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モブ系悪役令嬢は人助けに忙しい  作者: 優摘
第六章 悪役令嬢は利用されたくない
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真夜中の訪問者

 私は覚醒しながら自室のベッドで寝がえりをうつ。その拍子に額に当てていた濡れタオルが落ちた。


 (あ・・・っと布団が濡れる)


 タオルを掴んで、サイドテーブルに置いてあった水桶に放り込んだ。


 二日間寝込んで、どうやら熱は下がったようだ。身体はまだ怠いけど、熱がある時に特有のボーっとした感じは無くなった。


 私は一つ伸びをして、体を起こした。


 「明日は学校に行けるかな?・・・あ~、いんや、クラークに引き留められるか・・・」


 アリアナを溺愛してる兄は、念のためにもう一日休めと言うだろう。下手したら、今週いっぱい寮から出して貰えないかもしれない。


 私はベッドから身体を起こし、布団から出た。まだフラフラするけど、気分はスッキリしている。


 「今、何時だ?」


 部屋の中が暗い。辺りも周りも静かだから、真夜中なのかもしれない。私は机まで歩いて、ランプを灯した。時計の針は3時を指してる。


 メイドが用意してくれていた水を飲んで、もう一度ベッドに潜り込む。けれど、ずーっと寝ていたからか、なんだか目が冴えてしまった。


 (なんか・・・色々夢を見たなぁ・・・) 

 

 天井を見上げながら、熱のある中で見ていた夢を思い出して、少々うんざりした気分になる。


 「・・・トラヴィスってば、なんで私に恋愛話ばっかふってくるんだろう?」


 攻略者の中では誰が好きかとか、誰が一番格好良いと思うのかとか・・・。だいたい彼らはヒロインの為の攻略者達であって、悪役令嬢は関係無かろうに。


 (中身はアラサーのOLのねーさんだもんなぁ)


 前世は29歳の独身キャリアウーマンだったらしいトラヴィスは、どう言うわけか若者達の恋愛模様に興味津々らしいのだ。私は彼とはもっと重要な話をしたいというのに・・・。


 「だいたい、トラヴィスって暗殺者に狙われてるんだよね?あんな、のほほんとしていて大丈夫なのか?」


 トラヴィス自体は超がつくチートだし、学園は厳重に警備されてる場所だから大丈夫かもしれない。それでもモーガン先生の事もあるし、イーサンみたいな能力者が相手だとしたら油断は出来ないと思う。


 それにトラヴィスがゲームをほぼ完全コンプリートしているなら、その内容だって聞いておきたい。闇の組織や闇の魔法の事や、イーサンの弱みに繋がるヒントが隠れてるかもしれないじゃないか。


(なのにすぐ話が逸れるし、頼まれた仕事は忙しいし・・・うう)


 執務室では、私はトラヴィスと二人きりなのだ。なのに長く話が出来たのは、自習中に呼び出された時と、秘書になった最初の日ぐらいだった。トラヴィスは皆と作業室に居る事も多いし、学園の事だけで無く、皇国の公務の一部も担っている。だから最近は、なかなか二人で話が出来なくなっていた。


 運良く執務室で二人になれた時も、どう言うわけかディーンやクリフ、兄のクラークがしょっちゅう出入りするから、深い話が出来ないでいる。トラヴィスは「心配されてるわねぇ」とにやにやしながら私に言ってきたが、意味が分からない上に気味が悪かった。


 「もっとトラヴィスと話す時間を作らないと・・・でもってイーサンに『参りました』と言わせるネタを・・・」


 と私が天井を見上げながら、ぶつぶつ言っていた時だった。


 「へぇ、俺をまいらせるの?どうやって?」


 声と共に、目の前に人の影が現れたのだ!!


 「ぎゃあーーーーーーーっ!!!」


 あまりの事に、恐怖映画の登場人物の様な叫び声をあげてしまった。それに布団のシーツを引っ張り過ぎて、微かにビリっと音がした。


 「うるさ・・・相変わらず、騒がしい奴だな。くっくっく・・・」


 影が笑い声に合わせて揺れた。


 この声、そして人をちょっと小馬鹿にした物言いときたら!


 「・・・あ、あんた、イーサン!?」


 「淑女とは思えない、雄たけびだったな。公爵令嬢」


 「なっ!・・・くっ・・・や、やかましいわ!」


 だってランプだけの灯りで、ほとんど顔が分からない黒い影が突然、私に覆いかぶさる様に現れたのだ。誰だって叫ぶだろう。


 「何しに来たのさ!?言っとくけど、隣の部屋に兄や使用人だっているんだからね!大声出すよっ!」


 「馬鹿かお前は。たった今、大声をあげただろ?それで誰か来たか?この部屋にはシールドを張っている。どれだけ騒いでも誰にも聞こえない」


 そう言ってニヤリと笑った。正確には暗くて分からないが、絶対そうだと思った。馬鹿にされるのは気配で分かるのだ。


 (大体この私に向かって『馬鹿』だとぉ!?ふざけんじゃ無いよ!)


 私はギッとイーサンを睨みつけた。


 「怖いね、公爵令嬢。俺は話をしに来ただけだよ。そう睨むな」


 「こんな夜中に何の話よ!?こっちは病み上がりだってのにさっ。それに一体、どうやって入ってきたの!?」


 この学園は不審者が入れないよう魔術で警備されているし、寮の部屋にも兄がシールドを張っていたはず。なのに、こいつは易々と私の寝室に入り込んできてるのだ。


 (どこまで強い魔力持ってんのよ・・・しかも図々しくて、厚かましくて、太々しい!)


 全部同じ意味だが構わない!心の中でけちょけちょにけなしてやる。


 だけど私の気持ちとは裏腹に、意外にも真面目な声で、イーサンはゆっくりと諭すように言った。


 「サグレメッサ・モーガンに気を付けろ。あの女は闇の組織の者だ。・・・しかもその辺にいる下っ端じゃない」


 「えっ?」


 闇の組織・・・?モーガン先生が!?


 「ど、どうして?闇の組織って、あんただってその一員なんでしょ?何でそんな事教えてくれるの・・・」


 だってモーガン先生が闇の組織の者だとしたら、仲間ってことじゃないの?


 「俺は闇の組織には入ってない、今はな。・・・仕方なく関わってるだけだ」


 「は?関わってたら一緒でしょうが。それにモーガン先生にしろ、あんたにしろ、何で私にかまうわけ?」


 1部で消える、モブ悪役なのに。


 するとイーサンは面白いものを見たように、暗闇の中で目を細めた。


 「分からないのか?クラーク・コールリッジ、ディーン・ギャロウェイ、クリフ・ウォーレン、リリー・ハート。お前の周りにいる奴らは、この皇国の未来を担う奴らばかりなんだ。そんな奴らの中心にいる奴に、興味が沸くのは当たり前だろう?」


 「それこそ、はぁ?だよ。お兄様は家族だし、みんなは友達ってだけで、私は中心にいるわけじゃない。それに私は家柄と頭以外は何も持ってないよ」


 全く意味が分からない。私の周りが凄いのは認める。だけど何度も繰り返すが、私はただのモブなんだから。


 けれど、イーサンは「くっくっくっ」とおかしそうに笑うと、


 「持ってるだろう?お前・・・前よりも、もっと混ざってるな」


 「え?」


 どきりと胸が鳴った。


 「もう一つの命と溶け合ってる。ふふ・・・どういう気持ちだ?」


 頭がぐらりと揺らいだ気がした。溶け合ってる・・・アリアナと・・・?


 返事の出来ない私に、イーサンは目を覗きこむようにして言葉を続けた。


 「面白い・・・、溶け合い交じり合っているのに、個として存在しているのか。お前はどういう風に感じている?」


 興味深そうに聞いて来るが、私はそんなのに答える余裕は無かった。


 (・・・やっぱりアリアナの魂と私が混ざってきてるのか・・・?このまま進むと私はどうなる?アリアナは?私の気持ちは私のものなのか、それともアリアナのもの・・・それに・・・このまま混じって行くと、もしかして・・・アリアナは消えて・・・)


 駄目だ・・・考えが全くまとまらない。ぐらぐらする頭を落ち着けようと、私は目を瞑って息を吐いた。とにかく冷静にならなくっちゃ・・・。


 すると顔の直ぐ上で、呆れた声が聞こえた。


 「おい、こういう状況で目を閉じるとは、良い度胸だな」


 「へ?」


 そう言われて、私は目を開けた。


 「今、自分がどういう状況なのか、理解して無いのか?」


 にやにや笑いながら指摘されて、私は今の状態をゆっくりと分析した。


 (真夜中)

 (ランプだけの灯り)

 (ベッドの上)

 (イーサンは私の上にまたがってて)

 (でもって両手は私の顔の横で・・・)

 (顔は額が付きそうなぐらい近い・・・)


 (・・・っ!?!)


 「うううううわぁぁぁぁ!!!」


 私は慌てて両手でイーサンの胸を押し、ベッドの上を後ずさる様に彼から逃れた。けれど、


 「わっ、きゃあ!」


 ドサッ。


 勢い余って、端からベッドの下に転げ落ちてしまった。


 「あっはっはっはっは・・・・」


 イーサンの馬鹿笑いする声に腹が立って、私は急いで立ち上がる。彼はベッドの上に胡坐をかいて、お腹を抱える様にして大笑いしていた。その様子に、私の頭がさらに沸騰した。


 「あ、あ、あんたねぇ!この前と言い今と言い、じょ、女性に対して、なんて失礼な態度なのよ!?いい加減にしなさいよっ!」


 両手の拳を振り回しながら、叫ぶ様に抗議すると、


 「この前?なんの話だ?」


 この野郎!覚えて無いとは言わせないぞ!


 「滝の所で!む、無理矢理私の頬にキ、キ、キ・・・」


 (い、言えない・・・く、くそぉ・・・うう・・・)


 「ああ、キスした事か」


 事も無くあっさり言われて、顔にボッと火が点いたように熱くなる。するとイーサンはベッドの上からにじり寄り、私の顎に指を添えた。


 「なんだ?もう一度して欲しいのか?」


 頭をガンッと殴られた様な衝撃が走る。


 (なな、何を言っとるんだ!そして何をしとるんだ!こいつは!?)


 慌てて、イーサンの手を撥ね退けた。


 「ば、馬鹿じゃ無いの!?あんたって、も、もしかして、ロリコンなのっ!?」


 パニックの余り、つい言わずもがなの事を言ってしまった。


 イーサンは数秒キョトンとした顔のまま固まった。しかし突然「ぶっ!」と吹き出して、お腹を押さえてベッドにうつ伏せに倒れた。身体を震わせて、声も出ないくらい笑っている。まるで、笑い上戸の発作が起きた時のクリフみたいだ。


 (・・・酷い・・・)


 なんて奴だ・・・。なんかもう、色々酷い、酷過ぎる。


 私はベッドの横で腕を組んで、見下ろす様に睨みながら、イーサンが笑い終わるのを待った。


 「はっはっは・・・あー、はは・・・うっ、ごほっ、げほっ。・・・はぁ・・・。」


 笑い過ぎて咳込んでやがる。


 涙目でやっとこっちを向いたイーサンを、思いっきり冷たい目で見てやった。


 「くっく・・・睨むなって。はは、こんなに笑ったのは、久しぶりだな。お前、俺を笑い殺す気かよ?」


 (おっ・・・?)


 目尻を下げたイーサンの顔には、いつもの馬鹿にした笑みは浮かんでなかった。なんだか普通の少年の様で、逆にドキッとさせられる。


 (なんだ、こいつ、こんな顔もできるんだ・・・。普通に笑うと、結構可愛い・・・)


 そこまで考えて、ハッと気を取り直した。いかんいかん、騙されるなよ私。

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