小姑
バンッ！
景気の良い音が執務室に響き渡った。トラヴィスが机を両手で叩いた音である。
「ア・リ・ア・ナ～、あんた、良くもやってくれたわねぇ～！」
エメラインから襲撃の次の日、当然の様にトラヴィスの執務室に呼ばれた私は、今しっかりと、お叱りを受けている所だ。
私はぽりぽりと、頬を掻いた。
「いやいやいや、あれぐらいインパクト無いと、エメライン様を落ち着かせられないと思いまして・・・捕縛魔術がかかったままじゃあ、聖魔術もかけれませんしね、へへへ」
「へへへじゃないわよ！！だからって、恐れ多くもアンファエルン皇国の皇太子がゲイな上に、恋の相手が怪しげな闇の魔術師だなんて・・・イーサン様は素敵だけど・・・そんなストーリーが許されるわけないでしょ！？」
温厚かつ切れ者と噂の、完全無欠の皇太子らしからぬ剣幕で、トラヴィスは叫んだ。
（はい、まぁ、仰る通りでございます・・・）
昨日のエメラインの暴走は、結局、一軒のカフェの損壊と、数人の生徒が軽いけが（火傷が多かったらしい）で済んだ。これは不幸中の幸いだと言える。
それに中庭に居たほとんどの生徒達は、エメラインが攻撃を始めた時から逃げて避難していた。だから私がぶちかました『トラヴィス殿下の想い人についての暴露』を聞いたものは少なかったはず。
けれども人の口に戸は立てられないとはこの事で、どうやら学園中にトラヴィスは同性しか愛せないと言う噂が流れ始めているらしい。
「どうしてくれんのよ！？これじゃあエメラインと婚約破棄したのも、原因はそれだって思われかねないわよ！ただでさえ、次の皇太子妃探しは難航しそうなのに・・・。おまけに精神魔術にかけられてたエメラインのケアもしなくちゃいけないし、隣国との新しい和平交渉のネタも探さなきゃいけないし、いくら私が優秀だからってパンクしそうよ！」
トラヴィスは頭をブンブン振りながら両手で髪を掻きむしった。
（ほうほう、荒ぶるトラヴィスもヴィジュアルとして悪くないね）
ぜひ、スチルでも見てみたいもんだ。そんな事を思いながら、私は一つ咳払いをして、
「元はと言えば、エメラインの変化に気付けなかった殿下のミスです。それに私の暴露は、まるっきり嘘というわけでは無いでしょう？何せ、殿下は公衆の面前で《《推し》》への愛を抑えきれなかったぐらいなんですから。利用できるもんは利用しないと」
私の暴露が真実性を増したのは、直前のトラヴィスの『イーサン様、素敵！カッコいい！会いたかったぁぁぁ！』という雄たけびのおかげである。
（あれが無きゃ、私の言った事なんて、誰も信じなかったと思うんだよな）
トラヴィスは片手で額を押さえて天を仰ぎ、深いため息をついた。
「・・・あの時は、初めて見た生イーサン様に、前世の方が強く出ちゃって理性がぶっとんだのよ！・・・ああもう！先生方もあの場に大勢いたと言うのに・・・」
そうして私の方をキッと向き直ると、
「ここの所、あんたと長くお喋りしてたせいで、前世の意識が増してたのよ！ほんと失敗したわ。前も言ったと思うけど、今世の私はちゃんとトラヴィスなんですからね！」
念を押す様にそう言う。
（何でこんなにムキになってるんだろう？別に私には隠さなくて良いのに）
「へぇへぇ」
「分かって無いわね。普段の私はちゃんとトラヴィスで、恋愛相手はちゃんと女の子なの！」
「またまたぁ」
熱弁されても、そんな口調じゃ説得力に欠けるってもんだ。私がニタニタ笑うと、トラヴィスはぐったりと机に突っ伏した。
「ねーさんで居てあげようとは思ってたけど、この扱いは酷過ぎる・・・」
何かブツブツ言ってるけど、大丈夫かな？。トラヴィスねーさんは昨日の騒動の後も、後始末で忙しかったようだ。あまり休めていないのかもしれない。私は昨日の事を思い返す。
昨日、中庭でイーサンが消え去った後、しばらくは虚脱状態の私達だったが、あの時、真っ先に動き出したのはクラークだった。クラークは瞬間移動かと思うスピードで私の元に来ると、ハンカチを取り出して、イーサンにキスされた私のおでこをゴシゴシこすり始めたのだ。
「い、痛いです、お兄様！」
「早く洗わなくては！消毒もしないと！」
そう言って水魔術で私のおでこに水をかけ、再びハンカチで拭き始めた。おかげで制服がびしょ濡れになった。
クラークにおでこを拭かれながら周りを見ると、トラヴィスは警備兵達に命じて意識の無いエメラインを医務室に運ぶようにし、被害の状況を調べ始めていた。彼の元には学園長や、他の先生方も集まってきていた。
そんな中ふと視線を移すと、私はディーンと目が合った。彼が、「アリアナ」と言って、私の方へ駆け寄る様に、足を一歩前に踏み出した時だった。後ろから彼の腕を強く引っ張る者が居た。
「ディーン、大丈夫だった！？怪我は無い？」
「リン・・・！」
マーリンがディーンの腕を抱きかかえる様にして、しがみ付ついた。彼女はディーンの前に回り込んで私に背を向ける。まるでディーンの視界から私を隠そうとするように。
「怖かったわ！足が震えてしまって上手く歩けないの。お願い、寮まで送ってくれないかしら？」
「リン・・・申し訳ないが、私は殿下を手伝って後始末を・・・」
困った顔のディーンに、トラヴィスが面倒くさそうに溜息をついたのを覚えてる。
「ディーン、ここは大丈夫だ。送ってやると良い」
マーリンは身体を震わせながら、腕に抱きついたままディーンの胸に額を付けた。ディーンの顔に戸惑いの表情が浮かぶが、彼女を振りほどこうとはしない。
（ふーん、お互い呼び捨て＆愛称で呼び合う仲ですか。随分見せつけてくれるじゃない）
そんな風に思って、自分の皮肉な考え方に軽く落ち込んだ。
（やだな、私・・・。こんな小姑みたいだったっけ？別に良いじゃん、ゲームじゃ二人は恋人になってたんだからさ）
ゲームでの『リン』と言うニックネームは、元々はディーンがそう呼んでいたからなのだろうか。そう思い浮かぶと、なんだかモヤモヤした気分になり、ふとアリアナの事を思い出した。
