皇太子妃は無理!
トラヴィスは尚も話を続ける。
「いーい!?ディーンとクリフはあんたにぞっこん。それに、あろう事かイーサン様まであんたを気に入ってるのよ!?」
彼は悔しそうな顔で右手を握った。その拳がぷるぷると震えている。
(ちょっと!どうしてそこで、皇太子が悔しがるのさ?おかしいでしょ!?それに、そんな馬鹿な事、あるわけないでしょうが!)
私は慌てて反論する。
「あ、あのですね、ディーンとクリフは友達ですし、それにディーンにはマーリンが・・・。イーサンなんて、単に私に嫌がらせしてるだけですよ。いっつも、私の気に障る事ばっか言って・・・」
「だまらっしゃいっ!」
厳しい声でビシッと言われて、私は思わず背筋を伸ばした。トラヴィスは眉間を親指と人差し指で挟んで、首を振る。
「鈍いのもここまで来ると、さすがに病的よ。ディーン達が気の毒になってくるわ。・・・良く聞きなさい!ゲームではイーサン様のルートに入った場合、イーサン様はヒロイン以外の人の前にはめったに表れないの。なのに、あんたの前には2回も、向こうから会いに来てるのよ!完全にあんたはルートに入ってるのよ!それに、クリフが嫌がってた生徒会に入ったのは、誰の為だと思ってんの?あんたが私の秘書になったからでしょ!?・・・だけど、何と言っても一番可哀そうなのはディーンよ・・・。いい加減、ディーンに他の女を当てがおうとするのはやめなさい!」
「べべ、別に当てがおうとか思ったわけじゃ・・・だってディーンはヒロインと結ばれない場合、いつもマーリンと恋人になってたじゃないですか・・・」
「この世界では、今でもあんたの婚約者よ。ゲームでは婚約破棄していたけど、ここでは違うの!言っとくけど、ディーンは自分からは、絶対に婚約破棄を言い出さないわよ」
「えっ!?・・・じゃあ、やっぱり私から、そろそろ切り出した方が良いですかねぇ?ロリコン避けに使うのも申し訳なくて・・・。このままじゃ、ディーンの青春を奪ってるんじゃないかと・・・」
トラヴィスは今度は頭を抱えて、うずくまった。
「・・・いい加減、こっちが病気になりそうだわ」
そして突然、すくっと立ち上がると、私に向かってずんずん歩いてきた。
(おおお、今度は何!?)
つられて私は、後ずさったが、気が付いたら壁際に追いつめられていた。
「ななな、何ですか・・・殿下?」
バンッ!
壁が音を立てるくらいの勢いで、トラヴィスは私の顔の横に手を付く。そして、すくんだ私を上から真っすぐ見下ろした。
(こ、これは!絵に描いたような壁ドン)
見上げたトラヴィスの顔に、黄金の髪が揺れ、トパーズ色の瞳に射すくめられる・・・
「カッコいいーっ!とか思ってんじゃ無いでしょうね?」
ギクッ!
(こ、心の中を読まれてる!)
「あんたの考えそうなことくらい、お見通しよ。そのくせ恋愛感情には全く発展しないって、どういう精神構造してんのよ?」
半目で睨まれて、私はゆるゆると視線を逸らした。
「そ、そんな・・・『カッコいい』と思う度に、恋愛感情を抱いてたら、キリが無いと思いますけど・・・?」
そう言うと、トラヴィスは苦い顔で、自分の額を押さえた。
「あ~もう、いい加減にしなさいっ!この恋愛音痴の激ニブ女!・・・言っておくが、ディーンと婚約解消なんて考えない方が良い。後悔する事になるぞ」
(えっ?)
酷い言われようだが、後半は皇太子の口調で言われ、私は思わず反論を飲み込んでしまった。
「ど・・・どういう事でしょう?ディーンとの婚約解消は、殿下には関係ない事でしょう」
トラヴィスは私を見下ろしたまま、薄く笑った。
「大いにある。今回の事件で、私はエメラインとの婚約を解消する事となった。だから、また新たに伴侶を見つけなくてはいけない。家柄に、私の後ろ盾となりうる権力、そして王妃の資質の三拍子揃った令嬢をだ。一番、可能性があるのは誰だ?」
私の頭の横に肘をついて、耳元でささやくように言われ、さーっと血の気が引いた。
(う、嘘だろ・・・?)
「そ、揃ってるのは、家柄と権力の二つだけです・・・。」
「私は、君には資質も備わっていると思っている。容姿だって申し分ない。頭も良い。加えて、君の前なら私は取り繕わずに、素のままの自分で居られる。こんな好条件の令嬢は他に居ないと思わないか?」
笑みを浮かべて私を見下ろすトラヴィスは壮絶に格好良かったが、そんな呑気な事を考えられないくらい、私は焦った。
(い、いやいやいや、待ってくれ、ねーさん!まさか本気じゃ無いよね!?)
冷や汗が止まらない。
だけど良く考えてみると、トラヴィスがフリーになった場合、家格、年齢、その他もろもろ条件が合うのは確かに『アリアナ』だ。
(じょ、冗談じゃない!皇太子妃なんてムリムリムリ!私はロリコン回避して平和に暮らしたいだけなんだよ!)
「ごごご、ご冗談を・・・あはは。やだなぁ、殿下。か、からかわないでくださいよ」
「からかう?私は、至極真面目に言ってるのだが?」
「ちょ、ちょっと!なんで顔を近づけて来るんですか!?!」
「君はイケメンが大好きだろう?」
「イ、イケメンは、程よい距離で眺めるのが良いんです」
「ふ~ん・・・でも、たまには触れてみるのも悪くないんじゃないか?」
(ぎゃ、ぎゃー!)
どんどん顔を近づけて来るトラヴィスに、私はほぼパニック状態で、
「ね、ねーさん!いい加減にしてください!」
両腕で顔を庇いながら、しゃがみ込むように下に逃げる。そして、あたふたと這い出す様に、トラヴィスの壁ドンから抜け出すと、後ろでクスクス笑う声が聞こえてきた。
(な、何なのさ!?)
四つん這いのまま、振り向くと、髪をかき上げながら笑うトラヴィスは、いつものアラサーねーさんに戻っていた。
「くっくっく・・・ほんと、お子様・・・OK。あんたの為に、しばらく私は、ねーさんで居てあげるわよ。でも気を付けなさい。自分がどういう立場にいるのか、ちゃんと理解しなさいよ?」
「や、やっぱり、からかってたんですね!?」
涙目で睨む私に、呆れたように溜息をついたトラヴィスは、自分の机に戻って座った。そして、私にも座るように椅子を指す。
「至極真面目に話してるって言ったでしょ?要は私とあんたがフリーになったら、周りが放っておかないって事よ。それを忘れないで。アリアナのお父さんだって、グスタフよりも私が相手の方が、メリットあるって考えるわよ?」
「う・・・た、確かに・・・」
コールリッジ家にとっては、その方が絶対に都合が良い。
(ま、まずい・・・。このままじゃ、ずーっとディーンと婚約解消できないんじゃ・・・)
ドッと疲れている私に向かって、トラヴィスはウィンクしながら神々しいまでの笑みを放つ。
「理解出来たのなら、授業に戻りなさい。護衛を付けてあげるから。ああ、それから裏の肖像画の仕事に、新しい案を思いついたのよ!うふっ、また放課後に話しましょっ」
語尾にハートマークが付いてそうだ。
そしてひらひらと手を振ると、引き出しから書類を出して読み始める。もう私の方なんて見もしない。
「・・・失礼します」
執務室から出た途端、私は扉にもたれたまま、ずるずると座り込んで頭を抱えた。
(私がヒロイン?トラヴィスと結婚!?何を言ってんのさ!そんな事ありえないから!)
ロリコンと結婚するのも嫌だけど、皇太子妃なんてもっともっと無理だ!どうしてこうなる?私は平和に暮らしたいだけなのに!
あんまりな展開に、しばらくその場から立ち上がれなかった。