後悔と秘密(グローシア視点)(レティシア視点)
<グローシア>
(私はここで何をしているんだ)
ベッドに横たわる我が主の姿を、突っ立ってただ見ている自分。
守れなかった、守れなかった、守れなかった!
(何が騎士だ!一生守ると誓ったのに!)
自分に対する怒りで、その辺にあるものに八つ当たりしたい気分が沸きあがった。机を叩き折り、窓ガラスを蹴り割りたい!
でもここはアリアナ様の部屋だ。それは出来ない。
私は唇を噛みしめた。口の中に少し血の味が広がった。
「イーサン・・・」
クラーク様の呟く声に、ドキリとして現実に引き戻される。クラーク様の顔色が悪い。わたくしは、心配でたまらないのだ。
「イーサンなら、アリアナの解術も出来るはずですよね・・・エメライン王女の時みたいに」
クラーク様は気づいたように顔を上げながら、トラヴィス殿下にすがる様に言った。
イーサンは強大な魔力を持つ闇の魔術の使い手だ。確かに彼なら解術できるかもしれない!
「ああ、だがそれは・・・」
殿下は眉を寄せて、何か言い淀む。
「彼を探さないと・・・」
クラーク様が立ち上がろうとするところを、トラヴィス殿下が止める。
「待て、クラーク。どこをどう探すつもりだ。彼の居場所が分かればこっちだって苦労はしない。それにイーサンは闇の組織ともつながっている。こちらの味方とは言えないぞ」
「でも、少なくともアリアナの事は助けてくれました。」
そうだ!クラーク様の言う通りだ!
一昨日、エメライン王女がアリアナ様を襲った時、アリアナ様を助けたのは闇の魔術師のイーサンだと聞いた。
(あの時も私はおそばに居れなかった、くっ・・・。そばにいれば、この身を盾にしてもアリアナ様をお守りしたのに!)
学生の身分が恨めしい。
「だとしても、どこにいるかも分からない奴を闇雲に探すわけにもいかないだろう?・・・イーサンを探す手立ては私が考える。お前は・・・アリアナのそばを離れない方が良い」
トラヴィス殿下の言葉に、クラーク様は苦し気に顔をしかめた。そしてゆっくりとアリアナ様の横に跪くと彼女の手を両手で握って自分の額を近づけた。
(クラーク様・・・昨日から全然、寝ていらっしゃらない)
クラーク様まで倒れてしまわないだろうか?
私はアリアナ様の兄であり、アリアナ様にそっくりで、アリアナ様を大事にしているクラーク様を心からお慕いしている。目覚めないアリアナ様を心配する、彼の気持ちは痛いほど分かるのだ!
トラヴィス殿下の仰る事は最もだけど、草の根分けてもイーサンを探しだし、脅してでもアリアナ様の解術をさせてやるべきではないか!
トントン
再び静かになった部屋にノックの音が響いた。
<レティシア>
(まるで、息をしていないみたいだわ・・・)
一瞬、そう思ってしまっ事にゾッとした。
眠っているアリアナ様は、まるでそっくりに作られた人形のよう・・・。いつもの内から発せられる光のような存在感が、灯りを全て落としたかのように消えてしまっている。
私はそんなアリアナ様の姿を見た時から、とても大切な何かを奪われた気分で、涙が止まらなくなってしまった。
(どうしよう)
トントン
静まり返った部屋に響いたノックの音に、ビクッとしてしまう。多分、私の心にやましさがあるからだわ。
ミリアが扉を開けると、メイドのステラが立っていた。
「お医者様がみえられました・・・。」
「分かった。・・・ミリア、頼めるか?」
クラーク様の代わりにトラヴィス殿下が答えた。ミリアが頷いて、お医者様を玄関まで迎えに行った。
お医者様はアリアナ様を診察した後、大きく息を吐いて、
「今のところ、気になる症状はありません・・・が、このまま目を醒まさないとなると体力面での消耗が心配です・・・やはり、早急に魔術の解術が必要かと・・・」
眉間にしわを寄せてそう言った。
私は体ががたがた震えるのを感じた。このまま目を醒まさない・・・もしそんな事になったら・・・。
「解術の手立てが見つからないのだ。他の方法を考えられないか?」
「・・・難しいですね。医術よりも魔術省にご相談された方がよろしいかと・・・」
「そうか」
トラヴィス殿下が溜息をついた。クラーク様がアリアナ様の額をそっとなでる。
「アリアナ・・・目を醒ましてくれ。皆、心配しているんだ」
(どうしよう・・・私)
アリアナ様が本当に、このまま目覚めなかったら・・・
(ああ、どうしよう!私は何てことをしていたのよ)
いくら先生に頼まれたからって、あんな事引き受けなきゃよかった。
アリアナ様に対する申し訳無さと、自己嫌悪で、このまま消えてしまいたい気分だった。
<ジョージア>
「・・・このまま目を醒まさないとなると体力面での消耗が心配です・・・やはり、早急に魔術の解術が必要かと・・・」
(そりゃそうよね)
医者は魔術省に相談する様に言うと、部屋を出て行ってしまった。
役に立たないわね。そう思いながら私は腕を組んで壁にもたれた。
すると、ソファに座り込んでいたリリーが思いついたように立ち上がった。
「殿下、クラーク様。私にもう一度、アリアナ様の解術を試させてください!」
「リリー、アリアナ嬢を眠らせてる精神魔術は君の能力を超えている。何度やっても難しいだろう。」
トラヴィス殿下はリリーに諦めさせるためか、少し厳しい口調ではっきりと言った。でも、リリーは首を横に振った。彼女の目に強い光が戻ってきている。
「二人でならどうですか!?」
「どういう事だ?」
トラヴィス殿下が怪訝そうに聞く。私達も首を傾げた。
「二人以上の力でアリアナ様に聖魔術を施すのです。魔力増幅の道具の力で魔力を強める事が出来るのなら、人間同士でもそれが可能なのでは無いですか!?」
トラヴィス殿下はリリーの意見に眉をひそめた。
「あいにくだが他人に魔力を貸す事は出来ない。魔力の質がお互い違うからな。魔力圧を受けた時の様に中毒症状を起こしてしまうだろう。よほど、魔力の性質が似ている者同士であれば可能かもしれないが、そういう相手はなかなか居ないのは君もしっているだろう?君に魔力を貸せる様な人物を探すのは難しいと思う」
だけど、リリーはかぶりを振ってそうでは無いと言った。
「違います。魔力を借りるのではなく、複数の者が同時にアリアナ様に聖魔術で解術を行えばどうですか?アリアナ様にかけられた精神魔術の魔力を、超える事が出来るのでは無いでしょうか?」
リリーの言葉に、私も含めて部屋に居たほとんどがハッとさせられた。
(な~る!そういう手があったかぁ。・・・確かに攻撃系の魔術とかだと、同じ属性の魔術を合わせると威力が強くなったりするもんね。確かに、裏技としては良いかも?・・・おっと、これは報告案件じゃない?あ~でも、今は外に出にくいかなぁ。急いで相談したいんだけど)
そわそわする私には気づかず、考え込むようにトラヴィス殿下に口元に手をやった。
「・・・確かに可能性はあるか」
「トラヴィス殿下!可能性があるのなら試してみましょう!」
クラーク様は必死の面持ちで声を上げた。アリアナ様の事が、すっごく心配なんだろうな。
「だが、聖魔術の使い手をどうする?聖魔術は光の魔力の持ち主で無いと使えない。今、この皇国にいる光の魔力の使い手は・・・」
「リリーとマーリン、それにエメライン王女ですね・・・」
ミリアが重々しい声で、殿下の後を続けた。溜息に似た声が部屋中であがった。私はそれを聞いて、すっかり呆れてしまったわ。
「あのさぁ、アリアナ様を嫌ってるマーリンが手伝ってくれるわけ無いじゃない。エメライン王女だって、アリアナ様を殺そうとしたのよ?協力させるのは無理じゃない?」
つい口に出てしまった。
「でも、それは二人とも精神魔術で操られていたからです!魔術が解ければ大丈夫な筈でしょう?・・・マーリンの解術なら私が出来ます。そうすれば、きっと助けてくれるはず・・・」
「そうかなぁ?」
(甘くない?)
リリーって良い子だけど、ちょっと人の良心を信じ過ぎ。人ってねぇ、リリーやアリアナ様みたいに、全員お人好しって訳じゃないんだよ。
「殿下!もうマーリンの解術をしても良いのですよね!?」
リリーの問いにトラヴィス殿下は頷いた。
「確かに、モーガンが姿を消した以上、もう様子を見る事は無い。マーリンや他の生徒の解術も急いだほうが良いだろう。・・・ディーンもマーリンに付きまとわれて困っているみたいだからな」
「いえ・・・私は別に・・・」
殿下の言葉に、ディーン様の答えはどうも歯切れが悪い。何なの?ディーン様ってば、マーリンにすっかり骨抜きにされてるのかな?アリアナ様の婚約者なのに、それは酷くない?
そんなディーン様にパーシヴァル殿下も珍しく剣のある視線を送った。
「へぇ、まんざらでも無かったって事か?」
まるで糾弾する様な口調でそう言った。ディーン様は彼を鋭く睨んだけど、パーシヴァル殿下はさらに口調を荒げた。
「だってそうだろう?あれだけベタベタ見せつけられれば、お前にもその気があるのかと思うさ!アリアナ嬢だってきっとそう思ったはずだ!」
ディーン様は顔を赤らめ、何か言い返そうと口を開きかけたが、思い直したように口を引き締めると、パーシヴァル殿下から顔を背けた。まだ気持ちが収まらない様子のパーシヴァル殿下はディーン様に掴みかかろうとしたけど、トラヴィス殿下が間に入った。
「パーシヴァルやめろ。今はそんな事をしてる場合では無い」
(仰る通りだね)
しょうもない喧嘩してる場合か!馬鹿じゃ無いの?この二人。
トラヴィス殿下の言葉にパーシヴァル殿下は腕を降ろして目を伏せた。トラヴィス殿下はため息をつきながらリリーに視線を戻して、
「リリー。マーリンを解術したとしてもアリアナの為に力を貸してくれる可能性は低い。彼女は元からアリアナの事を良く思ってなかっただろう?」
(そうそう、その通りよ。殿下の言う事が正しいわ)
マーリンは、アリアナ様をとことん敵視
「マーリンは、本来はとても優しい方なのです。だからきっと・・・」
「そうかもしれないが、心配は残る。マーリンはディーンに好意を持っている。婚約者であるアリアナに対し、良い思いを持っていないのは確実だ。そんな気持ちで上手く聖魔術を使えるだろうか?」
途端、リリーの顔がスッと青ざめ彼女は黙り込んでしまった。何故か酷く動揺している様だった。どうしたんだろう?まるで、自分の事を責められたみたいよ?
「エメラインに関しても同じだ。精神魔術は解かれたが、アリアナを害する気持ちが無くなった保証は無い。今の状態のアリアナの所へ連れてくるのは危険だ」
どうやらこの中で、トラヴィス殿下が一番冷静そうね。
さてどうしようか?と私は腕を組みなおす。この場を抜けるタイミングを見つけないと。それで、早くこの事を伝えに行かなくっちゃ。
(まさか先生にあんな能力があったとわねぇ)
きっとトラヴィス殿下でさえ想像できなかったでしょうね。
(魔術の合わせ技なんてアイデアが出てくると思わなかったわ。ふっふっふ、おかげで上手くいきそうじゃない?)
これはきっと、あの人の役に立つわ!
私は口の端に笑みが浮かぶのを、必死で押し殺した。