アリアナの生い立ち
「クリフの言ってるように、馬車の事故の前のアリアナと、皆が知っているアリアナは別人です・・・」
クラークがそう言い切ると、皆の空気が一瞬で張りつめた。
「どうしてこんな事態が起きたのかは分かかりません。・・・そして事故後から『アリアナ』として生きていた彼女が誰なのかも僕は知らないのです。だけど、僕も両親も・・・そして多分アリアナ自身も、彼女の存在を受け入れてきました」
「ど、どうしてですか?だって、それが本当なら・・・い、今のアリアナ様は、その・・・違うアリアナ様に身体を乗っ取られていたって事ですよね?」
ミリアが言い難そうに、歯切れ悪くそう聞いた。
(あ~、ミリアは私の『アリアナ』しか知らないもんなぁ)
ずっと友人だと思っていたアリアナが、実は偽物でした!・・・ってなると複雑だろうなぁ。なんとなく罪悪感を感じてしまう。
「最初から説明するよ。・・・さっきも言ったように、アリアナは産まれた時に、魔力を持たず、魔力を巡らす事も出来ないことから、長く生きられないと言われた。だけど、一つだけ命を伸ばす方法があった。それが、他人から魔力を供給して貰う事だったんだ」
「さっき、クラークがアリアナにやったようにか?」
トラヴィスが考え込む様に腕を組んで、手を口に当てる。
「そうです・・・これは偶然発見した事だったのですが・・・」
クラークは一旦言葉を切って、気遣う様にアリアナに目を向けた。
「当時、両親はアリアナを救おうと奔走しましたが、上手くいきませんでした。だけどアリアナが生まれて半年程たった時に・・・僕は覚えていないのですが・・・まだ魔術の使い方を知らなかった僕が、自分の力を分けようとでも思ったのか、アリアナに自分の魔力を流したらしいのです。多分、子供ながらに妹を助けようと思ったのでしょう・・・」
クラークは自嘲する様に軽く笑った。
「もちろん両親は慌てました。通常なら、魔力中毒を起こしますからね」
(ふむ・・・ましてや相手は小さな赤ん坊なんだもんね。そりゃマズいや)
だけど小さい子供のする事だもんなぁ。とは言え、アリアナのご両親は焦っただろうね。
「だけどその時、いつも青い顔で、泣く体力すらなかったアリアナが、元気に身体を動かし始めたそうなのです。まるで普通の赤ん坊の様に。理由は分からないですけど、アリアナは魔力中毒を起こさない・・・むしろ、相手の魔力を自分の力に出来るという事が分かったのです。まるで回復薬や癒しの魔術を受けた時の様に」
クラークはトラヴィスに顔を向けると、
「アリアナの体質について隠そうとしたのは、魔術省に知られたくなかったからです。もし知られたら、ヘルダー伯爵の様な方にモルモットにされかねないですから」
と皮肉な笑みを浮かべた。
クラークの説明には、皆一様に驚いた表情を見せた。もちろん、私だってびっくりだ。
(アリアナにそんな過去があったなんて・・・)
モブ悪役令嬢の生い立ちなんて、説明書には書いて無い。だけど、ゲームとは違うこの世界で、アリアナは生きて来た。そしてそれは、思ってたよりもずっと過酷だったのだ。
私はアリアナの視界からクラークを見た。彼は偶然とは言え、アリアナの命を救ったんだな。
「だけど、生まれた時からアリアナは、体力も精神の力も弱すぎました。だから、定期的に魔力を供給してあげなくてはいけなかったのです。なので、ずっと両親と僕がその役目をしていました」
「兄と両親には感謝しているわ。だけど身体の調子が良いのは魔力を貰ってから2,3日だけ。1週間も経てば頭痛や倦怠感・・・あらゆる不調に悩まされたわ。だから周りからは随分と気分屋だと思われていたでしょうね」
アリアナはクラークの言葉に続けるようにそう言って、紅茶を一口飲んだ。
「・・・冷めてしまったわね。ステラ、皆様の分もお茶を入れ直して頂戴。次は違う茶葉が良いわ」
(ほう!)
私はすっかり感心してしまった。
(アリアナってば、やっぱり気が利いてる。・・・う~ん、それにしても・・・アリアナがいつも不機嫌だったのは、体調が悪かったからって事?)
ステラが手際よく新しいお茶を入れてくれた。カップも違う物に替えているようだ。
「あの・・・魔力をもっと頻繁に供給して貰う事は出来なかったのですか?」
遠慮がちに聞いてきたリリーにクラークが苦笑した。
「やってみると分かると思うけど、魔力を流すのは魔術を使うとき以上に消耗するんだ。一度アリアナに魔力を供給すると、2週間は魔術が使えなくなる。僕も最初やったときは倒れたらしいよ。だから最初の頃は両親が、僕が大きくなってからは3人で交代して流していたんだ」
(クラークは攻略者だけあって、魔力量も多いもんなぁ・・・下手したら大人よりも多いだろうしね)
アリアナはステラの淹れてくれた新しいお茶を一口飲んで、
「美味しくてよ、ステラ。あなたのお茶を入れる腕は最高だわ・・・本当は、もっと前から褒めてあげたかった・・・」
そう言って、溜息をついた。
「だけど、子供だったわたくしは随分とひねくれてしまったの。どうして自分だけ、こんなに辛い思いをして生きなくてはならないのって・・・」
アリアナはじっと手元のカップの中の紅茶を見つめていた。
「魔力を供給して貰わなければ、まともに動く事も出来ない。動けても頭痛や気分の悪さから逃れられない。成長も遅くて身体は同年代の子に比べたらずっと小さい。不公平だって思ったわ・・・」
アリアナはふと、レティシアの方を見た。
「レティ。わたくし、貴女にした事を覚えているわ」
「え!?」
「子供の時のお茶会で会ったわよね?貴女はとても綺麗で、自分の描いた上手な絵を他の人に見せていたの。皆、貴女を褒めていたわ。大きくなったら画家になれるって。だからわたくし、憎らしくなって貴女にケーキを投げつけたの。・・・ごめんなさいね」
「え!あの・・いいえ・・・」
レティシアは焦ってもごもごしている。
「才能を持っている人が嫌いだったの。私には何も無かったから。将来の話も嫌い。夢なんて持てなかったもの。だから体調の悪い時は周りに当たり散らしたわ。我儘も沢山言った。自分がこんなに苦しいのだから人を傷つけたって構わないと思っていたわ」
アリアナの声はたんたんとしていたけれど、悔しさと痛みに満ちていた。同じ身体にいる私には良く分かる。
「わたくしは・・・身体と一緒に心の成長も止めてしまったの・・・」
誰も彼女の言葉に何も言ってあげる事が出来なかった。アリアナが再び視線をティーカップに戻したから、皆がどんな表情をしているのか分からないけど・・・
(ど、どわぁぁあああ、アリアナぁぁぁぁ・・・)
私はアリアナの中で、見悶えた。
これが、我儘で高慢で意地悪なモブ悪役令嬢の誕生秘話だというのか!?
(泣かずにいられるかっての!)
身体が無いから泣けないけど、号泣している気分だった。
(つ、辛い!辛すぎるよぉ、アリアナ!そりゃ、意地悪だってしたくなるし、我儘だって言いたくなるよ!あああ、私が側にいてあげれてたら・・・)
今はめちゃくちゃ近くにいるんだけど、いかんせん近すぎるのだ。
アリアナはカップをソーサーに置くと、ほうっと溜息をついた
「それに、わたくしには残された時間が無かったから・・・」
アリアナの言葉にトラヴィスが怪訝そうな顔をした。
「どういう意味だい?」
「殿下・・・、僕が説明します」
クラークが妹を気遣う様に口を挟んだ。
「魔力を身体に流す事によって、アリアナは健康とは言えないものの、普通に生活が出来るようになりました。・・・でも、アリアナが成長するにつれて、魔力の供給だけでは追いつかなくなってしまった・・・・所詮、この方法も対処療法に過ぎなかったのです。年を追う毎にアリアナは心身共にすり減って行きました。医者には・・・」
クラークは一瞬、喉が詰まったように言葉を切った。
「・・・医者には生きられても20歳前半までだろうと言われました」
「えっ!?」
「そんな!」
リビングに重い空気が流れた。せっかくステラに入れ直して貰ったお茶も、あまり手を付けられないまま冷めてしまった。
いつの間にかクラークの目からは涙が流れていた。
レティシアとグローシアはハンカチが足りない程泣いているし、ミリアやジョーですら鼻をすすり上げている。リリーは見惚れる程綺麗な涙をホロホロこぼしていて、こんな時なのに、さすがヒロインだと思ってしまった。
「両親も僕も、アリアナには好きな事をさせてやりたいと思いました。願いがあるなら全て叶えてやりたかった。行きたい場所があれば何処へでも連れて行ってやりたい。だから、最初は無理だと諦めさせていたこの学園に入学する事も許したのです。だけど、学園への移動中にあの事故が起きました」
(馬車の事故だ!)
思い返せば全て、この馬車の事故から全ては始まったのだ。