枷と鎖
「リリーの言う様に、彼女は不思議とアリアナに似ていたんです。どう言ったら良いのか・・・言動や振る舞いは正反対と言っていい程違うのに、僕も両親も何故か彼女の中にアリアナに似た部分を感じとっていました。だから僕達は自然と彼女をアリアナとして見る事が出来たんだと思う。あの大きな光は、もしかしたら小さなアリアナの精神を補う為に来てくれたのではないかって、そんな風にさえ思えたんだ」
それを聞いて私は、さすがに首を傾げた。
(いやいやいやいや、そんなわけないでしょ!?)
全然似てないぞ!?
さっきからのアリアナのお嬢様っぷりを見て良く分かった!私は公爵令嬢としては全くの劣等生だったのだ。
(くっ・・・勉強と礼儀作法は完璧だと自負していたけど・・・、態度というか滲み出るものが違うというか・・・)
これが育ちというものなのか。だとしたら、しょうがないよ。
「それに、僕達は気づいてしまったんです。彼女の抱えている寂しさに」
(んあ?)
私はクラークの言葉にドキッとした。
「僕達と居る時、彼女はとても幸せそうで・・・。僕の事を兄と呼んだり、両親に話しかけるだけで、願いが叶ったような顔をしていました。ずっと欲しかったものが手に入ったという風に嬉しそうに。・・・そんな様子を見ていると、僕達はもう、彼女に何も言えなくなってしまいました」
(・・・・)
「彼女がアリアナの体に来る以前に、いったいどんな人生を送って来たのかは分かりません。だけど家族同士の小さなふれあいですら凄く喜んでくれるので、きっと・・・」
クラークは、そこで言葉を止めた。だけど彼が何を言おうとしたのか、分かる気がした。
そして胸の奥がきゅっとなる様な・・・嬉しいのか、恥ずかしいのか、いたたまれないのとも少し違う、そんな良く分からない感情が広がっていく。
(・・・うん・・・そっか)
私はこの世界に来て、とてもとても恵まれていたのだ。
クラークや、アリアナの両親や皆に対する感謝の気持ちで、心の中がじわじわと温かくなる。うれし涙って、意識だけでも流せるんだな。
だけど、そんな心地良さに浸っていた中、アリアナがとんでもない爆弾を落としやがったのだ。
「あの子の事なら、トラヴィス殿下が一番良くご存知でしてよ、お兄様」
(んが!?)
アリアナの言葉に、一瞬で部屋の空気が変わった気がした。
「殿下はそれはそれは、あの子と仲良しですもの。そうですわよね、殿下?とてもあの子を可愛がってらしたし、あの子も殿下に懐いてるようでしたわ。それに、そうそう殿下は、あの子がわたくしでは無い事も、最初からご存知でしたものね?」
アリアナの口調にからかう様な響きが混じる。さすがモブとは言え、悪役令嬢だ。
「何の事かな・・・?」
顔には完璧皇子の笑みが張り付いていたが、トラヴィスの目は「この小娘が!いらん事を!」と語っていた。
心なしかクリフとディーンの顔もこわばっている様に見えるのは、どうしてだろう?それに、どう言う訳かレティシアの目がらんらんと輝き始めてる。
アリアナは楽し気にくすくす笑っていたが、これ以上トラヴィスを攻める気は無さそうだ。
(へぇ!トラヴィスねーさんを手玉に取るなんて、アリアナってばたいしたもんだわ)
私はつい感心してしまった。トラヴィスは場の空気を変える様に咳払いをして、アリアナに尋ねる。にこやかだけど目が笑って無いのは仕方ないだろう。
「事情は分かった。それで・・・大事な事を聞きたいのだが」
「はい、なんでしょう?」
「どうして今、君が表に出ている?そして君の言う『あの子』はどうなったのだ?」
(う・・・・やっぱりそれを聞いちゃうか・・・)
トラヴィスは優しいけど、それだけじゃない・・・。厳しくて容赦が無い部分はしっかりあるからなぁ。
(・・・手加減はしない・・・か)
でもさ、今のアリアナが本物のアリアナである以上、この状態が自然なんだよなぁ。
私が再び表に出るのはおかしいんだよ。そんなのアリアナだってクラークだって望んで無いだろうし、アリアナの両親だってそうだ。・・・だから、トラヴィス。そんな事聞いちゃいけないんだよ。
(私の体じゃないんだから・・・。私はさ、このままアリアナの中から皆の事を見守っていくよ)
なんて、まるでご先祖様のような気持ちで、しみじみしていると、アリアナがとんでもない事を言い出した。
「わたくしが表に出ているのは異常な事なのですわ。先ほども言ったように、あの子は強力な精神魔術によって封じられていますの。術師はこの体の中に、わたくしとあの子の二人の精神が存在する事を知らなかったはずです。だから眠らされたのは、あの子だけで済んだのですわ」
「なるほど・・・それで?」
「今はあの子の力の残り火で動けていますが、このままの状態が続けば、この身体はあの子の力を得る事が出来ないのです。既に・・・その兆候が出て来ていますわ」
アリアナはそう言って、疲れた様に息を吐いた。
(え、そうなの!?いやいや、力ぐらい幾らだって出すよ!?)
えい!えい!っと、私はどうにかならないかと気張ってみた・・・が、どうも身体が無いと上手くいかない。今の私は意識だけの存在なのだ。
(ちょ、ちょっともう!どうなってんのよ?)
そこでふとある事に気づいた。
私がアリアナの視界から見ている外の景色が、いつの間にか映画館のスクリーンの様になっているのだ。
(はーん、今、私が居るのは私の意識世界って事だよね?だから私に馴染みのある形に具現化したって事かな?)
だったら自分の姿も具現化できないだろうか?今の空気に溶けてる様な状況だと、どうにも心もとないのだ。
私は自分の姿をゆっくり思い浮かべる。手足、身体、そして顔・・・。私はまぶたを開け自分の身体を見た。
(おっ出来た!)
やった!意識世界での自分の身体の具現化に成功したぜ。
そして少し驚く。その身体はどう見てもアリアナよりも大きかったのだ。
(そっか・・・アリアナになる前の・・・)
顔は見えないけど、それは前の世界の私の姿だった。
(ノスタルジーだねぇ・・・)
そう思いながら自分の手足を良く見てみて、ギョッとした。私の両手両足には黒い枷が付けられていて、しかも鎖でつながれていたのだ。
(な、何これ!?・・・そうか、もしかしたら精神魔術の・・・)
どうやら私にかけられた精神魔術も具現化したらしい。
手足に付けられた4本の鎖は一つの方向に向かっている。たどって行くと、少し離れた場所で束ねた鎖を持つ黒い影が揺らめいていた。
(げっ!きもっ!)
影を見た瞬間、ぞわっと悪寒が走る。そうか、これは・・・
(私を眠らせた精神魔術師・・・?)
どうやらそいつが、具現化した形のようだ。
気持ち悪さをこらえてジッと見つめると、その影はぐねぐねと蠢きながら、真っ黒い人型に変わった。しかしそれがどんな顔をしているのかは分からない。さらに集中してもその人型に変化は無かった。
(ふんっ、もし顔が見えたら、術師が誰か分かったかもしれないのにさ・・・)
だけど奴の手の中に、何か丸い球の様な物を持っているのが見えた。そして指には二つの指輪がはめられてる。そしてもう片方の手で、私が繋がれている4つの鎖を持っているのだ。
(犬の散歩じゃないっていうの)
見るだけでムカムカしたが、これ以上動いたり私に何かする事はなさそうだ。
私は黒い人型から視線を逸らし、外を見るスクリーンに向ける。
(座りたいな)
身体を具現化したんだ。ついでに、ソファぐらい作ってもいいだろう。想い描くと、あっけない程簡単に座り心地の良さそうなソファが現れた。
そこに身体を沈めて足を組む。まるで自分専用のシアターみたいだ。
(ふうん、落ち着いてみれば、意外と居心地が良いもんだね)
手足に付けられた鎖がじゃらじゃら鳴るのだけが鬱陶しかった。スクリーンにはアリアナを心配そうに見るクラークの顔が大きく映っていた。
「疲れたかい?少し休んだらどうだい?」
「大丈夫ですわ・・・お兄様に魔力を流して頂きましたもの。だけど、あの子が封じられている以上、わたくしの精神では、魔力の供給無しでは身体を維持できませんの。一刻も早く精神魔術を解術しないと・・・」
落ち着いた口調だけど、思ってた以上にアリアナは疲労している様だ。
(そ、そんなぁ!)
それじゃ、アリアナが・・・。アリアナばっかり貧乏くじじゃん!
自分の身体を具現化したものの、アリアナの体に力を流す方法が分からない。しかも何かしようとすると、いちいち鎖が重たげに鳴った。