水晶の洞窟
イルクァーレの滝は2年前に来た時と変わらず、キラキラと太陽の光を反射しながら柔らかな流れを作っていた。
私達はその滝の裏側にある、通路のような岩棚を歩いて行く。
(そう言えば、ここで前にイーサンと会ったっけな・・・ふん)
色々思い出して嫌な気分になってしまった。
いよいよ洞窟の入り口にたどり着き、私達はクラークとレティシアを入り口に残して中へと足を踏み入れた。
「昼過ぎには戻るつもりだ。だが、もし夕方までに戻らなかったら、街の憲兵舎に連絡を頼む」
「承知しました。殿下、アリアナを宜しくお願いします」
クラークは最後まで心配そうに目線を送ってきたが、私は笑顔で手を振って洞窟の通路を進んだ。
「意外と歩きやすい道だな」
先頭を歩くトラヴィスがそう言った。
「自然を損なわない程度に、途中までは少しだけ整備されてるのです。たまにコールリッジ家を通して観光客が来るので」
ランタンの灯りを頼りに私達は奥へと進んだ。最初は小さな通路ほどの大きさだった洞窟が、次第に広くなっていく。それに従って壁や天井に水晶が混ざり始め、灯りを反射して輝き始める。
しばらくすると、私達は突然テニスコートぐらいの広さの場所に出た。
「わっ・・・」
そこは天井が高くドーム状になっていて、大小様々な沢山の水晶で囲まれている場所だった。
「凄い・・・まるで水晶の宮殿ですね」
リリーが感嘆の声を上げた。
「それこそ、地図には白水晶の間と書いてありましたよ。ここまでは一本道で来れるのですが、ここから先はいくつか道があって、しかも枝分かれしているので注意が必要なんです」
地図に書いてあった注釈を思い出してそう言った。
ドームの中を見回すと、真っすぐ進んだ先の壁と、左側の壁にも人が通れそうな穴が見える。だけど私は頭の中に地図とルートを思い浮かべながら、右側の方を指さした。
「あの大きな水晶の後ろにもう一つ穴があるはずです。紫水晶のある場所へ続く通路です」
水晶の後ろに回ると私の言った通り、隠されたように人が一人通れるくらいの通路があった。
(よし!地図に書いてあった通りだ)
「ここからは私の言う方向へ進んでください」
「分かった」
トラヴィスは頷くと先頭を進む。次にディーン、その後ろに私、リリー、パーシヴァル、ミリア、クリフの順に進んでいく。周囲の壁も天井もほとんど水晶で覆われていて、ランタンの光を反射しながら、吸い込んでいくようにも見える。
「次の分かれ道は左へ進んでください」
通路は進むごとに、横並びで歩けるほど広くなったり、屈まなくては通れなくなるほど狭くなったりと変化が激しい。小部屋程の場所に出たかと思うと、Uターンするように曲がっていたりもする。
「行き止まりだ」
トラヴィスはそう言ったが、私は頭の中の地図と照らし合わせて上を見上げた。
「少し登った所に通路があるはずです。・・・そこの右の方から登れると思います」
私は水晶の岩が階段状に積み重なった所を指さした。登っていくと先へと続く通路があった。だけど、そこは通路と言うよりはただの岩の隙間と言った方が近い。狭い上に天井も低く、ゴツゴツした岩を超えて進まなくてはいけないようだ。
トラヴィスが顔をしかめた。
「・・・行くしか無いか」
腰を屈めて這うように行くので、のろのろとしか進めない。特に背の高い男子達は大変だ。
そして、しばらく進むとトラヴィスが「待て」と声を上げた。
「明かりが見える・・・」
視線を上げると、先の出口らしきところがぼんやりと紫色に明るく光っている。
(紫水晶!?)
細い穴のような通路をゆっくりと進んでいき、最初に降り立ったトラヴィスが驚きの声を上げた。
「おお!・・・これは見事だ」
彼の後に続いて行くと突然、私達は大きく開けた場所に出た。そこは先ほどの白水晶の間よりも広く、天井も高い。
「凄い・・・」
私もその光景に目を見張った。
そこは天井から壁から地面に至るまで全て紫水晶で覆われていた。しかも何処から入って来ているの分からないが、外界からの光がさしている。その光を受け、水晶に乱反射する事で全てが紫色に輝いていたのだ。
リリーとミリアも息を飲んでいた。
「何という場所なのでしょう・・・」
「なんだか怖いくらいだわ」
そう言って紫の光が降って来る光を手の平で受け止めている。いつも飄々としているパーシヴァルですら、あまりの光景に言葉が出ない様だ。
「恐らく水晶の結晶のどこかが外界に露出しているんだ。そこから光が入っているんだろう」
手のひらで光を遮りながらトラヴィスが上を見上げた。
「まさに紫水晶の洞窟ですね」
ディーンがそう言ってクリフと頷き合った。
「やはり闇の神殿の場所は、この洞窟から繋がっているのでしょう」
「・・・うむ、そうだな」
その言葉に私達の間に緊張感が増した。
「アリアナ、この先はどうなっているんだ?」
「は、はい!え~っと、ここからも抜け穴が3つありまして、一つは伝説にもある紫と緑の水晶がある場所に繋がってます。もう一つは地底湖。最後の一つはかなり奥待っていて道も細くて、地図では途中で通路が切れてました」
地図を頭に思い浮かべながら説明をした。
「闇の神殿に繋がっているのがどの通路なのか、判断が難しいな」
ディーンが眉をひそめた。
「やっぱり伝説の水晶の所から繋がっているのじゃないかしら?」
ミリアがそう言うと、
「いや、地図上で切れている通路が怪しいんじゃないか?」
とパーシヴァルが口を挟む。
「アリアナ、その先に繋がっていそうな所は無かったのか?」
クリフに尋ねられて私は首を振った。
「どの通路も、他に繋がっている道は描かれていませんでした。・・・途切れた先は分かりませんが」
(やっぱり地図が途中で切れてる通路が怪しいのかな?でもミリアの言う様に伝説の場所も可能性あるよね・・・)
う~む、困った。
すると、それまで腕を組んで黙っていたトラヴィスが口を開いた。
「地底湖の方へ行ってみよう」
(ん、何で?)
皆も戸惑った表情を浮かべている。
「ですが、地底湖の場所には、先に通路が無いって・・・」
ミリアがそう言うとトラヴィスはゆっくりと首を振った。
「闇の神殿が簡単に見つかる様な所だったら、既に誰かが見つけているはずだ。伝説の水晶の場所は何度も調べられているだろうし、切れた通路の先に何かがあるのなら地図に記載されているだろう?」
(なるほど)
「とは言え、賭けには違いないがな」
トラヴィスはそう言って肩をすくめた。
でも彼の言う事には一理ある。
(途切れた通路の方は、かなり距離があったなぁ。となると、今日中に帰れるかどうかも怪しい)
私がその事を説明すると皆も納得したようで、とりあえず地底湖の方へ行ってみる事になった。
地図上では、地底湖までの距離は短かい。だけど実際行ってみると勾配のきつい下り坂・・・と言うよりも水晶で出来た岩山を降りなければならない。私達は進むのに苦労した。その上、最後の方なんか、ほぼ崖になっているではないか。
(ど、どう降りて良いのか分からない・・・)
私はすっかり足がすくんでしまった。ズボンとゴムの靴に履き替えては来たけれど、怖いのは変わりないのだ。
(リ、リリーとミリアは?)
見ると、さすがのヒロイン!チートパワーで一人ですいすいと降りていくでは無いか。
(ええっ?凄っ!)
そしてミリアはと言うと、ちゃっかりトラヴィスとパーシヴァルの手を借りて、さっさと下まで降りてしまっていた。
(どど、どうしよう・・・)
「アリアナ」
声をかけられて振り返るとディーンが私に背を向けて屈んでいた。
「背負っていく。私の肩に掴まれ」
(嘘でしょっ!?)
体温が一気に上がった気がした。
「む、無理ですよ。私、結構重いですし。それにディーンが危ないでしょ!?」
「大丈夫だから、早く」
みんな待ってるからと急かされて、私は渋々ディーンの背中に負ぶさった。
「目を瞑っていて」
(うう・・・)
ディーンの背中の温もりを感じながら、私は固く目を閉じた。そしてあっという間に私を背負ったままディーンは下に降り立った。
「あ、あ、ありがとうございます・・・」
(なんで私って奴は、お礼を言いうのに目も見れないんだよ!?)
ディーン以外ならこんな事は無いのに・・・。何だかどんどん、酷くなっている気がする・・・。
「行くぞ」
トラヴィスの号令で通路を抜けていく。ぐだぐだした考えを無理矢理に頭から追い出して、私は足を進めた。すると再び広い空間に出て、
(わっ!)
ぽっかりと抜けた広い空間、ここにも大小様々な水晶が沢山ある。だけど一番、驚いたのは眼前に、ランタンの灯りに照らされて、水晶よりも透き通った湖面が、青く、大きく広がっていた事だった。
「凄い・・・底まで見えますね」
「こんな綺麗な水、初めて見ましたわ」
リリーとミリアが溜息をつく。
地底湖は広かった。水面は静かで、さざ波一つ立っていない。
「どこかに繋がる道が無いか調べてみよう」
私達は湖岸を歩きながら、抜け道が無いか慎重に調べたが見当たらない。
「やはりそう上手くはいかないか・・・」
トラヴィスがそう言った時、
「あ、あそこを・・・」
リリーが対岸の方を指さした。
見ると地底湖の反対側、岩に半分隠された場所にぽっかりと開いた黒い穴が見える。
私達はしばらく誰も声を上げれなかった。
そんな中、ミリアが呆れたように呟いた。
「あんな所、湖を泳がないと行けないわ。それに半分水に浸かってるじゃないの」
彼女の言う通り、その穴は水面に半分ぐらい顔を出した状態で、泳がないと先にも進め無さそうだった。
他の皆も難しい表情で対岸を見つめ、溜息をついている。
(ミリアの言う通りだ。しかも私は泳げないしなぁ)
地底湖は相当大きい。例え泳げたってこの冷たそうな水の中を、服を着たまま泳ぎ切るのは難しいだろう。
私は腕を組んで湖を睨んだ。
(う~むむ、出来るか?)
頭に浮かんだ方法を、取り合えず口に出してみる事にした。
「トラヴィス殿下、ディーン。氷魔術で道を作れませんか?」
皆がハッとした表情で私に注目した。
「湖全部を凍らせなくても、あの通路まで歩けるように出来ないでしょうか?」
トラヴィスとディーンが顔を見合わせた。氷魔術を使えるのはこの中では二人だけだ。
「なるほど・・・簡単だな」
トラヴィスはニヤッと笑うと右手を振り上げた。するとあっという間に、対岸の抜け穴までの氷の道が出来上がった。




