羨ましかった
リリーの顔は青白く、その顔からは表情が消えていた。そして黙ったまま何も答えない。
「君はアリアナ嬢を必死で助けようとしていたよね?解術出来ないと分かっていても、魔力がつきるまで聖魔術を使い続けてさ。う~ん、いくらアリアナ嬢が友人だからと言っても、エメライン王女の時とは大違いなんだよね。僕から見たら、まるで自分を罰してるみたいだったんだよなぁ。ねぇ、それはどうして?」
無邪気に問いかける様に聞くパーシヴァルに、リリーの瞳が揺れ、影が落ちる。
(ちょ、ちょっと、パーシヴァル!)
私にはパーシヴァルの言っている意味が良く分からなかった。
(リリーは優しいから、アリアナを助けたくて頑張っただけだよ。なんでそんな斜めな見方をするのさ!?)
私の気持ちが伝わったのか、
「パーシヴァル殿下、それは少し考えすぎではなくて?」
アリアナもリリーを庇う様にそう言った。
「そうかなぁ?でも彼女がアリアナ嬢に、何か罪悪感を持っているのは確かなんだよねぇ」
(なんで?私もアリアナも、リリーには何もされて無いよ!)
自信満々でそう思ったが、リリーの表情を見てドキリとする。どうしてリリーはそんな思いつめた顔をしているのだろう。
「リリー、どうしたのです?」
アリアナが問う。リリーは目を伏せたまま、ぽつりと一言
「羨ましかったのです・・・」
そう言葉をこぼした。
「羨ましい?」
アリアナは一瞬怪訝そうな声で返したが、
「ああ、それはわたくしの事では無く、私の中にいるあの子に対してですね?」
「はい・・・」
リリーの肯定に私は呆気に取られた。
(は?え?あの・・・ええっ!?)
な、なんで?リリーがどうして私を羨ましがるの?
(私のどこにそんな要素が・・・。あ、公爵令嬢だから?ってそれはアリアナだよな・・・。もしかして、勉強で学年トップ取ったからとか?でもそんなんで、リリーが私を羨む?)
見当がつかない。
「私、アリアナ様を・・・いえ・・・もう一人のアリアナ様を羨ましいと思っていました。そしてほんの少しですが・・・憎んだのです。い、居なくなればと思ってしまった事も・・・」
リリーは声を詰まらせ、顔を伏せて両手で覆った。
「だ、だから・・・私のせいです。私がそんな事を考えたから・・・」
指の隙間から嗚咽が漏れる。
「考えただけでは、何も起きるものではありませんわ」
そんなリリーに、アリアナは冷静にそう返した。だけど、私は頭を殴られた様なショックを感じていた。
(に、憎まれ・・・い、居なく・・・)
金バケツをかぶせられて、トンカチで叩かれた程の衝撃だった。
(リリーにそんなに嫌われていたなんて・・・)
私はずるずると、ソファから床に滑り落ちてしまった。
(ど、どうしよう?私、知らない内にきっとリリーにとんでもなく酷いことしたんだ!?でないと、あんなに優しい子が人を嫌うなんて・・・うう、うわーん!)
いつの間に具現化したのか、タオルを顔に押し付けてソファに突っ伏した。
(お、推しに嫌われるのが、こんなにキツいなんて・・・)
意識世界なのに、涙が止まらない。
手足の鎖がじゃらじゃらと不快な音を立てた。なんとなく黒い影が存在感を増した気がする。ソファに顔をうずめたまま、私は気配を読んだ。
(こいつ・・・もしかして私の感情と連動してる?)
私の気分が落ちると同時に、黒い影が強さを増したように感じた。心なしか鎖が太くなっている。
(マズい・・・気持ちを強く持っていないとダメだ!)
精神魔術はまだ、私の意識を眠らせようと目論んでる。涙を吸ったタオルを握りしめたまま、私は再びスクリーンに目をやった。
(落ち着いて!リリーの気持ちをちゃんと聞かないと。リリーは理由も無しに人を憎むような子じゃないでしょ!)
リリーは顔を覆っていた手をゆっくりと降ろしていく。頬を涙が濡らしていた。
「聖女候補なんて、私にはふさわしくありません。わ、私は自分勝手で利己的な人間なんです。アリアナ様は何も悪く無いのに・・・」
リリーの目から涙がとめどなく零れる。そんな彼女の姿を見て、私はさらに慌てた。
(ち、違うよ!リリーはちゃんと聖女なんだよ!ゲームのヒロインなんだから!)
私はいったいリリーに対して何をやらかしたんだろう!?彼女をここまで追い詰めてしまうなんて。
(だけどこれだけは言える!リリーは絶対に悪くない!)
「君がそう思った理由を聞かせてくれないか?」
トラヴィスが優しいとも言える声でリリーに問うた。
「どうしても、言わなくてはいけませんか?」
リリーの顔がこわばっている。
(ちょ、ちょっとねーさん!もうやめてあげてよ!リリーは悪く無いってば!)
少なくとも、今回の精神魔術にリリーが関わっているとは思えない。これ以上追求したって、リリーを傷つけるだけじゃん?
すると、スクリーンから見えるアリアナの視点が、すっと高くなった。どうやら椅子から立ち上がったようだ。
アリアナはリリーの方へ歩いていき、近づくと膝を落とした。そしてリリーの手にそっと手を添えるのが、スクリーンの上に映し出される。
「あなたは悪くないわ。そうあの子が言っているのが、わたくしには分かりますの。・・・それにあなたの気持ち、わたくしには理解できましてよ。心の中が黒いもので覆われていくのに、自分では止められないのでしょう?・・・可哀そうに・・・辛かったわね」
アリアナがそう言うと、リリーの目に再び大粒の涙が溢れ出した。そして彼女はアリアナの手に額を付けて肩を震わせた。
アリアナはもう片方の手でリリーの髪を優しく撫でると、トラヴィスの方へ顔を向けた。
「これ以上は聞かなくても大丈夫ですわ。リリーは今回の件には関係していません」
「しかし・・・」
「殿下、自分の気持ちがままならない事はありましてよ。それがどういう時か、昔の貴方になら理解出来るはずですわ。・・・残念ながら、あの子には分からないでしょうけどね」
(は?なんで?)
私には分からない?何の事?
トラヴィスは眉を寄せたが、何か思い至ったようだった。そして彼らしくない渋い顔を見せると(あの顔はねーさんの顔だ)頭を掻いて溜息をついた。
「あー、そういう事・・・?」
(え?どういう事!?)
アリアナとトラヴィスの二人で、何を納得してんのさ!?
他の皆も全く理解出来ていないようで、戸惑った様子でこっちを見ている。だけど、二人はそれ以上説明する気は無いようだった。
「了解した。リリー嬢の事は私が預かる。パーシヴァル、ここまでにしよう。ありがとう、お前のおかげで疑問の幾つかは解決した」
(疑問っていうか・・・パーシヴァル以外は、全く気づいて無かった事でしょ?)
それに幾つかっていう事は、まだ解決していない事があるのか?
皆もトラヴィスの言葉に困惑した表情を見せたが、リリーの辛そうな様子にこれ以上追求する気は無さそうだった。
私もモヤモヤは残ったけど、リリーがこれ以上責められる事は無さそうで、それだけは良かったって心から思った。
トラヴィスはアリアナに目を向けると、座る様に促した。だけど、リリーの所に居たアリアナが、自分の椅子に戻ろうとした途端、アリアナの視界であるスクリーンがぐらりと傾いた。
「アリアナ!」
「アリアナ様!」
クラークとミリアの声が響く。
(え!?アリアナ、どうしたの!?)
ほどなくしてアリアナの視点が安定し、スクリーンには心配そうなリリーやミリア達の顔が見えた。どうやらアリアナはクラークに支えられているようだ。
「・・・大丈夫ですわ。でも、そろそろ・・・」
アリアナの息が苦し気に乱れている。もしかしてクラークに流して貰った魔力が切れてきたのだろうか?だとしたら、思ってた以上に消費するのが早い。
「今日はここまでにしよう。・・・クラーク、アリアナに魔力を供給するのは君達家族以外でも問題ないか?」
トラヴィスの問いに、
「試した事はありませんが、恐らく大丈夫かと・・・。ただし、供給側もかなり消耗します。しばらく魔術が使えなくなる程ですので・・・」
「それは、供給量を調整するしかないだろうな・・・。幸いここには魔力量の多い者が揃っているから」
トラヴィスはぐるりと視線を動かし、
「皆、アリアナ嬢の為に協力してくれるだろうか?」
「もちろんですわ!」
ミリアが真っ先にそう言った。リリーも手を上げる。
「わ、私も・・・」
「リリー嬢には聖魔術を施して貰わなくてはいけない。魔力の供給は他の者に頼もう」
リリーの眉尻が気落ちした様に下がったが、納得したのか強く頷いた。
「では、俺がまずやります」
クリフが前に進み出た。アリアナはクリフに顔を向けると、首を振った。
「今日はもう、お兄様に流して貰いましたから・・・」
そう言って断ろうとしたが、クリフはアリアナの返事を待たず手を取った。
「辛いんだろう?遠慮はいらない・・・」
すると、
(う、うわっ)
さっき目が覚めた時と同じような、弱い電流を流したような感覚が広がる。でも、決して不快では無かった。それどころか、
(もしかして、あいつ、嫌がってる?)
黒い影は、明らかにクリフの魔力を厭ってるようだった。
(供給された魔力はアリアナを通して、私にも流れて来ているんだな。でもって、私に力が入ると、あの影は困るんだ)
きっとクラークがアリアナに魔力を流さなかったら、私は今も眠ったままだったのじゃ無いだろうか?私はきっとあの時まで、意識ごとあの黒い影に囚われていたんだ。
クリフの魔力が流れるにつれて、手足に付けられた鎖が少し細くなる。
(温かい・・・)
クリフの魔力は温かくて、上手く言えないけどなんだか深い・・・。自分の手を見ると、薄く柔らかい紫色の光に包まれているように見えた。
(クリフの瞳の色だ)
綺麗だな、と素直に思った。
そしてその紫の光は、クリフが魔力の供給を止めると同時に消えた。
「少しは楽になったか?」
クリフの声が優しい。
「ええ・・・ありがとうございます」
彼は小さく頷くと、
「・・・さっきは悪かった」
とアリアナの顔を見ないままそう言った。




