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モブ系悪役令嬢は人助けに忙しい  作者: 優摘
第六章 悪役令嬢は利用されたくない
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ズルい!!

 それは、薬草学の授業中の時だった。


 「アリアナさん、急ぎの用件があるそうです。こちらへ」


 「は、はい」


 エライシャ先生に呼び出され、私は薬草学の先生にぺこりと会釈して、教室から廊下に出た。クラスメイト達の目線が私に集中する。授業中に呼び出される事など、あまりない。よっぽどの事が起きたのだろうかと、私は少し緊張した。


 「先生、急用とはなんでしょう?」


 エライシャ先生は声をひそめながら「付いて来なさい」とだけ言った。


 そして着いたのは何故か生徒会室。エライシャ先生は扉の前で私を振り向くと、


 「皇太子殿下が火急の用との事です。授業中なので、私は反対したのですが、どうしてもアリアナさんと、今すぐ話さなくてはいけない大事な事があるそうです」


 と真剣な口調でそう言った。エライシャ先生も、今の皇国がどういう状態であるか分かっているのかもしれない。


 「分かりました」


 私はエライシャ先生に頭を下げて、生徒会室に入る。そしてトラヴィスの執務室のドアをノックした。


 「失礼します」


 ドアを開けると、トラヴィスは机の椅子に座って、厳しい顔で腕を組み、何も置かれていない机をただ睨んでいた。


 私は思わず唾を飲み込んだ。


 (やっぱりエメラインや隣国との事を、トラヴィスも心配しているんだ・・・)


 私のせいだ・・・なんとしても戦争だけは防がなくでは!


 「皇太子殿下。急用との事で参りました」


 私は扉のすぐ近くで、立ったままそう言った。


 トラヴィスの顔からは、いつものアラサーねーさんの表情は見られない。そりゃそうだろう。皇国の未来に関わる問題なのだから。


 (トラヴィスの、こんな真剣な顔、初めて見た・・・)


 私は思わず背筋を伸ばした。


 トラヴィスはなかなか口を開かない。目線を落としたまま、心なしか小刻みに震えている。もしかして私に対して怒っているのだろうか?


 (エメラインと、こじれるきっかけを作っちゃったしなぁ。でもトラヴィスが私にあそこまで構わなければ、彼女はあんな過激な事しなかったと思うんだけど・・・)


 とは言え、私が原因である事は間違いない。ここはまず、潔くしっかりと謝ろう。


 「あ、あの、殿下!この度のエメライン王女との騒動の件、申し訳ございませんでした!私が不注意だったせいで、ここまで大事になってしまって・・・本当にすみません!」


 そう言って、きっちり90度頭を下げる。だけど、しばらく経ってもトラヴィスは黙ったままだ。そこまで怒りは大きいのかと、私は恐る恐る顔を上げる。するとトラヴィスが俯いたまま、ゆっくりと口を開いた。


 「・・・どうしてよ・・・」


 「え・・・?」


 小さい声なので、良く聞こえない。私は耳をすませながら、心持ちトラヴィスの机に近付いた。


 「・・・だけ・・・どう言うわけ・・・信じられない・・・」


 いったい何をぶつぶつ言っているのだろう?


 良く聞こうと思って、トラヴィスに近付いた時だった。彼は伏せてた顔を急にガバッと上げると、大きな声で叫ぶように言った。


 「何でよ!?どうしてイーサン様は、あんたの所にばかり現れるわけ!?ズルい!」


 あまりの大声に耳がキーンとなる。両拳を振り上げて、こちらを見るトラヴィスの目が涙目でうるうるしていた。そして私は彼の言った意味が直ぐには理解出来ず、ぽかんと口を開けてしまった。


 「は・・・はぁ!?」


 訳も分からず聞き返す私に、トラヴィスは捲し立てた。


 「クラークから聞いたわよ!イーサン様が夜中にあんたの寝室に来たって!どう言う事なの!?よりによって『夜中』に、でもって『寝室』にぃ?ああああ・・・な、な、なんて、羨ましいのよぉ!私なんて転生してから、一回も会って無いと言うのにさぁ!」


 机に座ったり立ったりしながら、頭を抱えて身悶える彼の姿を見て、私の中で何かがバキッと音を立てて壊れた。


 (駄目だ・・・落ち着け・・・今、口を開いたら、とんでもない事を言ってしまいそうだ・・・)


 相手はこの国の皇太子だ、落ち着け・・・落ち着け・・・・


 「あんたってさ!恋愛なんて、まーったく興味無いって素振りでさ。そのくせ、良い男ばっか、周りにはべらせちゃってさ。その上イーサン様までなんて、贅沢過ぎるでしょっ!さすがにズルいっ!少しくらい私に分けてよ!」


 それを聞いて、私の我慢と理性がバラバラと崩壊した。


 「あ、あ、あんたって人は・・・あほうですかぁ!!!いい加減にしちゃってくださいよっ!!!」


 ああ、もう!皇太子に向かって、不敬な言葉を使ってしまった。ちくしょう!でももう、かまうもんか!


 「男をはべらせてるって何ですかっ!?全く意味がわかりません!それにイーサンになんか、会いたくて会ったわけじゃ無いですよ!というか私はあんな奴、ぜんっぜん会いたくないんですっ!だいたい皇国が隣国と戦争になるかもしれないって時に、いったい何の話をしてるんですかっ、あんたは!?今問題にすべきは、そんな事じゃ無いでしょう!?頭ん中、大丈夫ですか!?脳みそ生きてます!?」


 ダムが決壊したように口を開いた私を、トラヴィスは机の向こうから腕を組んで斜めに見下ろしてきた。


 「生きてるに決まってるでしょ!失礼ね!あんたみたいに『推し』の尊さが分からない人に、言われたくないわよっ」


 「だぁかぁらぁ、この緊急時に何の話をしてるんですか!それに、そのトラヴィス皇太子の姿と顔で、『推し」とか言うのはマジで勘弁してください!」


 緊張していた分、ドッと疲れが押し寄せてきた。


 「授業中にわざわざ呼び出されて、何事かと思って心配してたのに・・・そんなしょーもない話だったんですか!?だったら私、今すぐ授業に戻ります!」


 トラヴィスにくるっと背を向けて、ドアを開けようとした。


 「待ちなさいよ!それだけのわけが無いでしょ。一番、大事な話からしただけよ」


 (一番大事な話だとぉ?さっきのアレがか!?)


 呆れながらも、もう一度トラヴィスの方に向き直る。最初の話があほらし過ぎて、緊張感は何処かへ行ってしまった。ついでに自分の椅子を持ってきて、トラヴィスの前にドカッと座ってやる。


 すると何故か突然、彼の表情が柔らかく変わった。


 「ふふっ・・・やっといつもの調子が戻ってきたみたいね」


 「え・・・?」


 「全部自分の責任ですーって、青い顔して入って来るんだもん。あんたらしくないわよ。さっ、じゃあ話を続けましょうか」


 さっきの剣幕はどこへやら。トラヴィスは別人の様にすっかり落ち着いた態度で椅子に腰かけると、引き出しから書類を取り出し始める。私はそれを呆気に取られながら見ていたが・・・ 


 (やられた・・・)


 私はトラヴィスの手の平で転がされていた事に気付いた。恥ずかしさに顔が赤くなったのを見られたくなくて、私は下を向いた。


 (・・・なんなの、もう・・・中身はOLなのに、この人って本当に油断できない)


 これがアラサーとの年齢の差か?


 (くそっ・・・でも・・・優しい人なんだ。本人には絶対言わないけど・・・)


 私が落ち着いたのを見てから、トラヴィスは話を始めた。


 「まずはエメラインの事だけど、婚約破棄して国に帰ってもらう事になったわ」


 「っ!」


 口を開こうとしたのを、トラヴィスは片手を上げて制した。


 「大丈夫。アリアナが心配しているような、戦争なんて事にはならないから」


 「・・・どうしてですか?だってゲームでは、婚約破棄から戦争への流れが主流だったじゃないですか!」


 「ゲームではね。でもそれには条件があったでしょ?まず一つ目はトラヴィスとエメラインが18才になり、卒業時であると言うこと。そして二つ目にその時点でヒロインはトラヴィスの攻略ルートに入り、完全に恋愛関係になっていること。そして三つ目は、卒業式のパーティで、断罪プラス婚約破棄イベントが発生しなくてはいけないってこと」


 トラヴィスは指を3本を数える様に立てた。私は必死にストーリーを思い出す。


 「・・・確かに・・・そうでした。でも罪を問われての婚約破棄は、断罪と同じですよね?しかもあのエメライン王女が、国に返されるなんて不名誉なことされたら・・・」


 「まっ、エメラインの性格なら怒り狂うでしょうね。でも、とりあえずは戦争にはならない。だって、あんたのおかげで、こっちに瑕疵は無いんだもの」


 (ん?どゆこと?)


 トラヴィスは少し申し訳なさそうな顔を私に向けた。


 「ごめん。全部正直に言うわね。私は元々、このままエメラインと結婚するつもりはなかったの。だって性格は全然合わないし、それにあの人が将来、皇帝妃になったとしたら、この国の為には良くないと思ったから。だから出来れば早いうちに婚約解消したいとずっと思っていたわ。・・・でも、相手は一国の王女だし、こっちの都合だけではなかなか進められないでしょ?おまけに彼女ときたら、この私にゾッコンだしさぁ。まぁこんなに格好良くて、ハンサムで、頭も性格も良けりゃ当然だけどね・・・」


 トラヴィスは困ったように肩をすくめて、フッと笑った。私は冷めた目を彼に向けて相槌をうつ。


 「あ~はいはい、それで」


 「盛り上がりに欠ける子ね・・・。最初はヒロインと恋愛関係になってみようかとも思ったんだけどね。そうすればエメラインは彼女を攻撃してくるでしょ?それで、その証拠を掴んで、婚約破棄に持ち込めないかと思ったんだけど、この計画だと、どうしても上手くいかない所があるのよ」


 分かる?と言う風に目を向けられたので、私は考えた。


 「・・・多分、エメラインにリリーを虐めた証拠を突き付けたとしても、難しいでしょうね。なぜならエメラインは一国の王女で、リリーは聖女候補とは言え平民です。学園内では身分の上下を問わずとなっていますが、あくまで建前ですし、エメラインの罪を周りに認めさせるのは無理かと・・・。それに隣国としても、全く納得しないでしょうね」


 だからゲームでは、エメラインが悪いのは明らかだったのに、戦争にまで発展してしまったのだ。


 「でしょう?だからリリーには、トラヴィス攻略ルートに進んで貰う訳には行かなかったの。それにさぁ、どうやら彼女、トラヴィスには全く興味ないみたいなのよねぇ・・・」


 何故か心配そうな目をして、トラヴィスは少し考え込む。どうしたんだろう?完璧皇子のプライドに傷がついたとか?


 「でもまぁ攻略者は他にもいますし、この世界ではトラヴィス・ルートじゃ無いだけでは?」


 適当に慰める様に言ってみる。


(しかも、肝心のトラヴィスの中身がコレだもんなぁ・・・)


 そう思ったが、絶対口にも顔にも出さない様に注意した。

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