気になる事が多すぎる
その後直ぐに、アリアナは寝室に戻った。一年ぶりの表の世界に、少し疲れてしまったのかもしれない。
今は多分眠っているのだろう。アリアナが見た視界を映すスクリーンが、真っ暗になっている。
クリフに魔力を供給して貰ったけれど、基本的にアリアナの精神だけだと、起きているだけで肉体は疲労しやすいようだった。
(う~ん・・・退屈かも)
私は半分縛られている様な状態だし、アリアナが起きていないと外がどうなっているのかも分からない。
(あの後、みんなお昼ご飯を食べってったのかなぁ?良いなぁ、スティーヴンの料理は美味しいんだよね)
意識世界じゃ、お腹は空かないみたいだ。だけど美味しいものは食べたいじゃん?もちろんここじゃ、誰もご飯を作ってくれないけどさ。
仕方ないので私も寝ようかとソファに横になったが、色々と気になって眠れない。
(リリーは大丈夫かなぁ・・・?)
いったい何が、リリーをあんなに苦しめてるんだろう?やっぱり私、何かしてしまった?だけど、いくら考えても思い当たらなかった。
(でも知らずに人を傷つけてしまう事はあるからなぁ)
思い出せない自分に腹が立った。
それに気になるのはその事だけじゃない。
(ジョーの言ってた、もう一人の光の魔力の持ち主って誰なんだろう?)
誰であろうとその人物は、この物語のキーパーソンになるに違いない。なのにゲームの中に、思い当たる様な人物がいないのだ。これは一体どういう事なんだろう?
(ゲームのストーリーからズレてるにしてもなぁ・・・)
そして気がかりな事はもう一つあった。
(ノエルは何処に行ったんだろう?)
アリアナが寝室に戻る時、ミリアとトラヴィスが話していた事だ。
ノエルは一度精神魔術に操られている。一度精神魔術下に置かれた者は、2度目もかかりやすくなるらしい。だからトラヴィスは、ノエルには見張りを付けていると話していた。
(アリアナが目覚める前・・・つまり私がこの意識世界に来るまでは、ノエルも寝室に居たんだよね?でもリビングにも居なかったし、ノエルの性格的に勝手に帰るってのは無いと思うんだよなぁ)
もしかしたら、またモーガン先生に操られているのかもしれない。だとしたらこちらの情報は筒抜けだ。まぁ、ねーさんの事だから、それぐらいは織り込み済みだろうけど・・・。
(やっぱり、眠れないな)
ソファから起き上がって、伸びをする。具現化した身体だけど、動かし方は外の世界と変わらないようだ。
私はアリアナの事を考えた。
(アリアナってば、一度も話しかけなかったな)
それどころか視界に入れようとすらしなかった。彼があの場にいたのは確かなのに、スクリーン上でフォーカスが合う事は一回も無かった。
(やっぱり気まずいのかなぁ?ディーンに対しては・・・)
私達が目覚めてから、アリアナはディーンの事を完全に無視していたのだ。他の人達には、そんな事無かったのに。
眠っているアリアナからは、何の感情も伝わっては来ない。私は溜息をついて、もう一度ソファの上に転がった。そして何気にこの意識の中の部屋を見渡してみる。すると黒い影とは真反対にある隅で、何かが動いた気がした。
(ん?)
よく見ると、ぼんやりと光の様な物が揺れている。
(え・・・!何?)
慌てて体を起こし、目を凝らす。意識を集中させるとその光は少しずつ形を作っていった。
(う、うわっ!えっ?ちょっと!)
薄い光は急激に人の形近づいて行く。そう思うと突如、衣をまとった女性の姿に変化した。
女性はまるで最初からそこに居たかのように、たたずみ表情の無い顔で私を見つめていた。
(ううう、わわわ、ゆゆゆ、幽霊!?)
んなわけは無い。だってここは私の意識世界だ。だけどその私の・・・私だけの世界に何でこの人が居る?
しかも、その人物はぼんやりとしていて向こう側が薄く空けて見えた。彼女は何をするでも無く、ただ私の方を見ている。
私は恐る恐る聞いてみた。
(ど、どちら様で?)
だけど女性は何も答えない。そして彼女はゆっくりと目を閉じると、そのまま霧が散る様に消えてしまった。
呆然としたまま思わず唾を飲み込む。
(い、意識世界でも、幽霊って出るのか?)
そうとしか思えない出来事だった。
(そ、それにしても綺麗な女の人だったなぁ・・・)
長いストレートの金髪にスカイブルーの瞳。誰かに似ていたような気もしたけど・・・・。
思い出そうとして突然、首筋を撫でるような気配に私は後ろを振り返った。そこには私を捕えている鎖を握った黒い影が、相変わらず部屋の隅に立っている。
(見るだけで嫌な気分になるんだよな・・・)
それに鎖がまた太くなったようだ。
(ちぇ・・・)
私は黒い影に背を向けるように、ソファに横になった。
◇◇◇
どれくらい経ったのか、私は誰かの声でふと目を覚ました。
(あれ?)
どうやら知らない内に眠っていたらしい。起き上がってスクリーンを見ると、クラークとトラヴィスが映っている。
「気分はどうだ?アリアナ嬢」
「問題はありませんわ、殿下」
どうやら3人はリビングに居る様だ。私は少し混乱した。
(え?今っていつ?)
ついさっきまで、アリアナは寝室で寝ていたはずだよね?
自分が眠ってしまってからの時間感覚が無い。3人の会話を聞くうちに、どうやらアリアナが目覚めてから丸一日経っている事が分かった。
(うっそでしょ!?・・・ってことは私、昨日のお昼からずっと眠ってたって事か!?)
意識しか無いんだから、疲れた訳でも無いだろうに。逆に自分の眠りがコントロール出来ないって事なんだろうか。
(危ないな・・・これじゃあ下手に眠ると、いつ起きれるのか分かんないじゃん)
ジャラっと鎖の音が鳴る。手足の枷も、それに繋がっている鎖も眠る前のまま・・・いや、少々重みが増した気がする。それに黒い影も少し大きくなったように感じるのは気のせいか?
(うかつだった・・・。あの影は私を眠らせたいんだった)
自分から相手の思惑に乗ってどうすんのよ!と、頭を抱えていたら、
「では・・・やはりノエルは精神魔術にかけられていたんですね?」
クラークの声が聞こえた。
「ああ、モーガンと接触した所を二人とも捕える事が出来た。しかし・・・」
(え!モーガン先生を捕まえたの!?)
それは凄い!大前進じゃん!
(ノエルに見張りを付けてるって言ってたもんね。さすがねーさん!抜かりないねぇ)
だけどトラヴィスの次の言葉を聞いて、私は愕然とした。
「・・・まさか、モーガン先生も精神魔術の支配下にあったとは」
(はぁ!?)
モーガン先生が精神魔術に!?
(ど、ど、どういう事!?)
「女生徒達やノエルに精神魔術をかけたのはモーガン先生のようです。リリーの聖魔術で解術出来ましたしね。しかし、そのモーガン先生自体が強い精神魔術で操られていたとなると・・・」
クラークが言葉を詰まらせる。トラヴィスは溜息をついて、
「もう一人の術師の正体が、掴めなくなると言う事だ」
重い口調でそう言った。私は唖然としたままで、必死に考えを巡らせた。
(えーっとつまり、モーガン先生は私達に精神魔術をかけた術師と仲間だと思ってたけど、そうでは無かったって事?)
モーガン先生の行動は精神魔術で操られていたから、彼女の意思では無かったって事なのだろうか。
(そんな!だって、モーガン先生は闇の組織と繋がってるんでしょ?今回の事は闇の組織の仕業なんだよね?)
そう考えて、ふと疑問が浮かんだ。
(そう言えばイーサンは、もう一人の精神魔術師については何も言ってなかったよなぁ)
彼は闇の組織に属してないとは言え、かなり内部に入り込んでいる。その彼が知らないなんて事あるだろうか?
(イーサンも知らない人物・・・?)
背中にぞくっと寒気が走った。
「モーガン先生にかけられた精神魔術の解術は出来たのですか?」
外の世界でアリアナが聞いた。
「相手は魔力が強い上に、魔力増幅の宝珠を使っている。リリーの力では解術出来なかった」
「やはりマーリンとエメライン王女の力は借りれないのでしょうか?」
アリアナの言葉にトラヴィスとクラークは顔を見合わせた。
「実は・・・アリアナ嬢の解呪でなければ手を貸して貰えるかと思って、既に頼んではみたんだ。だけどマーリンの力では足りなかった。リリーと合わせても解術出来なかったんだ」
(あらら・・・)
ゲームでもマーリンは、あくまでヒロインのサポートキャラで、魔力が強いイメージ無かったしなぁ。
「ではエメライン王女は?」
トラヴィスが顔をしかめた。
「聞いてはみた。だが我々に協力する気は無いそうだ」
(でしょうな・・・)
エメラインはそもそもが悪役だしね。
トラヴィスは肩をすくめて、リビングのソファにドカッと座った。




