あるべき形
(ぬわっ!)
なんだか身体中に電流が流れた様な気分がして、私は飛び起きた。
(ん?・・むむ?)
飛び起きたつもりだった。なのに、今までに無い感覚に戸惑う。なんだかフワフワして、自分の身体の感覚が無い。
しかも視界が真っ暗で何も見えない。
(な、なんじゃこりゃぁぁぁっ!?私ってば、いったい・・・)
必死で何があったのかを思い出してみる。
(そ、そうだ!確か部屋にお客が来て・・・で、あれ?)
誰が来たんだっけ?
どうしても思い出せなかった。
(だけど、玄関に向かったのは確かだよね・・・でも、そっからの記憶が消えてるぞ・・・)
何で?
それに今の状況・・・周りが暗くて、自分の身体が感じられないなんて・・・
(ももも、もしかして・・・私・・・し、しんじゃってたりしない・・・!?)
月並みな表現だけど、冷水をかぶせられたかのように背筋がぞーっとした。
(え?え?え?、まさか本当にそうなの?)
だって、意識はあるけど何も見えない。自分の身体があるのかどうかも分からない。
絶望的な気分で、とにかく気持ちだけでも、もがいてみた。目をキョロキョロ動かしてるつもりになってみる。
すると微かに光が見えた気がした。
(う、うぉー!)
藁をもつかむ気持ちで必死に光に向かって意識を集中させた。もがきながら、そっちへ向かって全速力で泳いでいる様な感覚。
すると小さかった光が段々と近づき大きくなってきた。そしてその中に、見覚えのある人物を見て面食らった。
(え?あ!ステラじゃん!)
光の中に、メイドのステラの姿が見えたのだ。
(ど、どゆ事?)
状況が全く理解できない。
感覚としては、まるで水の中から水面を見ているようだ。だけど自分の身体は無くて水の中に意識だけ漂ってる様な・・・。
そんな風に思っていると、突然私の周りに大きな声が響いた。
「ステラ!もっとセンスの良い服は無いのかしら!?ここにある服って地味な服ばっかりじゃない!」
(んぎゃ!)
大音量のスピーカーで叫ばれたみたいだ。
(う、うるさっ!もうちょっと静かに・・・)
そう思うと、今度はちょうど良い音量で、ステラの声が聞こえた。
「も、申し訳ございません、アリアナ様!でも、ここにある服は全部アリアナ様がお選びになったもので・・・」
「分かっててよ、ステラ。あなたのせいでは無いわ。悪いのはあの子。公爵令嬢たるもの、もう少し着る服を選んで欲しかったわね」
(え・・・?)
声を聞いて愕然とする。
(こ、この声・・・)
聞こえてきた声は私の声・・・いや、『アリアナ』だった頃の私の声・・・つまり・・・
(も、もしかして・・・本当のアリアナが『外』に出てる?)
今の私はアリアナの身体の中で、ただ『外』を見ている状態なのだ。
(えええ!なんでこうなった!?)
私は混乱でぐらぐらする頭を、手で押さえているつもりになった。
だけど、不思議と気分は悪くなかった。無重力のベッドに寝っ転がって浮かんでる様な気分だ。そして少し揺らめくスクリーンで『外』の景色を見ているかのよう。
(な、なるほど。アリアナもこうやって、外の様子を見ていたのかな?)
納得。だからたまに彼女は私にコンタクトしてきたわけだ。
(そっか・・・アリアナは自分の身体に戻れたんだね)
いや、そもそも一緒にアリアナの中に居たのだから、戻れたって言うのはおかしい。要は彼女が、身体の主導権を取り返したって事だよな。
(まぁ、それが正しい在り方だからなぁ・・・)
そう思ったけど、リリーやミリア達と話が出来ないと思うと、少し寂しい気持ちにはなる。が、文句を言うのもおかしいよね。元々この身体はアリアナのものなんだもん。
溜息をついたつもりになって、私はさらに『外』を眺めた。
アリアナは『センスが悪い』と判断した服の中から納得する物を見つけたのか、着替えを始めたようだ。ステラがそれを手伝っている。
(ふうん、私は自分で着替えてたからなぁ。真のお嬢様は自分ではやらないってか)
すると、突然心の中に声が聞こえた!
『もう!あの子は貴族というものを分かって無いわ!こんな地味な服ばかり来てたら周りから侮られてしまうわよ!』
(ど、どわっ!)
これ以上驚く事は無いだろうって思ってたのに、私は再び、ひっくり返る程驚愕した。
(し、心臓が・・・!)
いや、今は意識だけだから心臓は無いかもしれんが、マジで止まるかと思ったぞ。
(え?も、もしかして、今のってアリアナが考えた事!?)
心で思ったことまで、聞こえてくるのか!?
(そ、そうか・・・。今まで私も心ん中で、アリアナに話しかけたりしてたもんなぁ)
だけど、どうやら考えたこと全部が聞こえて来る訳では無いようだ。もしかしたら強く思ったり考えたりした事だけ、心を共有する様に聞こえてくるのかもしれない。
(な~るほどねぇ)
上手く出来てると、妙に感心してしまった。
どうやらアリアナの支度が終わったようだ。私と違って、髪も念入りにブラッシングして大きなリボンも付けるみたい。鏡に映る彼女は、私がアリアナだった時よりも5割増し程、派手な気がした。
「ステラ、リビングに行くわ。わたくしの分のお茶も運んで頂戴」
私の目の前のスクリーンで、リビングへのドアが開く。そしてその場にいる全員の目がアリアナに集中した。
「ア、アリアナ、大丈夫なのかい?」
クラークが慌てて立ち上がり、こっちに走って来た。アリアナの手をとってエスコートしているようだ。
「心配いらないですわ、お兄様。ああ、ステラ?グローシアに頂いた美味しいお菓子を皆様にお出しして。それに昼食時間が近づいてきましたわ。スティーブンに人数分の昼食をお願いできるかしら?」
「は、はい!」
アリアナの言葉に、呆気に取られているみんなの様子が見える。
(へぇ・・・アリアナってば、結構気が利く。全然モブの悪役令嬢って感じじゃ無いじゃん。むしろ高貴なお嬢様感がにじみ出てて、格好良いんじゃない?)
私には出せない技だな。
ゲームじゃあんなに我儘で意地悪だったのに、どうやら今のアリアナは少し違うように感じる。
(以前はゲーム通りの性格だったんだよね?・・・と言う事は、やっぱアリアナってば私と一緒に居るうちに変わった!?)
そんな気はしてたのだ。私と一緒に居たアリアナは、ディーンの事を諦めた頃から少しずつ変化しているように思っていた。
なんだか娘の成長を見るような気持ちになり、嬉しくなった。
アリアナは皆に注目されている中、ゆっくりと紅茶を一口飲んだ。そして、カップを手に持ったまま、
「それで?」
と一言だけ言った。どうやら高飛車ぶりは変わらない様だ。
「な、何だい?アリアナ」
クラークがアリアナに聞く。
(気を使ってるなぁ、クラーク)
私に対しても優しかったけど、元祖アリアナには温度が違うぞ。
「わたくしに聞きたい事があるのでしょう?どうぞ」
「ア、アリアナ、何を・・・」
おろおろしているクラークの言葉に被せる様に、クリフが口を開いた。
「じゃ、聞かせて貰う。お前は誰だ!?」
口調はまるで、詰問しているみたいだ。
「アリアナ・コールリッジ。先ほども言いましたわ」
「では、俺達が今までアリアナ嬢だと思っていた彼女は誰なんだ!?」
(ク、クリフ!?)
私はクリフの様子にびっくりしてしまった。彼の表情は固く、目が暗く燃えている。これじゃ皇太子暗殺を考えてた頃よりも雰囲気が怖いぞ!?
(ど、どうしちゃったのよぉ!?)
アリアナだって彼の強い感情を感じているだろう。だけど、表面上は落ち着いていて、静かな口調で答えた。
「あの子の事については・・・どこの誰かはわたくし存じ上げませんの」
「貴様!・・・彼女をどこへやった!?」
「クリフ!」
激昂して立ち上がりかけたクリフをディーンが止めた。だけど、アリアナはやはり落ち着いた様子で、
「あの子でしたら・・・」
アリアナはそっと・・・私からは見えないけど・・・自分の手を胸に当てたようだった。
「今もわたくしの中におりますわ。今は・・・悪しき魔術に囚われてしまっていますが、でも・・・」
「アリアナ、もう良い!」
アリアナの言葉を遮る様にクラークが声をあげた。
「みんな!アリアナは目覚めたばかりで混乱しているんだ。だから、少しおかしな事を・・・」
「お兄様、これ以上あがくのはみっともなくてよ」
慌てて言い繕うとするクラークを、アリアナがピシリとで止めた。
「もう隠すのは無理ですわ。それに、ここにいる方達は、あの子が信用できると認めた方達です。すべてお話ししましょう」
「アリアナ・・・」
クラークは少しの間、逡巡していた。だけど諦めたように息を吐くと、
「分かったよ・・・」
頷きながらそう言って、トラヴィスに向かって頭を下げた。
「殿下・・・すみませんでした。僕が分かっている事はすべてお話します。だけど、ここだけの話にすると約束してください」
そして、皆に向かって『私も知らなかった話』を話し始めたのだ。




