生きる力と想う気持ち
どれくらいの時間が経ったのか、上も下も、時間の感覚すら分からない真っ暗な空間で私は身体を起こした。
全く光の無い空間なのに、不思議と自分の姿が見える。そしてやはりその姿は、前の世界の私の身体だった。大学生だった時の私。ひょろっと痩せた体だ。
「初めまして」
声をかけられて振り返ると、ハニーブロンドにエメラルドグリーンの瞳をした美少女が立っていた。
「アリアナ・・・」
私は目を見開き立ち上がる。
「やっと会えましたね」
アリアナは柔らかい微笑みを私に向けた。
「貴女、男の子みたいでしてよ。背が高いわ。それに髪が短いのね。でも素敵な色だわ」
「はは、ありがと」
私は自分の髪をつまんでみた。アリアナみたいな奇麗な髪を持った子に言われても、苦笑いしか出ない。
「アリアナ・・・ごめん」
「貴女が謝る事は一つもありませんわ。そもそも貴女が来てくれなければ、私はもう存在していませんもの」
それでも私の罪悪感は消えない。
「どうして、こんな事が起きたんだと思う?」
「分かりませんわ。・・・でも、多分わたくしの精神が欠片の様に小さいからでしょう。それこそ生きるのが難しい程に。だから貴女に助けを求めたのかもしれませんわね。でも不思議・・・貴女の精神はこんなにも眩しいくらい大きいのに、わたくしには、どこか足りなく思えますの」
「うん、きっとそれは正しいと思う」
いつもそれは感じてた。私の欠けた部分。
「わたくし達、互いにそれを補えあえるのではなくて?」
「うん・・・私もそう思ったよ」
私とアリアナはお互いの両手を伸ばし手を繋いだ。二人でおでこをくっつけ合って目を閉じる。
「アリアナ。貴女に私の生きる力をあげるよ」
「わたくしは、あなたに人を深く想う気持ちを差し上げるわ」
繋いだ手から光が漏れ、段々と大きくなっていく。大きくなった光は暗闇を押しのける様に消していく。そのまま私達は光の中に溶けていって・・・
そして・・・私は目を覚ましたのだ。
重い瞼を開けると、まず心配そうなリリーの顔と不安げなマリオット先生の顔が目に入った。
「アリアナ?」
クラークが私を覗きこむ。
私はゆっくりと身体を起こし、額を押さえて頭を振った。
「アリアナ、大丈夫か?その・・・君はどっちの・・・?」
トラヴィスの声だ。
その声で我に返った私は、ソファからすっくと立ちあがった。そしてそのままの勢いで床に正座し、
「この度は申し訳ありませんでしたぁ!」
そう叫ぶと、べったりと額が付くほど頭を下げた。いわゆる土下座というやつだ。
「今までアリアナのフリをして、皆様を騙しておりましたぁ!本当にごめんなさい!」
許して貰えるとは思わないけど、こうせずにはいられなかったのだ。
たっぷり10秒程の静寂の後、
「ぶっ・・・くっくっく、あーはっはははは・・・!」
リビングにクリフの笑い声が響いた。
(へあ?)
驚いて顔をあげると、笑いをかみ殺している顔と呆気に取られた顔が半々。クリフは上戸の発作が出たらしく、涙を流しながらお腹を押さえて、床の上に座り込んだ。
「うっくっく・・・ああ、君だ。ふふふ、やっと・・・会えた・・・」
そう言って、今度は片手で両目を覆って顔を伏せた。
(ク、クリフってば泣いてる!?・・・いやいや気持ちは嬉しけど、アリアナの事を考えたら喜べないと言うか・・・)
不安な思いでクラークの方をチラリと見る。すると思いがけず、クラークは優しい笑みを浮かべて、私を抱きしめた。
「やぁおかえり、アリアナ」
その言葉に胸を打たれて、私は泣くのを必死で堪えた。
「ち、違うのです!私にはアリアナと呼んで貰う資格は無いのです。だって、私は・・・」
「良いんだ、僕にとっては二人とも大事な『アリアナ』だよ」
そう言って頭にポンと手を乗せて、そのまま優しく撫でてくれた。
(駄目だ・・・)
堪えていた涙がぱらぱらと零れ落ちた。
「アリアナ様!」
「アリアナ様ぁ!」
ミリアとグローシアが私に抱きついた。涙を拭きながら見上げると、リリーとレティも泣いていた。
そしてジョーは満面の笑みで、得意げに腰に手を当てると、
「ふふん、聖魔術成功だね!」
そう言ってマリオット先生の肩を思いっきり叩いた。
トラヴィスと目が合うと、彼は一瞬だけねーさんの顔で口の端を上げる。そして肩の荷が下りたと言う様に溜息をつくと、マリオット先生に握手を求めるように手を伸ばした。
「マリオット先生、協力に感謝しますよ。どうやら貴方は相当な魔術の使い手らしい」
「い、いやぁ僕なんて!リリーさんの足を引っ張らなかったようで良かったよ」
マリオット先生は顔を真っ赤にして照れながら、両手でトラヴィスの手を握る。トラヴィスは、もう一度私に顔を向けると、肩をすくめた。
「そんな情けなさそうな顔をするもんじゃない。皆は怒ったりしていないし、ちゃんと君を歓迎している」
「そ、それは分かります!でも、アリアナが・・・」
彼女をちゃんと知った今、私の気持ちには割り切れなさが残る。
「それに・・・皆を騙していた事は事実ですので・・・」
「そんな事はもう良いんです!」
ミリアが私の両手を握った。
「私達とアリアナ様は友達じゃないですか」
真っすぐ目を見てそう言ってくれた。ヤバい、また泣きそうになってしまう。
「あ・・・ありがとうございます」
(なんて私は恵まれてるのだろう・・・)
アリアナが私の中で、「良かったですわね」と笑った気がした。
◇◇◇
「それで、早速だが質問させてくれ。君に精神魔術をかけた人物を覚えているかい?」
トラヴィスの問いに私はマリアと顔を見合わせた。
(う~ん、困った・・・)
私が目覚めた後、リリーとマリオット先生はメイドのマリアの解術も行ってくれた。ずっと半分眠っている様にぼんやりしていたマリアだったが、夢から覚めた様な顔で正気に戻った。
一安心した私達は、ステラの淹れてくれたお茶を飲み、落ち着いた頃にトラヴィスが聞いてきたのだが・・・
「実は、どう言う訳か、まったく思い出せないのです。マリアに呼ばれて来客を出迎えに玄関まで行ったことは覚えているのですが、そこから先がもう真っ暗で・・・」
マリアも困ったように眉を寄せて、
「私も、お客様をお迎えしてアリアナ様をお呼びした事は覚えております。でも、お客様がどんな方だったのかがさっぱり・・・」
その後の事も、解術されるまで何も覚えてないと首を振った。トラヴィスもクラークも当惑した顔で、
「どういう事なんだ?精神魔術を解術したし、思い出してもおかしく無いと思うのだが・・・」
トラヴィスの言う通りなのだが、私達は揃いも揃って、あの日寮に来た人物の事だけ、きれいさっぱり忘れてしまっているのだ。
(そんな複雑な魔術をかけられたのか?そうだとしても、今の聖魔術で解術されるはずだよね・・・)
「アリアナ嬢は黒い影の事を言っていたけど、結局正体は分からなかったのかい?」
クリフが私に尋ねた。
そう、そうだった!あの黒いフードの人物。
「解術で私を繋いでいた鎖が解けた時、私その人物の顔を見ました!・・・あれ?でも、見た瞬間はそれが誰か分かったと思ったのですけど・・・」
「どうした?」
「それが今は・・・誰だったのかが全然思い出せないのです・・・」
周りから落胆の雰囲気が伝わって来る。
(う・・・なんでだ!?フードがズレた時、私は確かに顔を見たはず!なのに、全然思い出せない!男か女かすら分からないなんて・・・)
「うう~、なんで?」
私はげんこつでおでこを叩いてみる。
「アリアナさん、落ち着いて。きっと相手の魔術師が、私達より一枚上手なのでしょう」
マリオット先生が慰める様にそう言ってくれた。
トラヴィスは肘をついて、人差し指で自分のこめかみを叩きながら、
「他に何か気付いた事は?。君はその人物が指輪をしてるって言ってたみたいだけど?」
「あっ!そうです」
私は人物の特徴を説明した。片手に玉(恐らく魔力増幅の宝珠)を持ってた事。もう片方の手の二つの指輪・・・赤い石が入った指輪と家紋の印が指輪。
「家紋?」
「はい。見たことが無い形でしたけど・・・」
私はこの皇国の主要な貴族の家紋ならばだいたい覚えている。だからあれは、あまり目立たない貴族の家紋なのか、それとも既に滅びた家のものなのかもしれない。
「あっ、それから黒い人物とは別なのですが!」
私は例のブロンドの女性について説明した。
「ふうむ・・・意識世界に現れた女性か・・・」
「はい。彼女が何者なのか、どうして現れたのか、それがとても不思議で・・・。それに彼女は精神魔術の解術を手助けしてくれたようにも思えました」
謎だらけの女性・・・確か名前は、
「・・・ルカ?・・・ルーカ?そのような名前を言ってましたけど、よく聞き取れませんでした」
せっかく目覚めたのに、謎は深まっていくばかりだ。皆の中にも困惑した空気が流れる。
そうして誰も何も答えを出せない中、
「今夜はもう遅いし、アリアナさんも色々あって疲れているでしょう?今日はここでお開きにしないかい。明日から授業が再開する事だしね」
マリオット先生がそう言った。
エメライン王女の襲撃で、しばらく休校になっていた学園だったが、ようやく明日から再開の目処が立ったらしい。
「マリオット先生の言う通りにしよう。では明日放課後、集まれる者は生徒会室に来てくれ。今後の事を相談したい。ああ、アリアナ嬢は無理しなくても良いが、どうする?」
トラヴィスが片眉を上げて悪戯っぽく私を見た。
(ねーさん、分かってるくせに)
「行きますよ。授業だってちゃんと出ます」
アリアナを押し込めてまで、外の世界に戻って来たんだ。休んでなんかいられるか!
そうして皆が帰る準備を始める中、私は少し安堵していた。
(良かった・・・話しなくて済んだ・・・)
目の端っこでチラッと彼の方を窺って、私は自分の頬に一気に熱が上がるのを感じた。
(あああ、やっぱ無理)
私はアリアナ同様、目覚めてからずっとディーンの顔が見れなかった。もちろんアリアナみたいに避けるつもりは無いけれど、とにかく気まずかったのだ。
(ディーンはどう思ってるんだろ?あんまり気にして無さそうに見えるけど・・・)
いつもの冷静ですました顔が、逆に小憎たらしく思えてくる。
あの時のアリアナとディーンのやり取りでは、ディーンが私の事を特別に思ってるような言い方をしていたじゃん?おかげで私はバリバリに意識しちゃってるわけなのだが・・・
(も、もしかして勘違い・・・とか?)
少女漫画でよくある、『あの人ったら、私の事が好きなのかしら?』ってやつか?
こ、これは自意識過剰が行き過ぎてて恥ずかしいぞ!




