今日で終わらせる想い
≪ライナス・イーサン・ベルフォート≫
「き、きゃーあ!イーサン様、素敵!カッコいい!会いたかったぁぁぁ!」
一息にそう叫んだ後で、周りの「えっ?」と言う声に我に返った。
(や、やばいわ・・・これは、やってしまった・・・)
慌てて口を押えたけど、もう後の祭りよ。皆の戸惑ったような、そして疑うような視線が私を容赦なく貫いたわ。一体どうしたら!?
(あー・・・うん・・・これはもう・・・)
無かった事にしよう。
水をうったような静寂の中、私は何事も無かったように顔面を整えたわ。
◇◇◇
「あ~あ、疲れた」
エメラインのアリアナ襲撃事件の後始末が終えたら、辺りはすっかり暗くなってしまった。寮の自室に戻った時はもう、心身共にくたびれ果てていたわよ。
「ふう・・・」
ソファに身体を沈めてから、ゆっくり息を吐く。
(今日は色々あり過ぎたわ・・・)
このまま眠ってしまいたいくらいだけど、やる事は山ほどある。だって私は皇太子なんだもん。
夕食を軽く済ませた後シャワーを浴びて、書類を持ってベッドに腰かける。だけど、昼間の事が頭にチラついて集中できない。私は諦めて書類を放りだし、ベッドに転がった。
ライナス・イーサン・ベルフォート――――乙女ゲーム『アンファエルンの光の聖女』の隠し攻略者。強大な闇の魔力を持つ、世界最強の魔術師。
ゲームの公式サイトに書かれていたイーサン様のプロフィールはたったこれだけ。
しかもこれはゲームが発売されて1年も経ってからの記載なのよ。
(ゲーム発売当時は、隠し攻略者がいる事を匂わせてはいたけど、出現条件も人物像も完全に秘匿されていたのよねぇ)
前世の私は死に物狂いでゲームをやり込んだ結果、見事イーサン様攻略ルートに辿り着き、幻かと言われていた第3部へと進む事が出来たわ。なのにそのハッピーエンドは見た事が無い。見ないまま前世が終わってしまったのよ・・・。
(もしかしたらその無念が、この世界への転生に繋がったのかもしれないわねぇ・・・でも)
「ヒロインとイーサン様が結ばれると言う、ハッピーエンドは存在したはずよ!」
イーサン様攻略ルートはとにかく難しかったわ。選択肢はこれでもかっていうくらい無数にあったし、少しでも間違うと直ぐにバッドエンドに繋がってしまう。
難関と言われていたクリフやトラヴィスの攻略が、易しく思える程だったわ。何せヒロインがイーサン様に出会うには、まず他の攻略者達を全てクリアしなくてはいけないんだから。
「そんなの、この世界じゃ無理よね?ゲームみたいに始めからやり直す訳にいかないんだから」
なのに、ヒロイン・リリーとイーサン様は既に出会ってしまってる。アリアナが誘拐された時に顔を合わせたと聞いたわ。
だけどこれは、イーサン様攻略ルートに入ったと言えるのかしら?
「ゲームではイーサン様攻略ルートに入れたとしても、最初の頃はヒロインに冷たかったし、残酷な所もあったわよね」
そういう所が、私にはツボだったんだけど。
でも選択肢を選んでいくうちに、次第にヒロインに打ち解けてくる。ヒロインの明るさや、優しい心に惹かれて行くわけよ。
段々と普通の少年の様に彼女をからかったり、悪戯したり、心の内を話したり。そしてヒロインの窮地には、さっそうと助けに来ちゃったりなんかして・・・
(げ・・・)
もうね、頭を抱えるしか無いわよ!
「アリアナぁ・・・」
何て事よ!昼間のアリアナとイーサン様のやり取りときたら、まさにゲームでのヒロインとイーサン様のそれじゃないのよぉ!?
「まぁ、そうじゃないかとは思ってはいたけど!?・・・でも、実際この目で見るとさぁ、やっぱショックよねえ・・・」
やはりこの世界はリリーでは無く、アリアナをヒロインに選んだって事?そんなのってありえる?だって悪役令嬢アリアナは、本来なら1部で消えるただのモブなのよ?
「あの子は一体何者なのよ・・・」
私と同じように、違う世界の記憶を持つ少女。もしかしてこの世界のストーリーの行く末は、あの子にかかってるんじゃないのかしら?
(目眩がしそうだわ・・・)
私は頭を軽く振って目を閉じた。ベッドに寝ころんだまま昼間の事を思い出す。自分には珍しい大失態をしてしまった事を・・・。
(今までは、前世の口調が勝手に飛び出す事なんて無かったのになぁ・・・)
普段は意識しなくても、トラヴィスと前世を切り替える事が出来きていた。アリアナと話す時は前世の喋り方で、それ以外は皇太子トラヴィスの口調と言う風にね。それにアリアナと出会うまでは、前世の事は心の中で呟くぐらいだったわ。
多分無意識に、自然とコントロール出来ていたのよ。それなのに、初めて見る生イーサンの威力は、私の理性をも崩してしまったみたい。
(だって、最推しの人にリアルで会えたんだもん。そりゃ、気分も高ぶって叫びたくなるわよ!)
思ってた以上に前世の私は、ライナス・イーサン・ベルフォートに本気だったようだ。
(自分の理想のタイプのどストライクだったんだもん・・・)
甘く可愛さの残るベビーフェイスの癖に、辛辣なモノ言い。行動の全てが俺様で自分中心。いつも馬鹿にしたような笑みを浮かべているけど、どこか影を背負おう彼の過去はベールに包まれている。さらに世界最強の闇の魔術の使い手。
漆黒の髪にダークグリーンの瞳も、好みのど真ん中だったわ。
(攻略半ばで断念せざるを得なかった事も、尾を引いてるのかしら?ふふ・・・ただのゲームの登場人物に過ぎなかったというのにね。・・・でも、今の私はこの皇国の皇太子トラヴィスよ)
前世と今世、もちろん重要なのは今世一択!前世に引っ張られる事はあっても、引きずられる事は無い・・・だから。
「イーサン様と呼ぶのは今日で終わり!今後の事を考える」
勢いを付けて、ベッドから身体を起こした。
エメラインとの婚約が無くなった以上、新しい妃候補は必要。そして私はアリアナこそ、この皇国の皇太子妃に相応しいと思っているのだけど、
「さて・・・」
もし自分が、前世を思い出していないトラヴィスのままだったら、こんな風に考えただろうか?
・・・うん、間違いなくそう考えただろう。彼女は得難い資質を持っている。
「それに、何より、私が気に入っているからなぁ」
さて、そうなると問題は山積みだ。
ディーンはアリアナとの婚約を続けるだろうし、クリフだってまだ諦めていない。
そして一番の強敵はやっぱり
「イーサン」
まさか自分とイーサンがライバルになるとは思わなかった。しかも悪役令嬢アリアナを巡ってなんて、想像を超えている。
おまけに当のアリアナは、周りの好意に全く気付いて無いときてる。
「くっく・・・」
こんなのもう、笑うしかないじゃないか?
「まずは明日、アリアナをとっちめてやらないと。衆人環視の中で、あろう事か皇太子が男色だと発表するなんて許せないからな」
さあて、何処までもイレギュラーなこの世界で、ヒロインが選ぶのは一体誰なのか。