足りない分
マジで言ってるのだろうか?イーサンなら、本気でエメラインの命を奪ってしまいそうでゾッとした。
(いかんな・・・こいつを相手にするには、もっと慎重にしないと・・・)
気を引き締めながら、反論する。
「チビは余計だよ。・・・王女を殺したら隣国と戦争になるよ。そうなるとトラヴィス殿下も、戦いに身を置かなきゃいけなくなる。もっと危険だと思わない?」
イーサンと私は数秒、無言でにらみ合った。無表情に私を見つめるイーサンからの威圧感、殺気のような凄みを感じ背中がゾクリと震える。
(なるほど・・・魔力の圧は感じないけど、これは神経削られる)
重く、暗いオーラに冷や汗が止まらず、正直逃げたい気分だったが、
「そ、それにさ・・・」
声を出すと、喉が干上がったようにカラカラになっていたが、気力を振り絞る。
「ちょ、ちょっとでも良い事してさ。ら、来世の為に徳でも積んどいたら?」
内心びびってるせいで、舌が回らない・・・くそっ!
だけど、そう言った私にイーサンは驚いたように目を丸めた。
「・・・どうして・・・」
ぼそりと一言そう呟き、そして意外にも彼は先に目を逸らした。
(おっと・・・)
その途端、身体が前にふらついた。それだけ彼の視線の威力が強かったと言う事か。
イーサンはそんな私をチラリと見ながらエメラインに近寄ると、彼女の頭に手を近づけた。
しばらくすると、直接触れてはいないのに、エメラインが顔を歪め、苦痛から逃れる様に頭を振り始めた。構わずイーサンが手をかざし続けると、彼女の額にかかった彼の手の影が、突然意思を持った生き物のように蠢き始めた。その異様さに私達は息を飲む。
そしてエメラインの額でのたうつ様に動く影は、突然鎌首をもたげたかの如く浮き上がり、イーサンの手に噛みつく様に飛び掛かった。だが、イーサンはそれをいとも簡単にそのまま素手でつかみ取った。
「・・・ふん」
つまらなそうに彼はその手の中のモノを見る。まるで真っ黒い蛇のような小動物が、イーサンの手から逃れようと暴れている様に見えた。
(う、うえ~、気持ち悪っ)
何でか分かんないが、見ているだけで気分が悪くなってくる。醜悪で猥雑な何か。トラヴィスがイーサンの横へ近づいて、彼の手の中の物を確認する。
「それは・・・?」
流石のトラヴィスも、嫌悪の表情を隠せないようだ。
「悪意の塊だな。これがこの女に巣くってた精神魔術だ」
イーサンはそう言うと、何の感情も見せずその黒いモノを握りつぶした。それは、イーサンの手の中で溶ける様に地面に滴り落ち、そしてそのまま何も無かったように消えていった。
「ま、魔術が消えたの?」
「ああ」
「そっか・・・助かった。ありがと!」
ホッとして息を吐きながらそう言った私に、イーサンは振り帰り、真正面から私を見た。
「神様にでもなったつもりか・・・と、以前にも言われた事がある。」
「ん、そうなの?」
(だったらその時にちゃんと直しなさいな。その性格)
「そいつはこうも言った。来世の為に善い行いをしろと・・・」
(おっ、やっぱり同じ事思う人がいたんだ。イーサンの性格は色々問題多しだからねぇ)
納得して頷いている私に、イーサンは近づいてくる。
「生まれ変わったらか・・・」
「ん?何?」
呟いた声は小さすぎて聞こえなかった。でもなんだか辛そうな声だったから、怪訝に思って彼を見上げた。そんな私を見下ろすイーサンの目が、泣き出しそうなくらい切なげで・・・。そんな彼を見たことが無かったから、私は少し油断してしまったのだ。
イーサンは突然、両手を広げてガバッと私に抱きついてきた。
「ぐえっ!」
「おいっ!」
「貴様っ!何をする!」
「イ、イーサン様!?」
セリフは順に、私、ディーン、クラーク、トラヴィスである。
だけど私以外の3人は、どうやら身体が動かない様だ。イーサンが何かしたのか!?
「ちょ、ちょっと離してよ!あんた、何のつもりよ!?」
暴れて離れようとする私をものともせず、いつものニヤニヤ笑いを浮かべると、
「いいか、アリアナ。今回の事は『貸し』だ」
「げっ・・・馬鹿!そんなのコレでチャラだよ!」
「あっはは・・・」
ひとしきり普通の少年の顔で笑ってから、
「じゃあ、足りない分を貰う」
そっと私の頭の後ろに手を添えると、私のおでこに口づけをしたのだ。
(う、うぎゃ~~~~~~~!!!)
たっぷり3秒。
トラヴィスねーさんの目が魚の様にまん丸く見開き、私を見てる。怖い・・・
私は腕を振り上げた。
「こ、このエロガキが~!」
思いっきり殴ってやろうとしたが、イーサンは素早く身を離し、私の拳は空しく空を泳ぐ。
「またな、アリアナ。せいぜい皇太子を守ってやるんだな」
そう言って口の端で笑い、空気に溶ける様に、あっという間に消えてしまった。
唖然とはこの事だ。
(おい!?)
そして後に残されたのは・・・
焼け焦げて半壊したカフェ
未だイーサンの魔力圧とやらで死屍累々と倒れてる者達
ぐったりと白目をむいて失神しているエメライン
魔力切れで起き上がれないクリフ(やたらと艶めかしい)
青い顔で、魂が抜けた様なディーンとクラーク、
笑みを浮かべているのに、殺意の籠った眼差しを私に向けるトラヴィス・・・
いったいこれをどう処理しろと!?
(あ・・・いっそ気絶したいかも・・・)
雲一つない真っ青な空に、からかう様に小鳥が飛び立っていった。