君が好きだよ
「乗って走っても、割れないくらいの強度はあるはずだ」
トラヴィスは事も無げにそう言った。
「凄い!さすがですね。では早速行きましょう!」
私が地底湖の方へ足を向けた途端、トラヴィスが私の肩を掴んで「待て」と言った。
「へ?」
「アリアナはここまでだ。地図に載ってる所までという約束だっただろう?」
(あ・・・)
忘れてた。
「いや、でも、あの・・・こんな所で一人で残されても・・・」
地底湖の岸辺で一人でいるなんて、怖すぎないか?
「じゃ、俺も一緒に残る」
クリフが私の横で手を上げた。
「一人で待たせるのは、もっと危険だろ?」
(え?)
クリフはどかっと地面に腰を下ろした。
「1時間以上経っても殿下達が戻らなかったら、アリアナを連れて外へ戻る。それで良いか?」
クリフの言葉にトラヴィスが頷いた。
「ああ、そうしてくれ」
「そ、そんな!?」
私を置いてけぼりにして、どんどん話が進んでいく。
「それが最善かもね。アリアナだって、こっから先の地図は知らないんだろ?僕達が戻らなかったらクラーク達にすぐ連絡してよね」
あっけらかんとした口調で、パーシヴァルがそう言う。私は反論しようとした。
「そんな!だって・・・」
(だって、何かあったら皆を見捨てて行けって言うのか?そんなのは嫌だ!)
だけど、だけど・・・どうしても先の言葉を作れなかった。
(・・・何かあった時、私は確実に足手まといになる)
結局、今の私が出来る最善の事は、クリフと一緒に外へ助けを呼びに行く事だけなのだ。
どうしようもない無力感に、私は大きく溜息をついて項垂れた。
「・・・分かりました。ここで待ちます」
気落ちした声で渋々そう言った私の頭に、誰かがぽんと手を乗せた。そうしてくしゃりと髪を優しく掴む。
(ねーさん?)
そう思って目線をあげると、私の前に居たのはディーンだった。
(っ!?)
息が詰まったようになって、身体が硬直する。ディーンはもう一度、柔らかく私の頭をぽんぽんとすると、くるりと背を向けた。
「では殿下、私達は進みましょう。クリフ、アリアナを頼んだ」
そう言って、先頭に立って氷の道を渡り始めた。
「行って来るわ、アリアナ」
「1時間で必ず戻ります。待っててください」
ミリアとリリーは安心させるように私の手を握って、殿下達の後ろに続いた。
(逆だよ・・・危険なのはみんなの方なのに・・・)
何度も振り返りながら氷の道を進む二人を見て、私は両手で「ええいっ」と自分の頬を叩いて、気持ちを引き締めた。
「二人とも気を付けて。危ないと思ったらすぐ引き返して下さい!」
手を振りながらそう言った。
そして私とクリフを残して、5人は氷の橋を渡り、対岸の抜け穴をくぐって姿を消した。
いつまでも皆が消えていった抜け穴を見ている私に、クリフが苦笑する。
「心配しなくても大丈夫だ。あいつら全員、魔術に関しては大人顔負けなんだから。生半可な事じゃ、ビクともしないさ」
「分かってますけど心配です。この洞窟を指摘したのは私ですし・・・。もし本当に闇の神殿に繋がっていたら、何が起こるか予想できないです」
今からでも皆を追いかけて行きたかった。役に立たないって分かっていても、危険な目に遭うとしたら一緒が良かった。
「クリフも、ごめんなさい。私のせいで皆と一緒に行けなくて」
「別に俺は闇の神殿になんか興味は無いから構わないよ。君といる方が楽しい」
クリフはあっさりそう言うと、ごろりと地面に寝転がった。私もランタンを足元に置いて、その横に腰を下ろした。皆の無事を祈りながら、長い一時間になりそうな気がした。
するとクリフが寝っ転がったまま天井を指さした。
「見てみなよ」
指さす方を見上げると、ランタンの光に小さな水晶が反射して、洞窟の中なのに、まるで星空のようだった。
「わっ、これは綺麗ですね!」
「だな。・・・なぁ、実は君に聞きたい事があったんだ。あいつらが戻ってくるまで丁度良いから、話をしよう」
クリフは寝っ転がって天井を見たままそう言った。
「聞きたい事ですか?」
「うん・・・君、ディーンが好きだろ」
余りにもダイレクトに言われて、私はバケツを被せられて頭を殴られたような衝撃を受けた。おかげで取り繕う余裕などなく、
「ぐっ・・・は?・・・す・・・好!?・・・え!?・・・あ、あの・・・」
目を白黒させて、あたふたする私を見て、クリフは「ぶっ」と吹き出した。そして「あはははは・・・」と笑ったけれど、いつもの上戸の笑い方とは少し違っていた。
「クリフ・・・?」
クリフは私の方を見ないで、
「ディーンは良い奴だよな。俺はさ・・・君が幸せだったら、それで良いんだ。相手がディーンだって、トラヴィス殿下だって構わないんだよ。だけど・・・一度くらいは、ちゃんと言っておこうって思って・・・」
クリフは身体を起こすと初めて私の方を真っすぐ見た。
「君が好きだよ」
澄んだ紫色の瞳が、水晶よりも綺麗だと思った。空色の銀髪は今はランタンのオレンジの光を映している。
「だけど、君はディーンが好きだろ?」
少し眉尻を下げて笑って、クリフはまたごろんと寝っ転がった。
「だからもう、この話は気にしなくて良いよ」
「わ、私は!」
黙ったままで、クリフとの話を終わらせてしまうのは卑怯だと思った。だから、今の自分の正直な気持ちをちゃんと伝えようと、必死で口を開いた。
「ご、ごめんなさい。本当は、今でも自分の気持ちが良く分からないのです!」
目の端に、クリフが怪訝そうに私を見ているのが分かった。私はカンテラの灯りをじっと見つめたまま言葉を探した。




