真夜中の事件
その夜テントの中で、ミリアが本気で怒っていた。
「絶対にワザとよ!衝撃波が真横に逸れるなんて考えられないわっ!」
レティシアも珍しく険しい顔で眉をひそめる。
「あの人、アリアナを狙ったのよ、きっと。ディーンが自分の方を向いてくれないからって嫉妬して・・・なんて恐ろしい人かしら」
だけどリリーだけは悲しそうな目で俯いている。彼女のそんな顔を見たく無くて、私は慌てて口を挟んだ。
「で、でも中級レベルだと魔術の操作も難しいんじゃ無いですか?単に失敗ちゃっただけとか・・・?」
そう言うと、ミリアにじっとりした目で睨まれた。
「あのね、マーリンは聖女候補だったのよ?」
「う・・・はい」
「元聖女候補が魔術の制御ぐらい出来ないわけないでしょ?」
「はい・・・」
「だいたい自分が下敷きになりかけたのに、相手を庇ってどうするの!?」
「は、はい!」
怒られてしまった・・・。
首をすくめながらリリーの方をチラリと見ると、うかない顔のまま彼女はぽつりと呟いた。
「・・・あんな方では無かったんです」
「え?」
「一緒に聖女候補の授業を受けていた時は、マーリンは明るくて、本当に良い方だったのです」
「リリー・・・」
思わず私はリリーの肩に手を添えた。微かに身体が震えている。リリーの目に涙が滲んだ。
「同じ聖女候補で・・・ずっと卒業まで一緒に学んで協力しあっていけると思ってました。なのにどうして・・・」
確かに今のマーリンの様子は、私がゲームで知っているヒロインの親友『リン』とはかけ離れている。
(ヒロインがディーンと結ばれても、陰で泣きながらも祝福するような子だったのになぁ・・・)
そう考えながら、じわりと嫌な想像がよぎった。
(まさか・・・でも)
「あのね。もしかしてマーリンさんも、まだ精神魔術下にあるとは考えられません?」
私がそう言うと皆が「え?」という顔を私に向けた。ミリアが慌てた様に、首を横に振った。
「そんなはず無いわ!だってマーリンさんの解術も、リリーとマリオット先生で成功したんでしょう?」
リリーにそう確認する。
「え、ええ・・・解術は出来たはずです」
「でも精神魔術は重ねがけ出来るって、あの黒い本に書いてあったでしょう。解術した以外に、違う精神魔術が欠けられてた可能性は無い?それにノエルみたいに解術後に、また被害にあったのかもしれない」
私はそう言いながら、両手でこめかみを押さえた。自分の頭の中にある霧のかかった部分を確認するように目を閉じる。
「・・・私だって今でも魔術師の顔を思い出せないんです。つまり精神魔術の影響から抜けきっていないんです。相手はそれぐらい手ごわい奴なんですよ」
そう説明すると、ミリアはレティシアと不安そうに顔を見合わせた。
「でも・・・アリアナは記憶を封じられてるだけで、他におかしな所は無いわよ。だけどマーリンの態度は異常だわ。彼女がアリアナに謝りに来た時の事覚えてるでしょ?あの様子を考えたら、今のマーリンの行動が精神魔術のせいだなんて思えないのよ」
ミリアがそう言うと、リリーはまた眉を下げて俯いてしまう。だけど私は自分の考えに確信に近いものを持っていた。
「聖魔術が効かない精神魔術もあるんですよ。黒い本にも、そう書いてありましたよね」
そして自分の右腕をあげて手首を見せる。
「糸が結ばれているんですよここに、真っ黒い細い糸が」
「えっ?」?
「前も少し説明しましたよね。黒いフードの人物が消える時、私を縛っていた鎖は消えました。だけど、手に糸が巻かれているのが見えたって。・・・フードの人物の顔が思い出せないのは、きっとそのせいでしょう。だから精神魔術は、まだ私の中に巣くっている」
「アリアナ・・・」
ミリアが困ったように眉間を寄せて私を見る。
「でも、アリアナへの聖魔術だって成功したのよね?リリー」
「はい!それは絶対に」
ミリアの問いに、リリーは大きく頷く。だけど私は首を振って、
「だけど、私だけじゃなくて、メイドのマリアも術者の顔を全く思い出せないんです。リリーとマリオット先生の魔術が不完全と言うわけではなくて、もともと聖魔術だけじゃ、完全に解術出来ないんじゃないかな?だからマーリンの場合もそうなんじゃ無いかって思うんですよ」
「う~ん、そうかもしれないけど・・・」
ミリアもレティシアもあまり納得していないようだった。
だけどやっぱり私はマーリンを信じたかったのだ。
(ゲームやってた時は、随分助けて貰ったんだ)
ヒロインの親友である『リン』は、明るくて優しい一番の協力者だったんだ。どの攻略者のルートでだって、いつも一緒だったんだよ。
その後、別荘に帰っても、どうせアリアナが勝手にテントに戻って来るだろうと思った私は、先生に頼んで最初からテントで寝させてもらう事にした。
4人で毛布にくるまって、皆には「『アリアナ様』が出てきたら相手をしてあげて」とお願いして、他愛も無い話をしながら私は目を閉じた。
事件が勃発したのは真夜中の事だった。そして中心人物は、他ならぬアリアナだ。断わっておくが、絶対に私では無い。あくまで、やらかしたのは『アリアナ様』なのだ。
眠ってどのくらい経った時だったのだろうか?何となく周りがうるさい気がして、目を開けた時、
(ああ、これは夢の中なんだ)
私は疑いもせずそう思った。だって目が覚めた時に、立ち上がっているなんて事あるわけないじゃない?しかもそこが、外だなんて。
(リアルな夢だなぁ・・・頬にあたる風まで感じる。人の声までしっかり聞こえるよ)
こいつらは人の夢の中で、何を騒いでいるんだろ?がやがやと随分とうるさい。
だけど私を支えるミリアの手の温もりと、素足に履いた靴の感触が、私に徐々にこれが現実である事を告げて来た。
真夜中の湖のほとり、喧騒の声で目が覚めた私は、何故かテントの外につっ立っていたのだ。
「は!?何で?」
急激に意識がはっきりする。そして感じたのは戸惑いなんてもんじゃない。完全にパニックがだ。
だって目の前には真っ青な顔をしたマーリン。そして私達を囲むように沢山の生徒達。
「えっ、これどう言う状況!?」
クエスチョンマークだらけの私の目の前で、さらに驚く事が起きた。マーリンが突如、顔を両手で覆うと「ううう・・・うわーっ!」と声を上げて泣きだしたのだ。そしてよろよろと座り込んだあげく、地面に突っ伏して号泣し始めてしまった。
「ど、ど、どうしたんですか!?」
おろおろと手を差し伸べようとしたところを、何故かミリアに止められた。
(え?)
彼女の顔を見て、さらに混乱しまう。こんな状況なのにミリアが、それはそれは良い笑顔だったからだ。
「アリアナ様がやってくれました!成敗してくれましたよ!」
「はいい!?」
ミリアの言葉の意味が分からず、余計に面食らってしまった。だけど、徐々に恐ろしい想像が脳裏に浮かんでくる。
(まさか、まさか、まさか・・・)
ポンっと肩を叩かれてビクッとなり、振り返るとトラヴィスが立っていた。彼は苦笑いしながら首を振った。
「とりあえず後は私に任せて、君達はテントに戻りたまえ」
「で、でも・・・」
「いいから」
とっとと行けっとばかりに手を振られた。
私は止まらない冷や汗を拭く事も出来ずに、ミリア達に連れられてテントに戻った。