思い出
少し驚いたけど、ディーンの手が冷たくて気持ちいい。
(何で・・・)
すると彼は眉間にしわを寄せると「熱い」と言って、クラークを振り向いた。
「熱があります。早く寮に連れ帰った方が良いです」
(ん?)
「ええっ!?」
兄は顔色を変えると、私をガバッと抱き上げた。
「ちょ、ちょっと、お兄様!?」
「急いで帰ろう!ディーンは医者を呼んでくれ!クリフ、すまないがグローシアを送ってくれたまえ!殿下、失礼しますっ!」
と叫びながら、私を抱きかかえたまま猛ダッシュを始めた。
(う、うわ!揺すられると、頭が余計にガンガンする・・・)
でも、そうか・・・、頭が痛くて怠かったのは、熱があったからなのか。
(凄いなディーン。自分でも分からなかったのに、気づいてくれたんだ・・・)
そんな魔術あったっけ?と、考えてみるがボーっとして頭がまとまらない。
(あんな冷える場所で、何時間も座っていたからなぁ・・・)
兄に運ばれながら私はいつの間にか、沈み込むように眠ってしまった。
結局その後、私は4日間も学園を休んでしまった。
(弱い・・弱すぎるよ。アリアナって虚弱かよ・・・)
そんな設定あったっけ?説明書の中のアリアナの人物紹介は、モブだけあってかなり薄味だったが、裏設定があったのかもしれない。
前も湖に落ちた時に直ぐ熱を出した。それに何だかんだで体調崩して、学園を休むことが多い。
(アリアナになる前は、風邪一つ引いた事無かったのにな・・・)
ベッドの中で、熱のせいでぼーっとする頭に浮かぶのは、トラヴィスとこれまでに交わした会話だった。
トラヴィスの執務室は特別なシールドが張られているので、中の会話は外に漏れない。ドアもノックをしないと開かなくなってるそうだ。ちなみに私の机は、トラヴィスの机と直角の向きに、ドアの近くに置かれている。
彼(彼女?)は前世では、かなりやり手の経営コンサルタントだったらしい。トラヴィスは話をしながら、執務室の机で腕を組んで腹立たしそうな顔をしていたっけ・・・
「前世でもそうだったけど、こっちの世界でもさぁ、男の方が仕事ができるって風潮があるじゃない!?女は家で子育てしてろみたいな」
「まぁそうですね。・・・むしろこっちの世界の方が、その傾向が強いかもですね」
「いーや!あっちも酷かった!私が仕事出来るからって、妬んで嫌がらせしてくる奴とか、若い女ってだけで馬鹿にする奴もいたんだから。その上セクハラ、パワハラ、モラハラ!もう大変だったのよぉ!」
思い出すだけで、キーってなるわっ!と、机を叩いてぷりぷりしている。
「そ、そうですか・・・」
(それにしても、あっち、こっちって、ややこしいなぁ)
トラヴィスの勢いは止まらない。
「そうよ!だからあっちに居た時、すっごい頑張って大きな仕事を成功させてやったのよ。さすがにその時は、周りも私の実力を認めざるを得なくなったわけ。もうサイコーの気分だったわ!・・・でもさ・・・その祝勝会で飲み過ぎちゃってさ。帰り道で事故に遭って、このざま。美人薄命ってほんとよねぇ・・・」
トラヴィスは頬に手を当てて、悲しそうに首を振った。
「な、なるほど・・・」
(美人だったかどうかは知らんけどね)
「結婚もしないで、転生しちゃったから、ちょっと心残りなのよね・・・」
トラヴィスは、切なそうに溜息をついた。
「ああ、では、恋人がいたんですね?」
「ん?」
私の問いに、彼はニッコリと笑った。そのまま私をジッと見つめる。
(・・・なんで質問にその返し?)
「いや、結婚する様な彼氏さんがいたんじゃ・・・」
「ん?」
心なしか笑った顔が怖い・・・。この話にはこれ以上触れない方が良さそうだ。
「あ、あのう・・・仕事頑張ってたのに、残念でしたね」
「そうね・・・。でもね!だからこそ、こっちの世界では女性も男性も、対等に仕事出来るように尽力するつもりよ!私にしか出来ないと思ってるわ」
(おお!)
「それは素晴らしいです!私も将来働いて自立したいと思ってますので、何卒、良しなに・・・」
お主も悪よのう、と言われそうなくらい揉み手をしながら、私はトラヴィスを讃えた。正直、小判の包みぐらい渡したい気持ちだ。トラヴィスもまんざらでもない顔をしている。
「だから、生まれ変わったのがトラヴィスでラッキーだったわぁ。この皇太子という身分には、とっても満足してるのよ。前世では経験できないような大きな箱で、自分の能力が試せるんですもの」
トラヴィスは指を組んだ上に顎を乗せて、ニヤッと笑った。
(箱ってもしかして、この皇国の事!?言い方、怖っ・・・)
でも国を良くしようと考えてるのなら、悪くない。変な博打をしなければだけど・・・
「試してみたい事が色々あるのよねぇ。ちょっと、大勝負的な事も考えててさぁ・・・うふふふふふ・・・」
(おい、滅茶苦茶悪い顔して笑ってるぞ!?・・・駄目だ、こいつは博打師だ!)
マジで怖くなったので、念を押した。
「頼みますから、皇国に危機を招く様な事だけは、しないで下さいね!」
「分かってるわよぉ」
語尾に花マークが付きそうなくらい能天気な声に、私の不安は増す。そんな中、トラヴィスは突然話を変えた。
「そう言えば、あんたはどうだったの!?」
「へっ?」
「前世よ。何やってたの?」
「あ、ああ、私はただの学生ですよ」
「えっ!中学生?それともまさか、小学生とか・・・?」
(こいつ、絶対見た目で判断してるじゃん・・・)
私はちょっとムッとした顔で言い返した。
「大学生です!一応、国立の良い所に行ってたんですからね」
「あらそうなの?じゃ、私と同じ20代か」
トラヴィスは目を輝かせた。
「いえ、ぎり10代です」
「なんだ、そうなの」
あからさまに、がっかりした顔をする。なんだその反応は?
でもトラヴィスは直ぐに興味深々そうな目をして、
「じゃあ、大学生活を大いに楽しんでいたわけだ。それこそ、あんたにも彼氏とか居たんじゃ無いのぉ?やーい、ディーンに言ってやろう」
とニヤニヤと、やらしい目で見てきた。一体何を考えてるんだ、この人は。
「残念ながら、そんなもん居ませんでしたよ。それに生活を楽しむ余裕もありませんでしたねぇ・・・」
「あら、つまんない子ね。どうしてよ?」
「生活費を稼がなくてはいけませんでしたから。それに奨学金を貰っていたので、成績維持に勉強は必須でしたし」
トラヴィスの顔が、幾分真面目になった。
「もしかして苦学生だったの?」
「そんな感じです」
「よく、乙女ゲームなんかする暇あったわね?」
「睡眠時間、削ってました」
そう言うと、トラヴィスの顔があからさまに曇った。
「まぁ私も休みの前日とかは、徹夜したりはしてたけどね・・・。良くないわよ、睡眠不足は。健康にもお肌にも。でもあんたの場合、倒れないと分からないタイプっぽいわよねぇ・・・」
「元気でしたよ?風邪ひいた事も無かったし」
「そういう人に限って、突然ってのがあるのよ!・・・案外それなんじゃ無いの?ここに居る原因は。とにかく今はアリアナなんだから、絶対に無理しちゃだめよ!」
なんだかんだ言って、トラヴィスは優しいねーさんなのだ。
(トラヴィスと話していると、昔の事を良く思い出すなぁ・・・。アリアナになってからはロリコン回避に必死で、ゲームの内容ばかり考えてたけど)
私にも、前の世界で生きていた思い出がちゃんとあるのだ。だけど、一年経った今では、まるで夢の中の世界だったように思えて・・・何だか少し寂しくなった。