君に会いたい
トラヴィスは苦い顔で自分の髪をくしゃっとかいた。
「元々エメラインはそう言う性格なんだ。人の不幸を上から見て楽しむ傾向がある。だからどうしても好きになれなかったのだが・・・」
(なるほど・・・ってことは、私への虐めも、精神魔術に操られていただけでは無かったのかも?)
エメラインの性格はアリアナと違って、ゲームの設定通りって事かなぁ。
彼女の炎の魔術に襲撃された時の事を思い出した。
エメラインにかけられていた精神魔術を、イーサンが解術した時に現れた黒い影。彼女の中に巣くっていた蛇の様な・・・あの顔を背けたくなるような禍々しさ・・・。
(・・・そう言えば、雰囲気が似ている?)
今、私の意識の部屋にいる黒い人影と、エメラインに取り付いていた影。見るだけで胸のムカつきを覚えるこの感じは、やはり同じ術者の仕業なのだろう。
心の底から不本意だけど、イーサンが居れば、ぱぱっと精神魔術を解けるんだろうなぁ。あいつは来て欲しく無い時には現れるくせに、必要な時は姿を見せない。
(肝腎な時に、マジで役に立たん!)
外を映すスクリーンの中で、トラヴィスは長い脚を組み直した。
「こうなったらジョーの言う、もう一人の光の魔力の持ち主とやらに期待するしか無いようだが・・・」
そう言ってアリアナに目を向けた。
「昨日クリフが供給した魔力は切れていないか?必要なら私が魔力を供給するが・・・」
「ありがとうございます、殿下。・・・クリフ様の魔力はわたくしと、とても相性が良いみたいですわ。それに良く休んだせいか、あまり疲れを感じませんの」
アリアナの声にクラークがホッとした表情を見せる。
「そうか。なら良いが、無理をしないように。ディーンもミリアもいるから、魔力供給が必要なら何時でも言ってくれ」
するとアリアナが一瞬、顔をこわばらせた。
「ディーン様の魔力は必要無いですわ」
固い声で拒絶の言葉を吐く。
(へ?)
トラヴィスとクラークも驚いた顔をしている。
「あの方の魔力は、わたくしとは相性が悪いですから」
「えっ?でもアリアナどうして・・・」
どうしてそんな事が分かるのか?多分クラークはそう問いたかったのだと思う。でもアリアナはクラークに最後まで言わせなかった。
「お兄様!わたくしの言う事を信じて下さいませんの?」
アリアナが拗ねた声でそう言うと、クラークは慌ててぶんぶんと顔を横に振った。
「僕がアリアナの事を信じないわけが無いだろう!」
(なんてちょろい兄なんだ)
トラヴィスも生温かい目でクラークを見てる。それにしても、ディーンの魔力がアリアナと合わないなんて、そんな事があるのだろう?
(ま、アリアナの身体だからね。本人にしか分からんことがあるのだろうけど・・・)
私はソファに深くもたれて大きく息を吐いた。そして、髪を両手でわしわしかき回す。
(違う様なぁ。そうじゃ無い)
アリアナは単に、ディーンに魔力供給して欲しくないだけなんだ。
(アリアナ・・・やっぱりまだディーンが・・・う~ん)
なんだか胸がグッと詰まった気がした。
そんな中、「トントン」と玄関の扉のノックする音が聞こえた。
,
「私が出よう」
トラヴィスが玄関へ向かった。どうやら『私』が眠らされた件があったから警戒しているようだ。
(一国の皇太子だと言うのにマメな人だなぁ)
しばらくしてリビングにディーンとクリフ、そしてパーシヴァルが入ってきた。パーシヴァルはいつもの調子で、にこにこ笑いながら気安くアリアナに話しかけてくる。
「やあ、アリアナ嬢。気分はどう?」
「問題はありませんわ、殿下」
トラヴィスに返したのと全く同じ返事。
アリアナはパーシヴァルの事はどう思っているんだろう?彼のディーンへの気持ちも、知っているはず。
(だから、アリアナはパーシヴァルにも嫌がらせしてたんだろうな。皇国の第二皇子に対してよくやるよ・・・)
3人は大テーブルの椅子に腰かけ、クリフがアリアナに顔を向けた。
「具合が良さそうで良かった」
温かく、落ち着いた声だ。どうやらアリアナに対するわだかまりは、もう無くなったみたいだな。
「ありがとうござます、クリフ様。貴方に魔力を供給して頂いたおかげですわ」
アリアナの声も柔らかい。私はなんだかホッとした気分で、胸を撫で下ろした。すると、
(良かった。二人とも仲良くなったようだね)
すると、アリアナの視界の端から声が聞こえた。
「アリアナ、あの・・・」
ディーンの声だ。だけど、アリアナは彼の声に被せる様に、手をポンっと叩くと、
「あら、わたくしとした事が、皆様にお茶を差し上げるのを忘れてましたわ。ステラ?」
そう言って椅子から立ち上がると、アリアナはステラの方へ向かってしまった。
(お、およよ?)
今のはさすがに、あからさまなのでは?
(やっぱりディーンの事、避けてるよなぁ)
私からはアリアナは見えないし、アリアナがディーンを見ようとしないので、彼の様子も分からない。
去年の夏、イルクァーレの滝で2人は和解したはずだった。
アリアナはディーンに謝って、でもってディーンもそれを受け入れた。あれ以来、私もディーンとは、ちゃんと友達になれてたのだ。
だけど学園で2年生になってからは様子が変わってしまった。
(ふん・・・まぁね。私も最近は話もしてなかったけどさ)
ちょっとやさぐれた気分で、ソファの上であぐらをかいた。
思い返せば、最近のディーンはマーリンにべったりだった。マーリンが精神魔術にかけられて、クラスからも浮いちゃってるから心配なのは分かる。それにゲーム設定で恋人になってたから、きっとこの世界でもそうなのだろうけど。
(はんっ・・・友情なんて脆いもんだよ)
ディーンと勉強で競うのも、課題について議論するのも楽しかったのに。
私は胡坐のまま天井を向いて、そして気付いた。
(ああ、そっか・・・)
だからアリアナも怒っているのもかもしれない。マーリンが居るのに、ずるずると自分と婚約しているディーンに腹を立てているのかも?
(そうだよ!マーリンが居るんなら、もう虫除けはいらないじゃん!)
この機会に、アリアナにはっきり断って貰うのも良いかもしれない。
なんだかすっかり、ディーンを無視するアリアナを応援する気持ちになってしまった。私はソファからガバッと立ち上がり、心の声に力を込めた。
(行け!アリアナ!ディーンにビシッと言ってやんな!)
すると私の声が聞こえたのか、アリアナがビクッと身体を震わせた。
「どうしたんだい?アリアナ」
クラークが心配そうな声を上げ覗きこむ。
「・・・いえ、お兄様。あの子が・・・」
(お!やっぱ聞こえた?)
私は気を良くして、もっと強めに心に念じてみた。
(アリアナ!ディーンと婚約解消だよ!解消!)
「彼女がどうかしたのかい?」
クラークの問いに周りもアリアナに注目した。だけどアリアナは優雅に一つ溜息をついて首を振り、
「いいえ、何でもありませんわ・・・」
と冷たい声で一言。
(な、何でーっ!?)
私はスクリーンに駆け寄って叫んだ。
アリアナも私と同じ気持ちじゃ無かったのか?
呆然と立ちすくむ私をしり目に、アリアナはステラにお茶の指示を出すと、小テーブルの椅子に腰かけた。
クリフが、アリアナを真っすぐ見て口を開く。
「彼女は今どうしてる?」
彼の紫の瞳は、まるでアリアナの目を通して私を探してるようだった。
「こちらの話を聞いているみたいですわ。先ほど少し声が聞こえましたから」
「話が出来るのか!?」
クリフが期待に満ちた目を向けたが、アリアナは首を横に振った。
「中から言葉を伝えるのは簡単ではありませんわ。確かに、わたくしの場合はあの子の精神が大きくて・・・その・・・」
「彼女の精神が強すぎて、押されてしまった?」
トラヴィスが続けて言って、アリアナが頷いた。
「でも、今のあの子は精神魔術に囚われています。きっとこちらに意思を伝えるのは容易では無いと思いますの」
アリアナの言葉に私はポンと膝を打った。
(なるほど!だから力を入れないと伝わらないわけだ。・・・ん?だとしたら、さっきは渾身の力で言ったのに、どうしてアリアナは無視したわけ?伝わってはいたんだよね?)
私は疑問に思ってスクリーンの前に立ったまま腕を組んだ。
スクリーンの上では、クリフがじっとこちらを見つめている。彼は少しためらいつつ、
「大丈夫か?こっちは皆、元気にやってる・・・なんて、まるで手紙の書き出しみたいな言い方だな」
そう言って照れくさそうにと笑った。
(あ・・・クリフってば、私に話しかけてくれてるの!?)
胸の中にじわじわと温かさ広がっていく。
「聞いたかもしれないけど、モーガン先生は捕らえられた。それに皆も君を助ける為に動いている。だから・・・待ってて欲しい」
そして少し逡巡する態度を見せてから、
「俺は・・・君に会いたい」
そう言って目を伏せた。
(ありがとう、クリフ・・・)
クリフの気持ちが、純粋に嬉しかった。
だけど私の意識が外に出ると言う事は、アリアナをまた閉じ込めると言う事だ。私はそれを喜ぶ事は出来ない。
そしてクリフもそれが分かっているのだろう、アリアナに向かって頭を下げた。
「アリアナ嬢、すまない。俺は・・・」
「良くてよ。貴方の気持ちは、とても分かりますもの。それに・・・」
アリアナは言葉を続ける。
「貴方の言葉、あの子はきっと嬉しく思ってますわ。貴方の事をとても信頼していますもの。あの子も貴方に会いたいと思っていてよ」
その言葉にクリフはほんの少し頬を赤らめ、ふわりと笑みを浮かべた。
(ぐ、ぐはっ)
その破壊力たるや!
私は両手の拳を握って、よろよろとソファに顔を押し付けた。
(・・・スクリーン越しでも殺られるかと思った)
いや、直接見るよりも、この大写しのアップはヤバい!
(アリアナ・・・頼むからこのイケメン共と話す時は注意してくれ)
眼福ではあるが、不意打ちの微笑みは私には刺激が強すぎる。
悶絶していると外からトラヴィスの声が聞こえてきた。
「聞こえているなら話は早い。アリアナ嬢、彼女に少し聞きたい事がある」
スクリーンにトラヴィスの整った顔が映った。
(わーい、ねーさん!ねーさんも相変わらず、超絶カッコいいね)
私は呑気にそんな事を考えていたが、トラヴィスは真面目な顔でアリアナに了承を得ると、
「君は今、どういう状態だ?」
そう聞いてきた。
(どういう状態・・・ええと、どう答えたら・・・?)
とりあえず必死にアリアナに返事を送った。
「・・・ソファで座って・・・鎖に・・・黒い・・・影、・・・エイガのスク?」
アリアナが私の言葉を伝えてくれる。どうやら途切れ途切れにしか聞こえないみたいだ。
(映画のスクリーンはこっちには無いからマズかったか・・・でもねーさんなら通じるよね?)
だけど彼以外の皆の表情は、完全に困惑状態だ。トラヴィスは眉根を寄せて、こめかみを人差し指でトントンと叩いた。
「分かった。単語で良いから、もう少し分かりやすく答えてくれ」
(あはは・・・ごめんよ、ねーさん)
私はアリアナに伝えるべき言葉に、頭を振り絞った。