バッドエンド
「トラヴィス様、なぜお止めになるのです?この女は私とあなたの仲を邪魔する者なのですよ」
「エメライン・・・最初会った時から、私の心には君はいない。それは君も分かっていただろう?」
(ん?・・・えええっ!?)
二人のこの短いやり取りを聞いて、私は思いっきりズッコケた。
(待て、待てい!これってトラヴィスもゲームと同じセリフ言ってんじゃん!もしかしてねーさん、ゲームと同じシーンを楽しんでんじゃないでしょうね!?)
トラヴィスの顔を見ると、若干、小鼻が膨らんでるように見える。どう言う事だ!?こっちは生命の危機だっていうのに!
そして二人の会話は続く。
「わたくしは、由緒あるセルナク国の王女。このような小娘に、負ける事などあってはならないのです」
(いやいや、エメライン!別に私、あんたを負かした事なんてないから!)
「エメライン。君は彼女に対し、罪を犯し続けた。これは許しがたい事だ。それに・・・それに、私にとって彼女は必要な人なのだ」
(ねーさん!!無理にゲームのセリフを言うんじゃないよ!あんたが必要なのは、裏の肖像画の為の仕事をする人でしょうが!?)
「お可哀そうなトラヴィス様・・・。すっかりあの女に騙されて・・・。少しばかりお待ちくださいねぇ。あの女を殺して、貴方様の目を醒まさせてあげましょう!」
エメラインが両手を振り上げたと同時に、さっきよりも大きい二つの火球が私に向かって飛んできた。
「ぎゃっ!」
(ねーさんのあほう!)
「くっ!」
クリフが私を庇う様に両手を広げた。
(駄目だぁ!このままじゃ、こんがり焼かれる!)
けれど炎は私の所まで飛んでくることはなく、エメラインとの中間の辺りで弾かれた。火球は空に向かって炎の柱を上げる様に消えていく。
「あ・・・」
炎のオレンジの光に照らされながら、私とクリフの前にディーンとクラークが立っていた。二人が私達を守ってくれたのだ。
「お兄様、それにディーン様も!」
私はへなへなと座り込んだ。
「アリアナ、大丈夫だったか!?可哀そうに!僕達が来たから、もう大丈夫だ!」
クラークは私の元に走り寄り、心配そうに頬に手を添えた。
(は、はは・・・もう駄目かと思いましたよ)
それに、まだ終わった訳では無い。エメラインは悔しそうに顔を歪めて私を睨みつけている。
「この、しぶとい女め!」
エメラインはそう叫ぶと再び手を振り上げた。けれど、その振り上げた手に向かって「バシッ」と言う音と共に大きな稲妻が走る。トラヴィスが魔術を彼女に向かって魔術を放ったのだ。
「あああっ!」
エメラインの悲鳴が響く。彼女は咄嗟にシールドを張ったようだが、それを突き抜けて彼女の身体を電撃が走り抜けた。エメラインはゆっくりと崩れる様に、座り込んだ。
「捕縛魔術をかける」
トラヴィスがそう言ってパシッと手を打ち鳴らすと、エメラインの身体がビクリと硬直して倒れた。魔術で彼女の身体を縛ったのだろう。エメラインは倒れたまま、動けないようだった。
赤い髪がまるで血の様に地面に広がっている。それを見るとなんだか胸が痛んだ。
(悪役令嬢・・・)
彼女だってこんな役、本当はやりたくなかっただろうに・・・
モブとは言え、私も同じ立場だった。なんとかすり抜けてきたとはいえ、彼女の姿に自分の姿が重なる様な気がして苦しくなる。
「クラーク、ディーン、手を貸せ。エメラインを拘引する」
「はい」
クラークは私に笑みを向けて、頭をポンっと撫でるように叩くと、ディーンと共にエメラインの方へ走って行く。その姿を見送っていると、
「ふう・・・」
私の横でクリフが、顔中に汗を浮かべて膝を付いた。
「だ、大丈夫ですか!?クリフ様!」
あのエメラインの攻撃を、私達を守って防ぎ続けたのだ。相当な負担だっただろう。
「あ、ああ。・・・もうちょっとシールドを訓練しておかなきゃいけないな。ディーンだったら、もっとちゃんと出来ただろうし・・・」
「何を言ってるんですか!凄かったですよ。命の恩人です!あの攻撃を防ぎきるなんて」
本当にそうだ。エメラインの攻撃力は半端じゃない。だってラスボス仕様の攻撃なのだから。
いつの間にか中庭から生徒達は避難し、先生方が集まって来ていた。そして端の方にモーガン先生が居るのを見つけて、ハッとする。バタバタ走り回っている他の先生達と違って、彼女は口の端に笑みを浮かべ、騒ぎを単に見物しているように見えた。
(・・・気に入らないな)
今回のエメラインの騒動は、ある意味シナリオ通りだと言える。断罪され、婚約破棄されたエメラインが、トラヴィスと恋仲になったヒロインを攻撃するのだ。
けれど私はヒロインでも無いし、トラヴィスの恋人でも無い。エメラインがここまでの暴挙に出るにはあまりにも・・・
(もしかしたらモーガン先生の精神魔術・・・)
エメラインの今回の行動は、精神魔術に操られたノエルやマーリンに似てはしないだろうか?自分の中に秘めた思いや考えを増幅させ、極端な行動を起こさせるサグレメッサ・モーガンの精神魔術。
通常なら魔力量の多いエメラインに、モーガン先生が精神魔術をかける事は出来ないはず。でも、もしそれが可能なら・・・?
(もしモーガン先生がエメラインの精神に関与したのなら、今回の暴挙の事も腑に落ちる)
そう考えてもう一度モーガン先生の方へ目を向けたが、いつの間にか彼女は居なくなっていた。校舎の方へ戻ったのだろうか?他の先生方は、最初のエメラインの攻撃で怪我をした生徒達を医務室に運んだり、被害の状況を確認しているというのに。それほどにエメラインの魔法は凄まじかったから。
まだ心臓がドキドキしている。でももう終わったのだ。
(そう・・・終わった。エメラインの事は解決したのだ。・・・解決したというのに、どうしてまだこんなにも心臓がドキドキしているんだろう・・・?)
ディーンとクラークに両腕を掴まれ、立ち上がったエメラインは、スッとトラヴィスの方に目線を向けた。緋色の髪が揺れる。
「トラヴィス様・・・。浅ましい女と笑って下さいまし。わたくしは、心優しい女ではございませんでしたが、貴方様の事は心からお慕いしておりましたわ・・・」
エメラインのそのセリフを聞いて、私の喉がヒュッと鳴った。
(知っているぞ、このセリフ!そしてその続きも・・・)
トラヴィスの顔色も変わった。
「貴方様の事はあきらめましょう・・・でも、あの女だけは許しませぬっ!」
「ぐっ!」
トラヴィスが弾かれる様に後ろに倒れた。捕縛魔術が無理やり解かれたのだ!そしてエメラインの腕を掴んでいたクラークとディーンも、彼女の魔力によって振りほどかれ、数メートルも後ろに吹っ飛ばされた。
「うわっ!」
「うっ!」
エメラインの憎しみの籠った目が真っすぐ私の目を射抜く。そして彼女はニヤリと笑うと、私に向かって手を振り上げた。
(こ、これってやっぱり、ヒロインが死ぬ時のバッドエンドと同じ!?)
トラヴィス・ルートの最悪エンドである。エメラインの手から放たれた火球は、ヒロインの胸を貫き、ヒロインはトラヴィスの腕に抱かれながら目を閉じる。チャ~ララ~と悲し気なエンディングミュージックが流れ、エンドマークが表示される。
「じょ、冗談じゃないよ!」
パニックの私の前に、クリフが両手を広げた。ヘロヘロなのに、まだ私を庇おうと言うのだ。
「だ、駄目!」
ここからは、考えるより先に身体が動いた。私は渾身の力でクリフを突き飛ばした。いつものクリフなら無理だったろうけど、ヘロヘロのクリフなら、私の力でも何とかなり、エメラインの火球はもう私の目の前にあった。
(や、やば・・・)
「アリアナ!」
「アリアナ様っ!」
ディーンとリリーの声が聞こえた。
(ああ、バッドエンド)
こういう時ってスローモーションになるって、本当だったんだな。私は自分に近づいてくる燃え盛る炎の球を、ただただ見つめていた。