154/218

解術

　外の世界の一連のやり取りを見て、私は今、完全に固まっていた。

　（な、な、な・・・今のって・・・）

　最初はアリアナが皆にお別れを言うのを見て、私はただただ号泣していた。本当のアリアナが気高く聡明で、そして愛情深い女の子だと言う事が分かって嬉しかった。

　まるで美しい映画を見るような気持ちで、スクリーンにくぎ付けになっていたのだ。たまに「ん？」と色々と引っかかる部分はあったけど、すっかり自分がこの世界の登場人物の一人である事を忘れてしまっていた。

　だけど今のディーンとのくだりで、そんな悠長な気分は吹っ飛んでしまった。だって今の二人のやり取りじゃ・・・

　（ま、まるでディーンが私を・・・す、す、好・・・）

　そう思い浮かべた途端、あまりのインパクトに私はおでこを打ちつける勢いでソファに突っ伏した。

　（だ、駄目だ・・・パワーワード過ぎる！）

　しばらく思考を停止させて、気持ちを落ち着かせようとした・・・が、んなのは無理だ！

　（待って、待って、待って！）

　ノエルに猛烈に告白された（精神魔術の影響だったけど）その時も思ったけど、私はこういうの事に慣れて無いのだ！

　（乙女ゲームやるだけでも、悶絶してたんだよ！人の恋愛見てるだけで精一杯なんだわ！）

　取り合えず深呼吸を何度か繰り返す。意識世界だと言うのに、なんだか変な汗が止まらない気がした。

　そんな風に私があたふたしている間も、スクリーン上では着々と、私にかけられている精神魔術を解術する準備が進められていく。

　「アリアナ様は横になられてた方が良いのでは無いでしょうか？」

　「そうだな、何が起きるか分からないし」

　リリーとクラークの声が聞こえたが、私はまだジタバタしていた。

　（い、いやいや、ちょっと待ってよ！）

　「ぼ、僕の魔力が及ばなかったらごめんね」

　「先生の魔力はかなり強い方だと思いますので、きっと大丈夫です」

　弱気なマリオット先生をトラヴィスが励ましている。

　「では、アリアナ様。このソファに横になって頂けますか？」

　リリーの言葉でスクリーンの映像がリビングの天井になり、上から心配そうに見下ろすクラークの顔が見えた。

　（だから、待ってってば！）

　今、もし精神魔術が解術されたとしたら、私はどんな顔してディーンと会えば良いんだ！？

　アリアナの気持ちはよーっく分かった！辛かっただろうし、悔しかっただろうし、私を憎む気持ちも当然だ！さぞかしディーンに文句も言いたかっただろう。彼女の主張は正当だ。

　（だけど、あの修羅場の後に、「やぁ久しぶり、こんにちは」って戻れるほど、私は心臓強くないんだよ！）

　だけど時は無情だ。

　トラヴィスの少し緊張した声が聞こえてきた。

　「では、リリー、マリオット先生。聖魔術をお願いします」

　（ああああ、嘘でしょ！？）

　スクリーンを見ながら、ソファの周りをぐるぐる駆け回る。手足の鎖がガシャガシャと絡まりそうだ。

　だけどその音に、ハッと我に返った。

　（そうだ・・・このうっとうしい鎖。精神魔術を解かないわけにはいかないじゃん）

　　でないと事態はずっと膠着状態。もう一人の精神魔術師の正体だって分からない。

　そう思い直し、私はとりあえず覚悟を決めた。

　ソファにドカッと腰かけて、スクリーンを睨みつける。

　（ちくしょー！来るなら来い！）

　嵐の中の小舟の様な私のメンタルとは裏腹に、クラークが静かにアリアナの横に跪き、髪を撫でた。クラークの涙がアリアナの頬に落ちる。

　「お兄様・・・」

　アリアナの声は笑みを含んでいた。

　「わたくしはこの身体の中で、あの子が見るものや経験する事を自分のものとして成長していけますの。わたくし、それがとても楽しみですのよ。だから、わたくしの大事なあの子を守ってあげてくださいね」

　クラークはゆっくり頷いて、

　「・・・ああ、分かった。約束する。私の愛する妹よ」

　二人の会話にぐっと胸が詰まり、一瞬うるっとなる。だけどクラークの代わりにリリーとマリオット先生の姿がスクリーンに映ると、私の緊張は再燃した。

　リリーとマリオット先生は、それぞれアリアナの手を握った。そして二人が目を瞑ったと同時にスクリーンが暗くなる。アリアナも目を閉じたのだ。

　自分の手足を見てみると、身体が白く柔らかい光に包まれ始めている。そうして胸の中になんとも言えない安らかな心地を感じた。

　（これが・・・聖魔術？）

　光の魔力から構成される２人の魔術は、渦を巻く様に私の全身を包み込んでいく。

　（あっ、鎖が）

　私を繋いでいた鎖がどんどん細く、そして軽くなってっていくのが分かった。

　キンッ

　と言う高く澄んだ音が響き、左足についていた枷が外れる。枷は繋がっていた鎖と共に、空気に溶ける様に消えて行った。

　（凄い・・・！）

　また同じ音が聞こえ、今度は左手の枷と鎖が消えていく。

　（本当に精神魔術が解術されていってるんだ！）

　私は急いで部屋の隅にいるフードの人物に目をやった。彼（彼女？）は残った２本の鎖を握ったまま佇んでいる。だが、その存在感がどんどん薄くなっていく気がした。

　キンッ

　右足についていた枷と鎖も弾け飛び、あっという間に消えて行った。そしてその瞬間に、

　（えっ！？）

　後ろの方に何者かの気配を感じて、慌てて振り返る。するとそこには、あのブロンドの髪の女性が立っていた。

　彼女は目を閉じ、祈る様に手を組んでいる。

　（お願い教えて！？あなたは誰なの？）

　彼女は黙ったまま祈り続ける。

　いつの間にか部屋からソファもスクリーンも消えていた。

　灰色の壁に囲まれた四角い空間で、その両端に立っている黒い人物と女性の間に、私は立っていた。

　二人の人物を交互に見ながら、私は右手に残った最後の鎖が、少しずつ溶けていくのを感じていた。もうすぐ精神魔術が解術されるのだと、そう思った。だけど女性がゆっくりと目を開けた時に、

　（痛っ！）

　右手に鋭い痛みが走った。

　見ると枷と鎖が消え去った後に、細い黒い糸が私の手首に巻かれている。

　（えっ？）

　確認しようと腕を上げた途端、四角い空間の壁が弾け飛び、吹き上げる様な風に私は巻き込まれた。

　（う、うわっ）

　風は黒い人物のフードをあおり、その顔が見える。驚く間もなく、私の頭の中に女性の声が響いた。

　『私は・・・ルー・・カ・・・』

　その瞬間、黒い人物と女性の姿は音も無く消え去り、私の世界は暗闇に沈んだ。