隠された部屋
図書館での調査の日々が続いた。館長は初日と同じ様に我々を案内し、時間になったら迎えに来る。段々と、そのルーティーンに慣れてきて、そして調査を初めてから4日目の事だった。
(もう・・・つっかれた!)
最初の日以来、目新しい発見も無く、私達は焦りと作業の単調さに精神的疲労が溜まっていた。
(ううううう・・・)
3人とも押し黙ったまま、ただ本をめくる音だけが部屋の中に響いている。
(この本棚もハズレだ・・・)
禁書なんてヤバいものは、普通はもっと少ないんじゃないの?何なんだ、いったい!この本棚の数は!
一つの本棚をやっと調査し終わった私は、固まった体をほぐそうと伸びをして、首をこきこき動かす。そして、さぁ次の本棚に向かおうかと、ふと部屋の隅に目をやった時だった。
そこにはまだ誰も調べていない小さめの本棚があった。何故か他の本棚よりも横の幅が狭いのだ。
何となくその本棚から本を抜き取ってみて、その瞬間、違和感を感じた。
(ん?)
本棚には背板が無かった。抜き取った本の向こうに部屋の壁が見えるのだ。そしてそこには、他の壁には無い、変な模様?が見えた。
(何これ?)
気になった私はその場所の本を5、6冊まとめて抜いてみた。
「よいしょおっ・・・と、うあ!?」
「アリアナ?」
私の声にトラヴィスが怪訝そうに声をかけた。
「き、来てください!」
私は慌てて二人を呼んだ。
「どうした!?」
私は興奮気味に、二人に本を抜いた後の壁を示した。
「み、見てください、ここ!これって扉じゃ無いですか!?」
本棚の後ろに隠されたように、扉の角の様な物があった。
「本棚をどかせてみよう」
トラヴィスの言葉に、私達は急いでその本棚の本を全て抜き出し始めた。すると思ってた通りに、本棚の枠越しに小さな扉が現れたのだ。
トラヴィスとディーンの二人で空になった本棚を脇に寄せ、私達はその前に立った。
それはレバー式のノブが付いた、簡素な模様の小さな木の扉だった。トラヴィスが扉を開けようと手を伸ばしたところを、ディーンが止めた。
「私が開けます」
もしも危険があったらと考えたのだろう。トラヴィスは少し片眉を上げたがディーンに場所を譲った。
ディーンは扉のレバーハンドルを掴み、下に降ろす。どうやら鍵はかかって無いようだ。そして扉を向こう側にゆっくりと押し開けた。
そこは小さな部屋だった。だけど、こちらの部屋とは違って暗く、中の様子が良く分からない。
「どうやら、ここには灯りの魔術が施されてい無いようだな・・・」
トラヴィスが手の平の上に、魔術で小さな炎を作る。炎が部屋の中をぼんやり照らすと、奥に小さなライティングデスクが見えた。
目線を上げると、壁には大きめの絵が飾っている様だった。人物画のようだが、これまた暗くて良く見えない。
「アリアナは扉の外で待っててくれ」
「え?は、はい!」
警戒しつつトラヴィスとディーンが中に入って行く。私は勝手に閉まらないようにと、念の為に扉を押さえていた。
(何せ、禁書の部屋の中に隠された部屋だからね。何が起きるか分からん)
得体のしれない物に対する緊張感の中、二人はライティンデスクに近づいて行った。机の上には何も置かれていない事を確認すると、ディーンは慎重にデスクの引き出しを開けていった。
すると何か見つけたのだろうか、二人で頷き合っている。
(トラヴィスの炎だけじゃ、こっちからよく見えないな・・・)
でも二人は直ぐに、数冊の書物と何か巻物の様な物を持って、小部屋から出て来た。
「これらが引き出しの中にあった」
トラヴィスは炎を消すと、テーブルの上に置いた。
たった3冊の書物と1つの巻物。しかも書物のうち2冊は手書きのようだ。もしかしたら日記だろうか?
トラヴィスが1冊を手に持ち頁をめくっていく。そして目を見張った。
「どうやら当たりだな。これは闇の組織の者が書いた手記のようだ」
「えっ!?」
私とディーンも、トラヴィスを囲む様に本を覗きこむ。
端正な文字で書かれた手記は、紙が変色して少し文字も掠れていたが、読む分には問題なさそうだ。古い言葉の言い回しが、歴史を感じさせた。
トラヴィスが目に付いた文章を読み上げた。
「ライナスが立ち上げた特殊魔力統制組織は、目覚ましい成果を上げている。闇の魔術や精神魔術のような制御の難しい魔術でも、世に役立つ事を示してくれたのだ。特に《《エンリル》》の精神魔術の成長は著しく・・・え?」
トラヴィスは眉間に皺を寄せた。私も思わぬ名を聞いて少し戸惑う。
「エンリルってエンリル様の事でしょうか?初代皇妃の?」
初代皇帝アンファエルンの妃。だけど歴史の中で特に活躍したという伝承は伝わっていない。分かっているのは名前だけだ。
「時代は合うようですね。ここに日付が書いてあります」
ディーンが指で指し示した。
「エンリル皇妃が精神魔術の使い手だった・・・?」
トラヴィスの声に動揺の色が隠せない。
精神魔術は皇国が厳しく管理し、長くその能力を封じて来た能力だ。初代皇妃がその使い手だったなんて、そんな事はありえるだろうか?
トラヴィスは厳しい顔で手記の頁をめくって、
「この特殊魔力統制組織・・・闇の組織は、やはり最初は皇国の公的機関だったようだな。強すぎる魔力を持つ者や特殊な魔術の使い手は、ここで制御を学んだらしい。指導者は魔導士ライナス・アーク。闇の魔術だけでなく、光の魔術以外のほとんどの魔術を操ったと書いてある」
「それって・・・まるで、イーサンみたいじゃないですか!」
私がそう言うとトラヴィスも頷いた。
「そうだな。ライナスはイーサンの祖先だった可能性もあるな。魔力や魔術の質は遺伝する事が多いから・・・」
ペラペラと頁をめくっていって、トラヴィスはある個所で手を止めた。
トラヴィスは指で本の上をなぞりながら、
「どうやら、ある時から皇国の闇の組織へ対する態度が変わって来たみたいだ」
「皇国創立から2年ほど経ってますね。何があったのでしょうか?」
「読んでみる・・・アンファエルン皇帝から組織への支援は完全に打ち切られた。理由はライナスがヘンルーカを拉致したからとされているが、それは真っ赤な嘘だ・・・」
私達は驚きに目を見張る。
「ライナスはヘンルーカを誰よりも大事に思っていた事を、私は知っている。二人は互いを信頼し思い合っていた。二人を最初に引き裂いたのはアンファエルンだ・・・」
「ヘンルーカって、他の本に書いてあった聖女ですよね?皇国を創立する時に一緒に戦ったって・・・」
私の言葉にトラヴィスは黙って頷いた。
そして手記の頁をめくると日付が変わった。
「とうとう皇国は組織の排斥に動き出した。私達は逃げなくてはいけない。ここには得難い能力を持つ子供達が沢山いるのだ。この子達を守らなくてはいけない。夫はアンファエルン側についた。逃げる前にエンリルを連れ戻さなければ。あの子の能力は人の技を超えている。私はあの子が恐ろしい・・・」
(夫?この手記を書いたのは女性なんだ。それにエンリルの能力って精神魔術の事だよな?)
「・・・ヘンルーカが殺された。ライナスを庇ってアンファエルンの手にかかったのだ。なんという事だ、娘を殺したあの男を私は許さない。ライナスも囚われている。私達には助けるすべがない」
「娘!?この人はヘンルーカさんのお母さんなんですね!?」
「 どうやらそのようだな・・・」
静かな部屋にトラヴィスの声が重々しく響く。彼は手記を読み進めた。
「・・・ライナスが処刑された」
「処刑!?」
「酷い・・・!」
余りの事にディーンも私も声を上げた。トラヴィスも顔をしかめながら先を読む。
「・・・彼の力なら逃げられたであろうに。ライナスはヘンルーカの死に耐えられなかったのだ。だが私達にはライナスが必要だ。その為にはエンリルの力に頼らざるを得ない。あの魔術を使えるのはエンリルだけなのだから。そして・・・残虐な皇帝から逃れる為に、私達は紫水晶の洞窟の奥にある地下に隠れることにした。ここならば追手に見つかる事も無いだろう・・・」
(紫水晶の洞窟・・・?)
なんか、どっかで聞いた事が・・・。
「・・・儀式は成功した。私達は再び師を得る事が出来たのだ。我々の組織は永遠だ。未来永劫アンファエルンの血筋を苦しめ続けるのだ。・・・どうやら手記はここで終わっているみたいだな」
トラヴィスは残りの頁をめくりながらそう言った。
「最後の頁に名前が書いてある。ローズ・ヴェリティ。聖女ヘンルーカと同じ家名だ。彼女の母親で間違いないようだな・・・」
「この手記によると、アンファエルン皇帝はヘンルーカとライナスを殺害したようですね」
ディーンが眉を寄せながらそう呟く。
「ああ、そのようだな・・・。しかも闇の組織の弾圧を始めたのも皇帝のようだ」
「その為に闇の魔力が悪であると民衆に印象付けたのでしょうか。ライナスを処刑する為に?」
ディーンが苦いものを飲んだ様に言った。
「エンリル皇妃が使えたという魔術も気になります。この手記を書いたローズ・ヴェリティはそれを恐れながらも、最後には必要としていたようです。それに儀式とはいったい何でしょう?」
私も重苦しい気持ちのまま、気になる事を指摘した。
「分からないが・・・」
トラヴィスが手記を置いて黙ったまま腕を組む。だけど溜息をつきながら
「他の書物も確認してみよう」
そう言って、もう一つの手書きの書物を開いた。そして、驚いたように目を見開いた。
「どうしたんですか?」
トラヴィスは私の問いに答えないまま、難しい顔でその書物を読み始めた。
「・・・私の名はアンファエルン・レイヴンズクロフト。この皇国の初代皇帝であった・・・」
「え!?」
私もディーンもびっくりして、確かめる様に文章を覗きこんだ。
「アンファエルン皇帝の手記なのですか!?」
「そのようだが・・・。どうも日付からすると晩年・・・皇帝が崩御された年に書かれたもののようだ」
ペラペラとめくって、
「ほんの数ページしか書かれていない。いいか、読むぞ・・・昨年、エンリルが亡くなってから、私はやっと自分の犯した罪に気付く事が出来た。愛した女性を手にかけ、信頼していた友まで処刑した。私の罪は許されない」
それは初代皇帝の血を吐く様な独白だった。