襲撃の炎
「キャーッ!」「うわぁっ!」と言う叫び声が辺りに響き渡る。
(な、何?何が起きたの!?)
一瞬、私達が透明なドームの中に居て、その周りが炎に囲まれたように見えた。そして、その炎が消えると周囲は大変な事になっていた。
私達のいるテーブルを中心に5メートルくらいの円の中は、何事も無かったように綺麗なのに、その外側はまるで爆発に巻き込まれた様に焼け焦げ、吹き飛ばされている。
ミリアに抱きつかれたまま振り向くと、クリフが両手を広げて私達をかばうよう様に立っていた。
(さっきのドームって、もしかしてクリフのシールド?)
見ると、壊れた椅子やテーブルの間に、数人の生徒が倒れてうめき声をあげていた。もしかして、ガス爆発でも起きたのだろうか!?
「た、大変!」
助けようと、倒れている人に駆け寄ろうしたところ、「駄目です、アリアナ様!」と、ミリアが私を押し倒すように、覆いかぶさってきた。
ダガンッ!!
再び鼓膜が破れそうなほどの破裂音がしたと思うと、シールドで守られた外側を、炎が舐める様に走っていく。
(う、嘘!また爆発!?・・・倒れてた人達は?)
最悪の状態が目に浮かんだ。けれど炎と煙が消え去ると、驚きの光景がそこにあった。シールドの周りに大きな土壁の様なものが立ち並んでいたのだ。
「な、何これ!?」
目を丸くしている私に、
「土魔法で炎を遮蔽しました。倒れてた方達も多分大丈夫かと思います」
私を起こしてくれながら、ミリアがそう言った。彼女の額から汗がポタリと落ちた。
「何ていう事でしょう・・・まさかこんな事をするなんて」
レティシアが椅子の陰で震えている。
「ここまで頭が悪いとは思わなかったわ」
軽口を言ってる風で、ジョージアの顔も真っ青だ。
(とういう事は、まさか・・・!)
私達の前に作られた土壁の一つが、爆発音と共にバラバラに砕け散った。その破片がクリフのシールドに当たって、白い光を散らす。
そして土ぼこりの向こうには、嵐の様な激しい風に赤い髪を乱しながら、エメライン王女が立っていた。彼女の顔は無表情なのに、目は怒りに燃え上がっている。正直、私はその目を見ただけで腰が抜けそうになった。
(こ、怖っ・・・)
エメラインは私達の方へゆっくり近づきながら、手の平を上に向ける。その手の上にテニスボールくらいの大きさの火の塊が現れた。だけど、その火は見ているうちにどんどん大きくなり、やがてエメラインの頭上で1メートルぐらいの大きな炎の球になる。
(ま、マジか!?あれをぶつけようって言うの!?)
エメラインの燃える双眸は、貫くが如く真っすぐに私を見ていた。
「お前の様な小娘に、あのお方を奪われようとは・・・。許さない」
エメラインは低い声でそうつぶやくと、ゆらりと手を振った。燃える火球が、猛烈な勢いで私達に向かって襲い掛かってくる。
「うわっ!」
どうしょうも無く私は、頭を抱えてしゃがみ込んだ。もちろん、こんな事で防げるなんて思って無い。
再び地割れの様な爆発音と共に、クリフの作ったシールドに炎がぶつかる音がした。
「エメライン様!お静まり下さいっ!」
ミリアの声に顔を上げると、エメラインを囲むように土壁が地面から隆起した。
「わ、私も!」
レティシアがそう言うと、エメラインの周りの土壁が氷で固められた。
「エメライン様!お覚悟!」
ジョージアが飛び出し、右手を振りかざした。すると、空中に大きな稲妻が走り、エメラインの閉じ込められている土壁に衝撃音と共に落ちた。しかし・・・
(駄目だ。多分無理だよ!)
この世界では、魔力的においてはエメラインは超チートである。設定ではトラヴィスの次ぐらいに強かったはずなのだ。ミリア達が強いのも知っているが、エメラインとは比較にはならない。
そもそも、乙女ゲーム『アンファエルンの光の聖女』のストーリーでは、ミリア、レティシア、ジョージアはエメラインの取り巻きだ。2部のクライマックスではエメライン(ラスボス)と共に攻撃してくる中ボス的な立ち位置だった。それが、なんの因果かも私と友達になった為に、エメライン対立する事になっちゃったけど、ゲーム設定では実力の差は歴然だったはず。
「ああっ」
「きゃあ!」
ミリアとレティシアが声をあげた。
思った通り、エメラインの周りの土壁は見るも無残に吹き飛ばされ、そこには全く無傷のエメラインが立っていた。そして彼女は再び、まるでピアノを奏でるかの様に両手をふり上げると、ミリア達3人に向かって炎が襲い掛かってきた。
「いやぁ!」
「きゃあ!」
間一髪で、クリフのシールドが3人を守る。でもクリフの額から流れる汗の量が尋常じゃない。さっきから一言も喋らないし、シールドを張るのにかなり無理をしているんじゃないだろうか?
(こ、これはヤバいんじゃない!?)
さっき言ったエメラインのセリフには、聞き覚えがあった。
―――お前の様な小娘に、あのお方を奪われようとは・・・許さない。
(なな、何で今、このセリフが・・・・!?)
しっかりと覚えてる。これはトラヴィス攻略ルートでエメラインを断罪した時に、エメラインがヒロインに向かって言ったセリフなのだ。
この後、エメラインはヒロインのリリーを憎むあまりラスボス化して、能力値が普段よりも跳ね上がる。通常ならトラヴィスの方が強いのだけど、この時はヒロインと力を合わせてやっと倒すことが出来るのだ。しかもヒロインとトラヴィスとの好感度がかなり上がっていないと、どちらかが殺されると言うバッドエンドも存在していたはず。
(もしエメラインの強さが、その時と同じになってるとしたら、敵うわけないぞ)
エメラインの両手に再び火球が浮かんだ。
「おどきなさい・・・。邪魔をするのなら、その女ともども殺してやる」
(ああああ、このセリフも一緒だぁ!)
やっぱり、ゲームの時と同じセリフを言ってる。万事休すじゃん!。
クリフは肩で息をしている。流れる汗が艶めかしい・・・なんて思ってる場合じゃない!このままじゃ、全員やられちゃう。いっそ私だけ、エメラインの前に飛び出ようか?と思った時だった。
「やめろ!エメライン」
まだ油断はできないものの、彼の声を聞いた途端、私は身体の力が抜けた。
(や、やった・・・やっと来てくれた!)
エメラインがゆっくりと振り返る。そして声の主であるトラヴィスの姿を見つけると、その横顔に笑みが広がった。




