンは祭壇の柱で体を支えながら、イーサンを睨みつけた。そして振り絞る様に叫んだ。


 「・・・ライナス・イーサン・ベルフォート。見ろ!この石像が壊されたのは最近じゃない。少なくとも数年は経ってる」


 「何だと・・・?」


 「壊された部分の石が経年で変色している・・・。それにその破片も片付けられている・・・」


 ディーンの言葉に、イーサンはぷつりと糸が切れた様に空中から地面に降り立った。目を見開いたまま片手で顔を覆うと、口元を歪ませてぼそりと呟いた。


 「・・・ふざけたマネを・・・。全員、殺してやる!」


 するとイーサンの姿がノイズが走る様に歪み始めた。

 これは、前も見た事がある。


 (転移!)

 

 殺すって誰を?イーサンは何処に行こうとしてるの!?

 すると、突然リリーがイーサンに向かって叫びながら走り出した。


 「待って!行かないでっ!」


 「え!?」


 リリーがイーサンに触れたかと思った瞬間、二人の姿は消え失せてしまった。


 (嘘・・・)


 「リリー!?」


 私達は呆然と立ち尽くし、二人の消えた場所を見つめていた。


 「どどど、どうしましょ!?殿下、リリーが!」


 私はトラヴィスに詰め寄ったが、彼も戸惑った表情で首を振るばかりだ。

 すると、後ろの方でドサッと言う物音が聞こえた。振り返ると、ディーンが体を折る様にして倒れているではないか!


 「ディーン!?」


 私は瓦礫をかき分けて、彼のいる祭壇の方へ走った。色んな事が起き過ぎて、もう頭の中がぐちゃぐちゃだ!どうして良いのか分からない。


 (あ・・・)


 近寄るとディーンの怪我は、想像していたよりもずっと酷かった。全身傷だらけで服が血に染まっている。多分右腕は折れているのだろう。


 「・・・だ、大丈夫・・・?しっかりして・・・」


 声が震えて、勝手に涙がぼろぼろと溢れた。触れる事も出来ずにおろおろしていると、後ろから肩を叩かれた。


 「どいて。大丈夫、治癒魔術をかけるから」


 トラヴィスは倒れているディーンの横に腰を下ろして、手をかざした。ディーンの体が黄金色の温かい光に包まれていく。


 「・・・最初にイーサンに襲われた時、ディーンが咄嗟に私達を守ってくれたんだ。シールドが間に合わなくて吹っ飛ばされたけど、彼が庇ってくれなかったら私達は全員死んでいたかもしれない」


 治癒魔術を施しながらトラヴィスは疲れた声でそう言った。そして涙でぐしゃぐしゃになって、声も出ない私を見て苦笑すると、


 「心配しなくても大丈夫よ。ディーンは強いから。それに私は超チートだから、治癒魔法も得意なんだわ」


 安心させるように片目をつぶった。

 少しホッとして気が抜けた途端、大事な事を思い出した。


 「そ、そうだ、忘れてた!クリフも怪我をしてるんです!通路の所で倒れてて・・・」


 すると離れた所から「大丈夫だよ~」と声がした。


 「僕が連れて来たから。・・・ああ重かった!僕と兄上が治癒魔術が出来る事に、感謝してよね」


 見ると通路の前でパーシヴァルがクリフを手当てしていた。その横でミリアも意識を取り戻した様で、壁にもたれるように座って手を振っている。


 (よ、良かった・・・)


 ただし、イーサンが去って戦闘が終わったとは言え、落ち着いたとは言いがたかった。だって今の状況が良くなったとは全く言えないのだから。


 (洞窟の中で怪我人だらけ。その上、リリーはイーサンと一緒に消えちゃったよ)


 どうするよ?

 まずはディーンとクリフの治癒が終わったら、なんとかして洞窟を出て、リリーを探さなくちゃ。


 でも、どうやって?


 (考えろ、考えろ・・・!)


 頭を抱えていたら、「うう・・・」とうめき声を上げてディーンが目を開けた。


 「大丈夫ですか!?」


 彼は痛みに顔をしかめながら、体を起こした。


 「ま、まだ横になっていた方が・・・」


 慌てる私に「いや・・・大丈夫だ・・・」と言うと、彼はトラヴィスに向かって頭を下げた。


 「すみません、不覚をとりました」


 「謝るな。お前のおかげで皆、助かったんだ」


 そう言って、トラヴィスが立ち上がった時だった。目の端に何か黒いモノが動いた気がして、何気に振り返った。すると黒いフードを来た若い男と、ばっちり目が合ってしまった。


 (え!?誰!?)


 男は怯えた表情で「ひぃっ!」と叫ぶと、もつれた足取りで逃げようとする。しかしトラヴィスが手を打ちつける様に叩くと、男はつんのめるようにして倒れた。


 「う、うわぁ、殺さないでくれぇ!」


 「それはお前次第だな」


 叫ぶ男にトラヴィスは近寄りながら、ドスの効いた声でそう言った。

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