目覚め(ディーン目線)(トラヴィス目線)
<ディーン>
突然、クラーク殿がアリアナに魔力を流すと言い出した。そんな事、通常ではありえない事だ。
(だが、クラーク殿がアリアナの為にならない事をするはずがない)
戸惑いはしたが、どうせ私には見守る事しか出来ない。
クラーク殿が魔力を流し始めて直ぐに、ノエルが部屋を出ていった。
(魔力圧か・・・)
確かにこの部屋には、クラーク殿の魔力が満ちている。彼には少し辛いかもしれない。だが、それ以上に、大量の魔力を消費しているクラーク殿の方がきついのではないだろうか?魔術に変換する事無く、ただ魔力を放出するのは大量の魔力量を必要とする。
クラーク殿の額には大粒の汗が浮かんでいた。
そして数分経っただろうか、トラヴィス殿下が「あっ」と声を上げた。そして私も驚きに息を飲んだ。
(こ、これは!)
アリアナの身体がぼんやりと光に包まれている様に見えたからだ。
「・・・どうしてこんな光が」
「お前も見えるのか?ディーン」
殿下が私を振り向いた。
「は、はい」
「え?何?」
ジョーが怪訝そうに聞く。どうやら彼女には見えてない様だ。
「アリアナの身体が淡い光に包まれている様に見えます。・・・これは、もしかしてクラーク殿の魔力でしょうか?」
魔力をこんな形で見るの初めてだった。
「どうやらディーンも魔力を視る『目』の能力があるようだな。・・・皆はどうだ?」
トラヴィス殿下の問いに、リリー以外は首を横に振った。
「私も見えます。とても・・・優しい光です。これってまるで浄化・・・いえ、どちらかと言えば癒しの魔術の光に似ているような・・・」
リリーの言う様に、私もそう思った。
(だが、クラーク殿はアリアナに魔力を流しただけのはず・・・)
目を凝らして良く確かめようとすると、
「僕は、浄化も癒しの魔術も使えないよ、ふう・・・」
クラーク殿がそう言った途端、アリアナを覆っていた光はスッと消えた。彼の手はアリアナから離れている。魔力を流すのを終えたようだ。
「僕は聖女じゃないからね。ただ魔力を流しただけ・・・。だけど思ったよりも効果はあったようだね」
そう言われて見ると、確かにアリアナの頬に少し赤みが戻ってきている。呼吸も先ほどよりもしっかりしているようだ。
「・・・良かった」
「良かったです」
リリーが安堵した様に呟き、グローシアが涙目で座り込んだ。私の心も少し軽くなる。
「でも、どうして?なんでクラーク様が魔力流したら、アリアナ様が元気になったの?これってクラーク様の得意技なの!?」
遠慮のないジョーが率直に聞いた。
「僕じゃないよ。これはアリアナの体質なんだ。アリアナは・・・、」
何か言いかけて、クラーク殿は途中で言葉を止めた。彼の目が大きく見開かれ、口元に笑みが浮かぶ。どうしたんだ?
「アリアナ・・・」
そう呟いて彼の目に涙が浮かんだ。つられる様にアリアナを見て、心臓を突かれた様な驚きを覚えた。
「えっ!?」
「あっ!」
「アリアナ!」
ベッドの上で薄く目を開き、ゆっくりと瞬きをする彼女の姿があった。
<トラヴィス>
アリアナが目を覚ました。
(え?起きたじゃん!解術出来たの?)
ついさっきまで彼女を目覚めさせる為に、みんなで必死にああでもないこうでもないと、知恵を絞っていたというのにさ。
思いもよらなかった出来事に、さすがの私も呆気に取られた。まさかクラークが魔力を流したら精神魔術が解けたというの?
(ま、良かった・・・もう、心配かけて、この子ったら!)
ホッとして、体から力が抜ける気がした。
「アリアナ!」
「アリアナ様」
「大丈夫か!?」
皆が彼女の周りに集まってくる。嬉しさ半分、心配半分って顔。
アリアナは放心した様子でゆっくりと目を動かし、確認する様に周りを見ていた。丸一日寝ていたからかしら?なんだかぼんやりした様子。
そして彼女はベッドに横たわったまま自分の腕を持ち上げると、両手をじっと見つめた。すると、その目にみるみる涙が浮かび、ぽろぽろとベッドに流れ落ちた。
「ど、どうしたんだ。どこか痛いのか?」
クラークがおろおろとしながら、慌ててアリアナ様の頬に手を添えた。するとアリアナは泣きながらクラークの顔を見上げると、
「お兄様っ!」
叫ぶ様にそう言って、クラークに向かって手を伸ばした。
「アリアナ!?」
アリアナの様子を見ていたクラークは、一瞬、何故かとても驚いた顔を見せた。そして彼も急に涙を流し出すと、もう一度「アリアナ!」と大きく叫び、強く彼女を抱きしめた。
(何なのよ?いくら、シスコンだからって、ちょっとオーバーじゃない?目を醒ましたのは良かったけど、いきなり、どうしたってわけ?)
私はクラークの様子に何処か引っかかりを覚えた。
(ん・・・?アリアナ・・・?)
そして、もっとはっきりとした違和感を、アリアナから感じたのよ。
(何、これ?・・・どう言う事!?)
「アリアナ!ああ、アリアナなんだね!?」
クラークは流れる涙を隠すことなく、アリアナが目覚めた事を喜んでいる・・・が、
(待って・・・なんか違うわよ・・・なんなのこれ?)
見た目は確かにアリアナなのに、何処か違う。何?何か物足りない。これって・・・
(えっ?も、もしかして、もしかしてなの!?ど、どうして?・・・あら、やだ、ちょっと!どうしよう?)
どうする?この事、皆にどう説明したらいい?そんな風に迷っていたら、私の隣でゆらりとクリフが動いた。
(あっ、マズいわ!)
「誰だお前は・・・」
クリフの声が低く響いた。そうして止める間もなく、彼は声を荒げた。
「お前はアリアナ嬢じゃないだろう!彼女は何処へ行った!?」
抱き合っていたクラークとアリアナの肩がピクリと動き、ゆっくりと二人はクリフを振り返った。
「わたくしはアリアナよ」
「ありえない!」
「クリフ!待ってくれ!」
厳しい声で言い放ったクリフに、クラークが弁解する様に声を飛ばす。
「良いのよ、お兄様」
アリアナは冷ややかな声でそう言った。やはりいつものアリアナとは全く違う。口調が違う。表情が違う。目の光が違う。
クリフはベッドに近づき、アリアナを睨みつけた。
「彼女をどこへやった!?」
今にも胸ぐらを掴みかからんばかりだ。クラークは二人の間に割って入り、アリアナを背に庇った。
「よせクリフ!この子はアリアナだ。アリアナなんだ!」
クリフの顔色が変わった。
「どうして、クラーク殿!?貴方だって分かるでしょう?全然違うじゃないか!こんなのアリアナ嬢であるはずがない!」
激昂するクリフの肩をディーンが止めるように強く掴んだ。
「止めろ、クリフ。彼女はアリアナだ」
「ディーン!お前まで!」
「落ち着け、彼女はお前の知らないアリアナなんだ」
「何だって!?」
クリフは納得いかないという風に、今度はディーンに掴みかかった。そりゃそうよね、クリフにしちゃ訳が分からなくて当然よ。
私は額に手を当てて天を仰いだわ。
(参ったわね、これは・・・。まさかこんな状況になるとは)
さすがの私も予想外よ。
リリーやミリア達は、未だに意味不明な様子でオロオロとしている。そりゃ、そうよ。こんな事、理解が及ばないわよね。みんなアリアナの様子に漠然と引っかかりを感じているようだけど。
(どうやら気付いているのはクラークとディーン・・・そしてパーシヴァルかしら)
パーシヴァルは今までのやり取りを見て、肩をすくめながら、ディーンをクリフから庇う様に割って入った。
「ディーンの言う通りだね。彼女はアリアナ嬢だよ。僕達が『昔から知っていた方』のね」
「どういう事だ?」
混乱し、戸惑うクリフに対し、当のアリアナが呆れたような声をあげた。
「ねぇ貴方、わたくしの寝室にいつまで居座るつもり?うるさくて堪らないんだけど」
「何!?」
クリフの周りの温度が一段と下がる。
「だいたい、淑女の寝室に入るなんて紳士のする事では無くてよ。他の方達もさっさと隣のリビングに行ってくれなくて?わたくし着替えたいの」
アリアナは高慢なお嬢様そのものの口調でそう言った。それを聞いて、私のテンションがちょっと上がる。
(あら、ちゃんと悪役令嬢っぽいじゃない!確かにこれよね。これがイメージ通りの悪役令嬢アリアナだわ!)
つい前世のゲームを思い出して、興奮してしまったけど、慌てて思い直したわ。
(おっと、駄目よ。そんな場合じゃなかったっけ)
事態はますますこんがらがってるんだもの、気持ちを引き締しめなきゃね。
女の子達は全員、訳が分からず混乱しているし、クラークはいまだに、アリアナに張り付いたまま泣いているんだもん。シスコン過ぎて怖いわ。
ディーンは思いつめた顔で俯いてるし、パーシヴァルはそんな彼を心配そうに見つめている。ちょっと!少しは隠しなさいよ。バレるわよ?
そしてクリフは凄まじい目つきででアリアナを睨んでいる。美形が本気で怒った顔は怖すぎるって・・・もう。
(ああもう、何なのよ、このカオス!)
なんとかこの場をまとめなければと思って、必死で言葉をひねり出したわ。
「ええと、皆・・と、とりあえずリビングに行こう。アリアナ嬢は着替えたいらしいから・・・」
ああん、全く皇太子トラヴィスらしく無かったわ。私だって、混乱してるのよぉ!




