いつもと違う自分(クリフ視点)(ノエル視点)
<クリフ>
「あのさぁ、アリアナ様を嫌ってるマーリンが、手伝ってくれるわけ無いじゃない。エメライン王女だって、アリアナ様を殺そうとしたのよ?協力させるのは無理じゃない?」
ジョージアの呆れた声が聞こえた。彼女の言った事は正しい。マーリンもエメラインもくだらない女達だ。
(だったら、無理にでも協力させればいい。首に剣でも突き付けるか、魔術で縛るか。もし彼女に危害を加えそうだったらその場で殺してしまえば・・・)
そう考えて、それじゃあ駄目かと思い直した。殺してしまったら、アリアナ嬢を目覚めさせる方法が無くなってしまう。
(くそっ・・・)
とにかく彼女を精神魔術から助け出す事が優先だ。
解術できるのは精神魔術をかけた犯人、闇の魔術の使い手イーサン、そして聖魔術を使える光の魔力の持ち主だけ。
エメラインとマーリンを連れて来て、脅しつけてでも解呪させてやりたかった。だけど、トラヴィス殿下の言う様に、あの馬鹿な女達は彼女に危害を加える可能性は高い。
だったら、殺してしまっても良く無いか?
(落ち着け・・・今の俺は普通じゃない・・・)
ぐったりと動かないアリアナ嬢を見た時から、自分の思考がそぎ落とされたように、働かなくなっているのは分かっていた。視野だって押しつぶされたように狭い、そして暗い・・・。
この感覚には覚えがある。1年前、叔父と従妹のデイビッドに騙されて、皇太子暗殺に加担しようとした時と同じ感覚。まるで淀んだ沼の底で、泥に足を取られながら歩いているようだ。
「・・・あんだけベタベタ見せつけられれば、お前にもその気があるのかと思うさ!アリアナ嬢だってきっとそうだ!」
珍しくパーシヴァルがディーンに突っかかっている。
(馬鹿か・・・ディーンがあんな女を相手にするものか)
パーシヴァルはいつも人の事が良く見えているのに、ディーンの事だけは分からないみたいだ。
「ふふ・・・」
ふと、ある事を思いついて笑いそうになる。こんな時だというのに。
(アリアナ嬢なら、ディーンとあの女の仲を持つぐらいするだろうな)
可哀そうなディーン。彼女には、そんな無邪気な残酷さがあるから。
(・・・そんな事より、さぁ、どうする?他に解術する手を考えろ)
俺はイーサンを探すより、犯人を見つける方が早いのでは無いかと思った。
(犯人はアリアナ嬢の顔見知りだ。しかも部屋に入れる程信用している・・・と言う事は、ここに居る奴らも該当するという事だ)
俺はむしろ、この中に居てくれればありがたいと思った。探す手間が省ける。
(ここに居る奴ら以外には誰がいる?クラスの奴ら、マリオット先生、去年の担任のエライシャ先生・・・授業を受けている先生達も可能性はある)
だけど、思ったよりも数は絞れる。だったら、一人ずつ締め上げていっても良い。いずれ犯人にたどり着くだろう。
先日はエメライン相手に後れを取ってしまった。だけどあの時は慣れないシールドを張り続けたからだ。だけど攻撃魔術では学園にいる誰にも負けるつもりは無い。皇太子トラヴィスにも・・・。
(ありがたい事に、俺は前皇帝の息子だからな・・・)
皇族の血は自分に強大な魔力と魔術の才を与えてくれた。
(しかも、得意なのは拷問に向くような魔術が多いときてる)
自分の出生を受け入れた時、生涯これらの物騒な魔術を使う事は無いだろうと思った。だが、どうやら自分は彼女の為なら随分と冷酷な人間になれるようだ。
さぁ誰から行こうか・・・そう考えた時、リリーと話していたトラヴィスが俺の肩にそっと手を乗せた。
(なんだよ・・・)
鬱陶しい。そう思った俺に、彼は耳元に口を寄せて小声で囁いた。
「押さえろ・・・殺気が漏れてるぞ・・・」
だからどうした、という気持ちでトラヴィスを無視する。だが、彼はさらに続けた。
「アリアナはそういうのは好まない」
スッと暗く燃え上がっていた熱が下がった。
(そうだ・・・な・・・彼女は・・・こんなやり方は望まないだろう)
そんな事は知っていた。
「・・・じゃあ、どうすれば良いんだ」
喉に張り付いたような、掠れた声がでた。
「このままじゃ弱ってしまうと、医者だって言ってたじゃ無いか!?どうやったら助けられるって言うんだ!?」
「やめなさい!クリフ!」
トラヴィスの胸ぐらを掴もうとしたところを、ミリアに止めに入られた。
(ちっ・・・)
俺は腕を降ろして、二人から離れた。胸の中のほの暗い炎は消えたが、ざわりとした不安は消えない。
「クリフ、殿下に対して不敬よ。・・・殿下、とにかくアリアナ様に術をかけた者の調査と、イーサンの捜索を勧めましょう。私も手伝います」
「ああ、そうだな・・・」
トラヴィスがそう答えた時、突然、ガタンと音を立ててクラークが立ち上がった。そして思いつめた顔で、
「アリアナに魔力を流してみます」
静かにそう言った。
<ノエル>
(なんか雰囲気悪ぅ)
パーシヴァル殿下がディーンと喧嘩するなんて初めて見たなぁ。リリー嬢があんなに暗い顔してるのだって今まで無かったし、レティシアはずっと泣いちゃってるし。
(失敗したなぁ、部屋に残ってればよかったよぉ)
そりゃ、アリアナ嬢の事は心配だけどさ、正直なところ僕がここに居たって何も役に立たないじゃん?
それにさ、僕はこの間の失態がまだ少し尾を引いているんだよ。精神魔術に操られていたからとは言え、アリアナ嬢にとんでもないことをしてしまったんだもん。
正直めちゃくちゃ恥ずかしかったし、双子の姉のミリアには、殺されるかと思うほど叱られたし・・・。
僕は部屋の隅でいたたまれない気持ちだった。アリアナ嬢が大変な事になったって聞いて、たまたまその時クリフと一緒に居たから付いて来てしまったけど・・・
(失敗したなぁ・・・もう)
そのクリフだけど、知らせを聞いた時から様子がおかしいいんだよなぁ。僕でも分かるぐらい雰囲気が怖くなって、声もかけられない。
それにさ、この部屋に入った途端、腰が抜けそうになってしまったんだよね。だってさ、
(トラヴィス殿下が居るなんて聞いて無いよ?)
生徒会に入っている皆と違って、僕は殿下とあまり面識が無いんだよ。正直、雲の上の人の様に思っていたから、同じ部屋にいるだけで緊張してしまう。
(あ、あんまり近づかない様にしよう・・・粗相をしたら大変だ)
そんな風に考えていたら、あろう事かクリフの奴が、突然トラヴィス殿下に食って掛かかりだしたのだ!僕は腰が抜けそうになった。
「このままじゃ弱ってしまうと、医者だって言ってたじゃ無いか!?どうやったら助けられるって言うんだ!?」
そう言って、恐れ多くも皇太子殿下の胸ぐらを掴もうとするじゃ無いか!?心の中で僕は大慌てでクリフを止めた。
(や、やめ!クリフ。ヤバいよ、それは!)
「やめなさい!クリフ!」
やっぱり双子だ!僕の気持ちを代弁する様に、ミリアがピシリと言って、二人の間に割って入った。
(さ、さすが、ミリア!)
ミリアは僕と違って、しっかりしてる。自慢の姉なのだ。
良かった。なんやかんやで、どうやらクリフも落ち着いたようだ。全く、もう・・・クリフの奴は、普段は僕と同じでのんびりしている癖に、アリアナ嬢の事となると人が変わるんだもんなぁ。
とりあえずホッとしていると、突然クラーク殿が立ち上がったので、僕はドキッとしてしまった。急に動かないでよ、僕は気が小さいんだから。
「アリアナに魔力を流してみます。」
クラーク殿は急に、そんな事を言いだした。
(ん?どういう事だろう?)
意味が分からなくてぽかんとしていると、どうもトラヴィス殿下やクリフ達も同じだったみたいで怪訝そうな顔をしている。
「どういう意味だ、クラーク」
「言葉の通りです。アリアナに僕の魔力を流してみます」
(クラーク殿はアリアナ嬢が心配過ぎて、どうかしちゃったのかなぁ?)
人に魔力を流しちゃいけない事ぐらい、僕だって知っている。ほら、トラヴィス殿下だって険しい顔でクラーク殿を見てるじゃ無いか。
「何を言ってるんだ?他人の魔力が身体に入ったら中毒を起こすぐらい、お前も知って・・・」
だけど殿下は途中で言葉を止めた。そして何かに気付いたように目を見開いた。
「もしかして・・・?」
「ええ、そうです。アリアナは他人の魔力に対し、中毒を起こしません。だけど、それはヘルダー伯爵の言う『脈』が切れてるせいではありません。詳しい事は後で説明します」
ん?クラーク殿も殿下も何か知っているみたいだけど、僕にはさっぱり分からない。二人はいったい、何の話をしてるんだろう?みんだってきょとんとしてる。
だけど再びアリアナ嬢の横にひざまづいたクラーク殿に、トラヴィス殿下納得した様に問いかけた。
「何か事情があるのだな?」
「ええ・・・、目覚めさせることはできませんが、もしかしたらアリアナの体力の消耗を防げるかも」
そう言って、彼女の手を両手で握り、クラーク殿は目を瞑った。すると、
「う、うわわっ」
僕は突然、なんだかぞくぞくする様な感覚を感じた。
「な、何これ?えっ?気持ち悪!」
「・・・すまない。魔力をアリアナに集中させてはいるのだが、少し魔力圧の影響を感じるかもしれない・・・」
叫んだ僕に、クラーク殿が目を瞑ったまま答えた。
「えっ?これって魔力圧なんですか?みんなは?」
慌てて聞いたが、どうやら僕以外は平気そうにしている。
「あ、あれ?みんな大丈夫なの?僕、何だか頭がクラクラしてきたんだけど・・・」
おまけに少し気分も悪くなってきた。
「ノエルはあまり魔力が強くないから影響受けやすいのよ。辛かったら部屋を出てなさい」
(え?良いの?やった!)
「じゃ、じゃあ、僕、出とくね」
ミリアに言われた僕は、これ幸いとさっさと部屋を出て来た。良かった、あそこにいると息が詰まるんだよなぁ。アリアナ嬢の事は心配だけどさ。
だけどリビングに戻って、どう言う訳か僕の頭は急にぼんやりし始めた。なんだろ、これ?前も感じた事がある。自分の頭がまるで他人の頭にになったような・・・。
僕の口から、言葉が出てくる。抑揚のない口調だ。
「・・・これは、変わった事が起きたって事だよねぇ?・・・報告に行かないとぉ・・・」
僕はお茶を入れてくれたステラを無視して、急いで寮を後にした。