攻略の内訳
乙女ゲーム『アンファエルンの光の聖女』。なんとトラヴィスは前世で、ほとんどコンプリート状態だったらしい。
「もう少しで、完全コンプリートだったのに、惜しかったわ」
と悔しそうにそう言った。
「も、もしかして3部まで行けたんですか!?」
と驚きながら聞くと、
「もちろんでしょ!私を誰だと思ってんのよ。だけど3部のハッピーエンドまでは到達できなかったのよねぇ・・・本当に選択肢が巧妙でさ。でも、あんただって睡眠削ってまでやってたんでしょ?3部見てないの?」
「誰のルートから行けるのか、分からないくて・・・。それに全員は攻略してないですから」
そう言うとトラヴィスは目を見開いて「嘘っ!?」と言った。
「何やってんのよぉ!推しは居たとしても、まず全クリするのはは基本でしょ!?も~・・・じゃあいったい誰と誰は攻略出来てるの?」
私は指を折りつつ、思い出してみる。
「ディーン3回、パーシヴァル2回、トラヴィス5回、ケイシー7回、クラーク11回です」
うん、確かそうだった。
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってよ・・・!」
パーシヴァルは私の返事を聞いて、額を押さえた。
「ねえ・・・なんでそんな細かく覚えてるのよ?・・・ううん、一番の問題はそれじゃ無いわ。一体何なのよ、その偏った攻略は!?しかもクリフは?あんた達、仲良いじゃない?なんで攻略してないのよ!?」
まくし立てる様に聞いてくる。
「クリフは一回攻略しようとしたら、闇落ちされた上、ヒロインが殺されてしまったんですよ。・・・そもそもゲーム内のクリフって、ヒロインと出会った時、めちゃくちゃ暗いじゃないですか。暗い人、苦手なんですよねぇ。皇太子暗殺にも加担しちゃってたし・・・」
トラヴィスの顎が下がった。
「何言ってんのよ!?それをヒロインがあの手この手で、心開かせていくってのが醍醐味じゃんよ!『怪我したくなければ、俺にかかわるな』って暗~く言い放つクリフが、『俺は君を守りたい。例え俺を選んでくれなくても』に変わっていくのが、もう、きゅんきゅんするところでしょ!?ゲーム内、最高美形キャラを攻略しないでどうすんのよ!」
机を叩きながら立ち上がって、肩で息をしている。
「うーん、ビジュアルは好きだったんですけどね。ヒロインが他の攻略者の時より、悩む事が多いじゃないですか?可哀そうでしょ?でまぁ、一回殺されたのがトラウマで、手を出さなくなりました。」
トラヴィスは歯痛をこらえる様な顔で、天を仰いだ。
「じゃ、じゃあさ、マリオット先生は?あの人は天然キャラで明るいし、可愛いじゃない?」
そう聞かれて、私は眉を寄せた。
「先生が生徒に手を出すって、ヤバくないですか?しかも8才も年下の女の子にですよ?犯罪ですよ、犯罪」
私はそう言って胸を張った。グスタフほどでは無いが、ロリコンでしょうよ。マリオット先生は良い人かもしれんが、ヒロインと恋愛は有り得ない。するとトラヴィスは両手で頭を抱えて顔を伏せた。
「・・・あんたの恋愛観、どうなってんのよ。高校の時、先生に憧れたりしなかったわけ?じゃあ、もちろんイーサン様のルートも攻略して無いわけよね・・・」
(げっ・・・)
嫌な名前が出て来たな。
「イーサンって隠しキャラですよね?結局ゲーム内では出会わなかったんですけど・・・」
こっちの世界では、妙に関わってしまったが。
「イーサン様は、攻略対象者全員をハッピーエンドでクリアした上で、トラヴィスのルートを選んだ時に、派生ルートとして出てくるのよ。でもってイーサン様は、トラヴィス暗殺のイベントの時しか現れないの。選択肢をちょっとでも間違えたら、ルートには入れないし、会うだけでも難しいのよ。私もイーサン様の攻略には、本当に苦労したわぁ。しかもね・・・」
「あ、あの!すみません、ちょっとストップしてください!」
私は喋り続けようとするトラヴィスを、無理やり遮った。
「・・・さっきから気になるのですが、どうしてイーサンだけ『様』付けなんです・・・?」
違和感が半端無い。いったいどう言うつもりなのだろう?
「どうしてって、『推し』だからに決まってるじゃない」
トラヴィスはケロリとのたまった。
「お、推し?イーサンが!?どうしてですか、あんな性格悪い人!ケイシーとかクラークの方がよっぽど良いですよ。ビジュアルだって、クリフやディーンに及ばないし、それこそトラヴィス殿下なんて、性格、顔、権力の三拍子揃ってるじゃないですか!?なのになんでイーサン?」
全くもって理解できない。困惑する私にトラヴィスは「チッチッチッ」と人差し指を振った。
「まだまだやり込み度が浅いわね。私くらいのレベルになると、普通のイケメンや優しい人じゃ満足できないわけ。イーサン様って口調は軽くて明るいのに、どこか影があるでしょう?それに真面目そうで可愛い顔してるのに、表情に毒があるのよ。さらに意地悪で残酷なのに、時折見せる優しさがもう・・・」
両手の拳を握って、ぷるぷる震えている。それがトラヴィスの姿でやるもんだから、こっちはもう砂を吐きそうな気分だ。そんな私の心情を無視して、彼は続けた。
「おまけに彼は、ゲーム内最高魔力の持ち主で、闇魔術だけじゃなく、ほとんどの魔術の使い手よ!これを押さずして、どうするの!?」
「すみませんが、ぜんっぜん分かりません!私はやっぱり、明るくて優しい人が良いです」
一人で盛り上がってるトラヴィスには悪いが、ビシッと言ってやると、彼は白けた様な顔で「つまんない子ねぇ」とため息をついた。
「まぁ良いわ。じゃ、あんたの『推し』って誰だったの?」
「え?」
彼は意味ありげに笑みを浮かべると、
「だって、あんたさぁ、こんな理想的な世界に生まれ変わったのよ?私と違って、ちゃんと女の子なんだし、今なら悪役令嬢でも無いでしょ?自分の『推し』を現実で攻略できるチャンスじゃ無いの!勿体ぶらないで教えなさいよぉ」
机に片肘をついて、にやにやしながら私を指さした。
「いや、あの・・・」
「攻略量で言うとクラークだけど、実の兄じゃ無理よねぇ。・・・次だとケイシー?まさか・・・ちょっとぉ!さすがに私を落とそうとするのは止めてよね、も~!・・・でも、どうしてもって言うのなら、やぶさかでも無いけどぉ・・・」
両手を頬に添えて、首を振りながら一人で盛り上がっているのを、冷めた目で見ながら、
「絶対無いので、安心してください」
と、冷静に返事をした。
「あら、そうなの?残念ねぇ」
トラヴィスが本当に残念そうにしてるので、マジで引いてしまう。
(この人、大丈夫か?頭の中身、どうなってんの?)
「殿下にはエメライン王女が居るでしょ?あの方と戦うのなんて、絶対にごめんですからね。それに私、別に『推し』とか無いですから」
「えええっっ!」
トラヴィスは目を見開いて、机から乗り出す勢いで大声を出したので、私は思わずのけ反った。
「な、何ですって?!『推し』無しで、あんた何回もゲームやってたの?」
有り得ないものを見る様な目で見られて、私もちょっとムキになった。
「別に良いじゃないですか!私はヒロインのリリーが可愛くて・・・彼女が攻略対象と恋愛して、幸せになるのを見るのが好きでゲームしてたんですよ。ん?・・・だとしたら、そうか、リーが『推し』でも良いのかも・・・?」
私がそう言うと、トラヴィスは机にガバッと突っ伏した。
「なんで悪役令嬢のアリアナの『推し』がリリーになるのよぉ!?もう、なんか色々間違ってる!」
「で、殿下だって、私はもう悪役令嬢じゃ無いって、言ってくれたじゃないですか!?リリーを推して何が悪いんですか!?」
「そうじゃ無くてぇ!」
トラヴィスは伏せていた顔をあげた。
「私が言いたいのはね。こんな良い男だらけの世界に生まれ変わって、嫌な設定からも、頑張って逃れられたんでしょ?だからあんたも、ゲームのリリーみたいに、素敵な恋愛を楽しんだら?って事。ねぇ、アリアナ。君は今この世界で、いったい誰が好きなの?」