舌戦
テントの中に戻った私は、胃の痛む思いで尋ねた。
「・・・何があったのか、教えて貰えますか?」
正直、聞くのが恐ろしい。3人は顔を見合わせた後、ミリアが説明してくれた。
「アリアナが眠ってしまった後、昨日と同じように『アリアナ様』が出てこられたのよ。そうしたら凄く怒っていらしたの」
「怒ってた!?何で?」
「それは、もちろんマーリンの事をよ。『魔術を使って、あの子に怪我させようとするなんて許せませんわ!』って凄い剣幕でね。直ぐにテントを飛び出してマーリンの所へ押しかけていったから、私達もびっくりして慌てて追いかけたわ」
私はそれを聞いて、文字通り頭を抱えた。
(アリアナ・・・喧嘩っ早過ぎないか?)
「そ・・・それで、あんまり聞きたくはないんですけど、どうしてマーリンが泣いていたの?」
するとミリアが再び目をキラキラさせて、顔を上気させた。
「アリアナ様は凄かったのよ!?テントで寝ていたマーリンを叩き起こして、糾弾したのよ」
よくぞ聞いてくれましたとばかりに、力説し始めた。
自分のテントを飛び出したアリアナは、マーリン達が寝ているテントまで行くと、大声で叫んだらしい。
「マーリン・ファンカム、お起きなさい!わたくし貴女にお話がありますわ!」
反応が無いと知ると、アリアナはテントを外から揺すり始めた。マーリンが出てくるまでしつこく何度も何度も。
しばらくして、テントの出入り口からマーリンが顔を出した。そうして、アリアナを見ると、忌々しそうに顔をしかめたのだそうだ。
「・・・夜中に何なのよ・・・五月蠅いわね。私は貴女の話なんて聞きたく無いわよ」
そう言ってテントの中に戻ろうとしたマーリンの服を、アリアナが掴んで引っ張った。
「貴女、あの子に怪我をさせようとしましたね」
アリアナの声は、聞いた事も無い程、鋭く尖っていたらしい。
「は?何を言ってるの?あの子って誰よ」
「貴女、昼間の授業の時、故意に衝撃波を木の方へ向けましたよね?私達を攻撃するために」
するとマーリンは、口の端を歪めて愉快そうに笑った。
「だったらどうだって言うのよ。貴女の様な卑怯な人は、それぐらいされても当然じゃないの?」
「卑怯ですって?」
「そうよ。家の権力の力でディーンと婚約したくせに。あなたが彼を解放しないから、ディーンは自分の好きな人と恋も出来ないのよ!」
マーリンは責め立てる様にそう言った。あくまで正義は自分の方にあるのだと。だけどアリアナはそれを聞くと、
「おーほっほほほほほ・・・・」
口元に手の甲を当てて、さもおかしいという風に笑い始めた。
その様子を見たマーリンの目付きが鋭くなった。そしてアリアナが来てから、初めてテントから出てくると、睨みながら目の前に立ったそうだ。
「・・・何を笑っているのよ」
「まぁ!?これが笑わずにいられるかしら?権力の力でディーン様と婚約ですって?うふふふふ・・」
そう言ってマーリンに向かって微笑んだ。艶やかな大輪の花が開く様な笑みだった。
「その通りですわ。貴女の言うように、私はディーン様と婚約するのに公爵家の力を使いましたの。だって貴女もご存知でしょう?我がコールリッジ家は皇国で最も権力を持つ大貴族ですもの」
おかしくて堪らないと言う風にくすくすと笑った。そして、内緒話をする様に人差し指を唇の前に立てる。
「でもね、別に彼を縛り付けてるわけではありませんわよ?」
「何言ってるのよ、嘘つき!今も無理矢理、婚約してるじゃない!」
「あら、わたくしはもう2年も前に、彼に婚約解消を申し出ましたのよ?どうぞディーン様のご自由になさってくださいって。なのに彼がどうしても聞き入れてくれませんの・・・」
アリアナは困った風に眉を下げた。
「困った方でしょう?」
小首を傾げるアリアナを見て、マーリンが怒りのあまり、体を震わせる。今にもアリアナに飛び掛かりそうだった。
「そんなの、でたらめよっ!」
「ではディーン様に確かめてみたらいかが?でも・・・うふふ、もう貴女は何度も伺っているのでは無くて?ディーン様は自分の意思で、わたくしと婚約していると仰ったのでしょう?」
くすくす笑うアリアナに、マーリンの顔が歪む。
「ディーンと婚約するのは私のはずだったのよ・・・!貴女さえ余計な事をしなければ、私とディーンは幸せになれたのよ!」
マーリンは両手を握りしめ、地面を踏み鳴らしながらそう叫んだ。
そんなマーリンを見下ろす様に(実際はマーリンの方が背が高いのだけど)アリアナは手を腰に当てると、あごを逸らせた。
「そうね・ずっと前・・・わたくしと婚約する前に、ディーン様は貴女との婚約話があったそうね。わたくし、ちゃあんと知ってますのよ」
そして薄く笑いながら、
「貴女のお父様がディーン様のお家に、資金援助をする約束での婚約だったそうですわね。うふふ・・・わたくしが家の権力を使った代わりに、貴女はお金の力を使おうとしたって事かしら。あら?おかしいわね。つまり貴女は彼を、お金で買おうとしたわけでしょう?それは卑怯では無いという事なのかし・・・」
言い終わらない内に、マーリンはアリアナに掴みかかろうと飛び掛かった。逆上のあまり形相が変わっている。ミリアが慌てて止めようとし、レティシアは「きゃあ!」と叫んで目を閉じた。
だけどマーリンはアリアナに指一本触れる事が出来なかった。振り上げたマーリンの手を、いつの間にか来ていたクリフが掴み、背中にねじ上げたからだ。
「あ、ああ!痛いっ!」
マーリンが悲鳴を上げる。だけどクリフは全く力を緩めなかった。
「ありがとうクリフ。貴方は本当にあの子のナイトですわね」
アリアナは涼しい顔でクリフにそう言うと、マーリンに向き直った。
いつの間にか騒ぎを聞きつけて、周りには人が集まってきていた。
「い、痛いわ!止めて!手を離して!」
容赦なくねじ上げられて、マーリンは涙ながらに叫び続ける。
「クリフ、もう良いわ。手を離してさしあげて」
アリアナの言葉に、クリフが無表情のままマーリンを解放した。
マーリンは地面に崩れ落ち、ねじ上げられてた腕を痛そうに抱え込んだ。だけど直ぐに顔を上げると、涙の滲む目でアリアナを睨みつけた。
「何よ!貴女なんて、魔力無しの出来損ないの人間のくせに!」
そう叫びながら、よろよろと立ち上がり、
「ディーンやリリーも他の人達だって、権力で周りにはべらしているんじゃないのっ!公爵家に生まれなかったら、貴女なんて誰にも見向きされないわよっ!」
「その通りね」
アリアナは表情一つ変えずにそう返した。
「貴女の言う通りだと思いますわ。でもね、あの子は違うのよ・・・」
アリアナの目線の先には、人垣の後ろの方で、静かな目で騒ぎを見ているディーンの姿があった。二人の視線が一瞬交差したが、アリアナは直ぐに目を逸らした。
そして頬に手を添えると、全ての人を魅了する可愛らしい笑みを浮かべた。
「私が魔力無しの出来損ないだとしたら、貴女は何なのかしら?聖女候補のなりそこない?候補すら降ろされるなんて、みじめなことね。でも、どうせ貴女なぞ、リリーの足元にも及ばないでしょうから、早く降ろされて良かったかもしれなくてよ。それにお金でしか婚約者も友人も買えないなんて、なんて可哀そうな方なのかしら」
その言葉にマーリンの顔色が真っ青になった。それでもアリアナは容赦しなかった。
「ディーン様は魔術で人を傷つける様な方は大嫌いなのよ?ご存じなかったのかしら。それにいい加減ディーン様にまとわりつくのは止めた方が良いのじゃないかしら、ふふ。これは貴女の為に言って差し上げててよ。だって彼、迷惑だって言ってましたもの。貴女だって、これ以上嫌われたくないでしょう?」
マーリンは表情が抜け落ちた様になり、小刻みに震え始める。
そんな彼女に、アリアナは射るような目で、鋭い言葉を叩きつけた。
「これ以上あの子を傷つけたら許さなくてよ。貴女の様な方にディーン様はわ・・・」
恐らく「渡しません!」と言いかけたのだろう。だけど、アリアナは言葉を止めると、突然ミリアに顔を向け、すがる様に腕を掴んだ。
「ごめんなさい、ミリア。わたくし、眠いわ・・・」
「えっ!?」
「それに、今の騒ぎであの子が起きそう・・・後はお願い・・・」
「アリアナ様!?」
アリアナは意識の底に沈んで行った。
「という事だったのよ!ね、アリアナ様、凄かったでしょ?」
弾むような声で生き生きと説明してくれたミリアには悪いが、私はガクッと力が抜け、片手をついて項垂れた。
(夢であってくれ・・・)
真剣にそう思った。
(アリアナ・・・貴女やっぱり、悪役令嬢の素質に満ち溢れてるよ・・・)
ゲームの設定恐るべし。
(リリーはマーリンが好きだから、『アリアナ様』のやった事で傷ついているんじゃないかなぁ?)
恐る恐る、目の端でリリーの様子を伺う。だけど思ったよりもリリーの表情は落ち着いていた。
(あれ?)
不思議に思って聞いてみた。
「ねえリリー。リリーは『アリアナ様』がマーリンにした事を怒って無いの?」
リリーは少し困った表情を浮かべたが、首を横に振った。
「アリアナ様がマーリンに言った事は、確かに少し言い過ぎかなと思いましたけど・・・でも、彼女もアリアナ様に対して酷い事を言ってましたから」
そう言って苦笑した。
「それよりも今回の事で、私はやっぱりマーリンは精神魔術の影響下にあるって思ったんです。だからその解術方法を早く探さなきゃって思って」
(そうか。リリーはやっぱりマーリンの事を信じているんだ)
私はリリーに頷いた。
「うん。マーリンを早く助けてあげよう」
手を握り合う私達に、ミリアが呆れた顔で溜息をついた。
「まったく・・・二人ともお人好しよね。でもとりあえず今日はもう寝ましょうよ。明日はせっかくの自由日なんだもの。そう・・・洞窟の調査に行く日よ?」
最後の方は周りに聞こえないよう、声を低めてそう言った。
「そうですね。『アリアナ様』のせいで寝不足は必至だけど、少しでも寝ておいた方が良いですよね」
私達はテントの中の灯りを消した。