新しい噂
鬱々した気分で教室に戻ると、ちょうど授業が終わった所だった。クラスメート達は、それぞれ仲の良いグループで昼食に向かおうとしている。
「あ、アリアナ様!」
ミリアが目ざとく私を見つけて、駆け寄ってきた。
「先生のご用事は終わったのですか?なかなか戻られないので心配しましたわ」
「お昼ご飯を食べ損ねちゃったら大変だもんね~」
ジョーが後ろから、ミリアの肩に両手をまわしながら、私に笑いかけた。レティシアとクリフも集まって来る。
「今日は良いお天気ですから、中庭のカフェに行きませんか?」
「良いね。席が無くなる前に早く行こう」
みんな、私が授業中に呼ばれた理由は聞いて来ない。
(あ~、ホッとする・・・)
多分、私が落ち込んでいるのを察してくれているのだろう。その上で何も聞かずに気遣ってくれているのが分かる。問題は山積みのままだけど、さっきまでのモヤモヤした気分が溶けていった。
「ええ、そうしましょう!え~っと、リリーとディーン様は・・・?」
私がそう言うと、微妙な表情でミリアは、教室の出口に方へ顔を向けた。
「二人は・・・」
そこにはリリーとディーンが、笑顔でマーリンと話している姿があった。
(あ~なるほど・・・)
少し前に私は、皆にマーリンと仲良くしてくれる様に頼んだ事があった。
それでミリア達も、渋々マーリンに何度も話しかけた事があったのだが、彼女はリリーとディーン以外の人には心を開こうとしなかったのだ。
マーリンが大嫌いな『アリアナ』の友達なのだから、警戒されるのは当たり前かもしれない。人の懐に入り込むのが大得意な、あのパーシヴァルですらマーリンには通用しなかったのだから・・・。
(でも、ディーンとリリーとは普通に話すんだよなぁ)
ディーンはマーリンの昔からの幼馴染で、多分初恋の人だ。リリーに関しては、ゲームでは親友ポジションだったのだから、その辺が影響しているのかもしれない。
だから結局、ディーンとリリーの二人だけがマーリンのそばに居る。他のクラスメート含め、その他の人がマーリンに近寄った所で、塩対応をされるのが落ちなのだ。やっぱり初日の騒動の時、誰も味方をしてくれなかった事が尾を引いてるのだろうか?
ぼんやり談笑する3人を眺めていたら、マーリンと話していたディーンがふと顔を上げ、私と目が合う。その瞬間、彼は顔を赤らめると、恥ずかしそうに視線を逸らした。
(な、何なのさ、その反応は!?)
イケメンが乙女の様に恥じらうのは、ぞくぞくするではないか!
(きっと、さっきの執務室での事を思い出したんだね?トラヴィスに揶揄われた事が、相当尾がをひいてそうだなぁ)
でもまぁ、人の事は言えない。トラヴィスの手の平の上で転がされるのは、私の方が多いのだから・・・。
昼食の場所が決まったのだろうか、マーリンとディーンは教室を出て行き、リリーも後に続いたが、なんとリリーは出口で私に向かって、微笑みながら手を振ってくれるではないか!
(あああ・・・ヒロインが尊い!)
締まりのない顔でブンブン手を振り返していると、クリフが私の肩をポンっと叩いた。
「さぁ、俺達も早く行こう」
「そうですね。お昼休みは短いですし・・・って!」
私はクリフの後ろにパーシヴァルが付いてきているのを見て、ギョッとした。
「え?パーシヴァル殿下、何でここに!?」
私が驚いたのは、彼がディーンと別行動をしていたからだ。
パーシヴァルがディーンと一緒にいないのは珍しい。私達と居る時も、マーリンと居る時も、他の誰かといる時だって、必ずパーシヴァルはディーンの傍にいたのに・・・。
「今日は君達と一緒に食事に行こうと思う。悪い?」
拗ねたような物言いが、彼には珍しい。
「別に悪くは無いですが・・・良いのですか?ディーン様にくっついてなくて」
「・・・あの女といるディーンは見たくない」
(え・・・?)
ボソッと私にだけ聞こえる小さな声でそう言うと、パーシヴァルは「さぁ、昼御飯だ!」と、いつもの人好きする笑顔を浮かべて、クリフと肩を組んで歩き始めた。
◇◇◇
「実はまた、色々と無責任な噂がたっていまして・・・。」
カフェでのランチの後、そのままお茶を飲み始めた時に、ミリアが言いにくそうに口を開いた。
「くだらない内容で、不愉快にさせてしまうと思うのですが、きっとそのうちアリアナ様のお耳にも入って来ると思いますし・・・。問題にもなりそうなのでお知らせしておきます」
「今度はどういうパターン?」
「皆様、本当に暇ですわね~」
ジョーはアイスを口に放り込みつつ、そしてレテイも呆れたように溜息をつきながらそう言った。
私も自分絡みの噂は、今までも色々流れていたから、今更どう言われてもなぁという感はある。
(でもジョーとレティが知らないって事は、最新の噂って事か)
ミリアはどういうツテがあるのか、顔が広く、かなりの情報通なのだ。
「ミリア、教えてくれる?内容によっては、対処しなくちゃいけないから」
「はい、まず一つ目なんですが・・・ディーン様とマーリンが恋仲であるというものです。これは最近休み時間を一緒に過ごされる事が多いので、仕方ないかとも思うのですが・・・」
やっぱ、そうなるか。
(想定内だな。あんだけマーリンがディーンと一緒にいれば、そんな噂も立つよねぇ)
だけど、ジョージアが首を傾げた。
「ランチはリリーも一緒に行ってるじゃない?どうしてディーン様とマーリンだけ噂になるわけ?」
するとミリアは苦々しそうに顔をしかめた。
「マーリンの態度があからさまなのよ!まるでディーン様の恋人のように振舞ってるらしいわ。それを許してるディーン様もディーン様ですけどね!見かねて、たまにリリーがたしなめているそうよ。アリアナ様!これは、性急に対処された方が良いですわっ!」
「えっ、別に良いですけど、放っておいても」
「ええっ!?」
あっさりと言った私に、全員が驚きの顔を向けた。だけど、プンスカ怒っているミリアには悪いが、本当にそう思うのだ。
「マーリンさんはディーン様と幼馴染らしいですし、私がいなければ、二人が婚約していてもおかしくなかったとか?だから二人がそうしたいなら、それで良いんじゃないかと・・・」
そこまで言って思い出した。
(いんや、駄目だった!とりあえず、ディーンとの婚約は継続しておかなくちゃいけないんだったっけ。・・・くっそー、色々身動き取れない上に面倒くさい!トラヴィスの事が無ければ、ディーンとマーリンを祝福しながら、綺麗に婚約解消出来るって言うのに)
私が途中で黙り込んだのをどう解釈したのか、レティが心配そうな顔で私の手を握る。
「ア、アリアナ様!ディーン様が本当にお好きなのは、もちろん婚約者であるアリアナ様ですわ。マーリンが勝手にディーン様の優しさに、つけ込んでるだけですからね」
「えっ?あ、うん。・・・あ、ありがと」
どう返したらいいか分からず、とりあえず礼を言う。それにしても、みんな、すっかりマーリンの事を呼び捨てにしてる。今までのマーリンの態度に腹が立ってるのだろう。
「・・・レティシア嬢の言う通りだ」
突然、食事中ほとんど黙っていたパーシヴァルが、彼にしては棘のある口調でそう言った。
「ほんとに鬱陶しい女だよ・・・。ディーンはアイツが独りぼっちなのに同情しているだけなのに、何かって言うと『何々した事を覚えてる?』とか、『一緒に何々したわよね』だの、昔の話を持ち出しては、ディーンの気を引こうとするんだ。ディーンと幼馴染なのは、奴だけじゃ無いって言うのにさっ。僕だって昔からディーンと一緒にいたんだ!おまけにディーンにベタベタと触りやがって、まるで痴女だよ!」
パーシヴァルの剣幕に、全員、呆気に取られてしまった。よっぽど腹に据えかねていたのだろう、いつもの外面の良さが完全に消えてしまっている。マーリンの呼び方なんて、女→アイツ→奴、最後には痴女ときたもんだ。
「お、落ち着いてください。パーシヴァル殿下」
慌てて彼をなだめてみる。これ以上興奮すると、ディーンへのBLがバレてしまうぞ?
「マーリンさんのディーン様への態度は、もしかしたらモーガン先生の精神魔術の影響かもしれませんよ?リリーの話ではマーリンさんはまだ、モーガン先生と接触があるみたいですから」
例のモーガン先生主催の『淑女クラブ』もまだ続いている。密かに調査員が入っている筈だけど、なかなか尻尾がつかめない様だ。モーガン先生が闇の組織と繋がっているというイーサンからの情報も伝えてはいるのだが、調査が進展しているのかが分からない。モブ令嬢などには、詳しい情報は伝わってこないのだ。
(トラヴィスに聞いておけば良かったなぁ)
でも、あの狸ねーさんだって、はっきり教えてくれるかどうかは分からない。あの人はあけすけな様で、心の底は読み切れない所がある。
「リリーの聖魔術を使えば、精神魔術を浄化できるのですよね?」
レティがおずおずとそう問うと、ミリアは親指の爪を噛みながら答えた。
「今はモーガン先生を警戒させない為に、まだ聖魔術での浄化は行ってないそうよ。まずは証拠を掴まないといけないんだって聞いたわ。でもそれにしたって、何をぐずぐずしているのかしら!?このままじゃ、精神魔術の被害者が増えるだけだわ!」
(エメライン王女のゴタゴタで、隣国とも対応しなくちゃいけないから、皇国の省庁もてんやわんやなんだろうなぁ。トラヴィスも忙しそうだったし)
モーガン先生が闇の組織と繋がっていると分かった以上、調査は慎重に行わないといけない。きちんと黒幕までたどり着かないと、トカゲの尻尾切りで終わってしまう。
それに精神魔術の調査は難しい。調査員だって相手より魔力が低かったら、精神魔術の被害に遭いかねないのだから。
「ねぇねぇ、マーリンがまだ精神魔術下にあるとしたら、リリーとディーン様に危険は無いわけ?」
ジョーの言葉にドキッとする。
(・・・うかつ・・・気付いてなかった・・・)
なまじゲームの中での、マーリンと二人の関係を知っていたもんだから、その発想が浮かばなかった。
(確かにマーリンは、不自然な程リリーとディーン以外の人間と関わらない様にしている・・・。ディーンはともかく、リリーとは今年になってから出会ったはず。いくら同じ聖女候補で、ゲームではリリーとは親友だったとはいえ、極端すぎるか・・・)
それにゲームのマーリンは、明るくて誰とでも分け隔てなく友達になれる子だった。今の彼女にその面影は全く無い。それが何だか不気味で、私の中の不安が増していった、