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モブ系悪役令嬢は人助けに忙しい  作者: 優摘
第六章 悪役令嬢は利用されたくない
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ねーさん

 私を廃寮から救い出してくれた人物は、トラヴィス・レイヴンズクロフト。アンファエルン皇国の王太子であり、乙女ゲーム『アンファエルンの光の聖女』のメイン攻略者であった。


 なのにどうして彼の言動が崩壊しているかと言うと、それは彼が私の唯一の『お仲間』だからである。


 それが分かったのは、自習時間に執務室に呼び出された時の事だ。


           ◇◇◇


 「あっはっはっは・・・、もう、やっだぁー!そんな、怖がんないでよぉ~!」


 腹を抱えて、けらけらと笑い続けるトラヴィスを見て、私は心底引いたし恐怖さえ覚えた。


 (何!?怖っ!しかもなんで、おねえ言葉!?)


 ヤバい人だ。本物だ。そう思って本気で逃げようとドアノブに手をかけたが、全くドアは開かなかった。


 (うそっ!閉じ込められた?)


 サーっと全身から血の気が引いた。あんなに頑張って来たのに、ここで私のアリアナとしての人生は終わるのかと、一瞬覚悟を決めたくらいだ。するとトラヴィスは笑いすぎて涙が浮かんだ目じりを拭きながら、私に向かってひらひらと手を振った。


 「ごめん、ごめん!怖がらせるつもりはなかったんだけどさぁ、ちょっと吃驚させようと思っちゃって・・・うふ。そうしたら、あんまり良い反応してくれるから、こっちもついね」


 そう言って、ぺろりと舌をだした。


 (・・・はい?)


 何なんだ、このトラヴィスらしからぬ言動は!?全然ゲームの中の完全無欠の皇太子らしくない。まるで中身が誰かと入れ替わったような・・・と、そこまで考えて頭を叩かれた気になった。


 「ちょ・・・ちょっと待ってくださいよ・・・貴方って、もしかして!?」


 「ふふ・・・『アンファエルンの光の聖女』あんたも、プレーヤーだったんじゃない?」


 動揺する私に、トラヴィスはニッコリと極上の笑みを返した。


 まぁ座りなさいよ、と言われ、私はフラフラと再び椅子に腰かけた。


 驚いた。まだ心臓の鼓動が早い。


 「そ、その・・・殿下はいったい、いつから・・・?」


 「トラヴィスで良いわよ。殿下なんて固っ苦しいから。そうねぇ、5才くらいだったかなぁ・・・」


 「そ、そんなに早く!?」


 それじゃ、私の大先輩だ。


 (私がアリアナになったのって、ほんの一年前だからなぁ・・・)


 トラヴィスは机に両肘をついて、手の平に顔を乗せた。


 「驚いたわよぉ。あの頭悪そうだった悪役令嬢のアリアナが、すっかり優等生になってるんだもん。しかもダンスパーティでの断罪イベントが、全然違うものになってるし。その上あのディーンがアリアナの婚約者のままでいるなんて、ありえないじゃない?あっこれは私と同じかも?って思ったわけ」


 「は、はぁ、なるほど・・・。」


 「で、ダンスに誘って、ちょっとカマかけてみたんだけどさぁ、効果てきめんだったわね。あんたって、顔に出やすいんだもん」


 そう言って、面白そうに笑う。


 (いや、別に良いんだけど・・・良いんだけどね・・・良いのか!?)


 この無視できない程の違和感。自分の顔が引きつるのを感じた。


 (乙女ゲームのNo.1イケメンと言っても過言ではないトラヴィスの顔で、この言動・・・)


 眉間を親指と人差し指で押さえて、深呼吸して脳を落ち着かせた。そしてトラヴィスと目を合わせないようにして、


 「すみませんが、殿下。どうして、その・・・殿下の喋り方が・・・あのう・・・「おねえ」のようになっているのでしょうか?」


 恐る恐る問うた私に、トラヴィスはキョトンとした顔を向ける。そして、


 「えーやだぁ、おねえだなんて。だって私、前世OLだもん。これが普通でしょ?」


 当然とばかりに返された。


 「いや、普通じゃないです!トラヴィスはこんなんじゃなーい!」


 と握りこぶしで大声を出してしまう。そんな私を見てトラヴィスは、今度は手を叩いてケタケタと笑った。


 どうやらトラヴィスの中身は、たちの悪いお姉様のようだ。私は力が抜けて、肩を落とした。

 だけど、トラヴィスの『昔の話』を聞いている内に、私もつられて段々笑えて来た。そして・・・たった一人だと思ってたこのゲームの世界で『仲間』に出会えた事に、心が浮き立つのが分かった。どうやら彼(彼女?)は随分前からトラヴィスをやってるようだし、色々情報を聞けるだろう。


 だけど残念ながら、ここで授業のチャイムが鳴ってしまった。


 「ねぇ、秘書。引き受けてくれるでしょ?」


 トラヴィスねーさんは、テーブルに片肘を付いて顔を乗せたまま、片目を瞑った。


 「聞かなくても分かってますよね?」


 私もニッと笑って親指を立てる。思わぬ流れで、私は自ら望んでトラヴィスの秘書を引き受ける事になった。


 まさか自分と同じ境遇の人がいるなんて思ってもみなかった。驚いたけど、懐かしい世界の話が出来るのが純粋に嬉しかった。


 だけど良い事ばかりじゃない。トラヴィスと親しくなるのは、想像していた以上にエメラインの神経を逆なでしたようだ。以来ずーっと、多種多様な嫌がらせを受ける事になったのだ。


 だとしても、今回の誘拐モドキはさすがに行き過ぎだ。トラヴィスがストーリーを知ってたから良かったものの・・・。


 廃寮から林を抜けながら、私はトラヴィスを見上げた。


 「あのぅ、そろそろ何とかして貰えませんか?私はただのモブ系悪役なので、エメラインに本気で攻撃されたら、普通に死にます」


 「う~ん、確かにそうよねぇ・・・」


 トラヴィスは思案気に唇に人差し指を当てた。


 「確かにあんたじゃ、ヒロインの様にはいかないわよね。でもさぁ、あんただってリリーがエメラインに目を付けられるのは嫌なんでしょ?だから自分の方に目を向けさせたいって言ってたじゃない?」


 とトラヴィスは、何をいまさらと言う感じで私を見た。


 「ぐっ・・・。そりゃ、そう言いましたけどね・・・。でも殿下は少しやり過ぎなんですよ。いくらエメラインの目を、私の方に向けさせるったって、ちょっと私を構い過ぎなんです!」


 そうなのだ。私は少しでもリリーを助けたくて、エメラインの的になってやろうと思ったのだが、トラヴィスの悪乗りが酷過ぎた。


 見かける度に手を振って来る。菓子だの何だのと人前で色々渡してくる。挙句の果てに、昼休みに放課後、果ては休みの日まで、暇さえあれば何かと私を執務室に呼びつけるのだ。


 「おかげでエメライン王女が殿下を訪ねる度に、私と鉢合わせるわけですよ!そりゃ彼女だって、良い気しませんって!」


 最初は子供っぽいアリアナなど、そんなに相手にしないのでは思ったのだけど、エメラインの悋気を舐めていた。彼女はいちいち腹を立て、私を焼き殺しそうなそうな目で見て来る。


 「だってえ、用事はちゃんとあるんだしぃ。折角、前世仲間と会えたんだから色々話したいしぃ。それに、あんたって可愛いから構いたくなるし、色々あげたくなっちゃうんだもん」


 トラヴィスは頬を膨らませて文句を言った。私は頭を抱える。


 「そんな可愛い素振りで『だもん』はやめてください・・・」


 (前世でもはもう30前だったんでしょ?その口調は完全にアウトだって。それにマジでトラヴィスのふくれっ面はやめてくれ、イメージが崩壊する・・・)


 本当に頭が痛くなってきた・・・。


 すると、トラヴィスが突然歩みを止めた。


 「どうしたんですか?」


 「来たようだよ」


 急に口調を変えて真面目な顔になる。彼が指さす方に視線を移すと、林の向こうでチラチラと動く灯りが見えた。「アリアナー!」と私を呼ぶ兄の声も聞こえる。


 「場所探知の魔法具を持っているのだろう?エメラインのシールドを壊したから、君の居場所が分かったんだね」


 すっかり『皇太子トラヴィス』の口調で私に笑いかけた。


 (・・・うっ、カッコよ・・・)


 目がチカチカする。中身があれだと分かっていても見惚れてしまうった


 それに、この人のこの変わり身の早さには毎回驚かされる。私と二人の時は、すっかり『アラサーOLのトラヴィスねーさん』なのに、ひとたびスイッチが入るとイケメン完璧皇子に戻るのだ。


 (いったい、頭の中どうなってんだか・・・。私には出来ない芸当だよ)


 感心と呆れが入り混じった気分で、なんだかドッと疲れてしまった。クラークの声を聞いて安心したせいかもしれない。


 前方の灯りの方に目を戻すと、兄とディーン、そしてクリフとグローシアが走ってくるのが見えた。


 「アリアナ!無事か!?」


 「アリアナ様!」


 クラークは持っていたカンテラを投げ出す様にして、私に走り寄った。他の皆もホッとした表情を緩ませる。


 「大丈夫ですよ、お兄様。トラヴィス殿下に助けて頂きました」


 「殿下、ありがとうございます!場所探知の魔法具も使えず、往生しておりました」


 クラークは神妙な顔で、トラヴィスに向かって頭を下げた。


 「礼には及ばない。アリアナ嬢には、いつも良く働いて貰ってるからね」


 クラークは再度トラヴィスに頭を下げた後、心配そうな目を私に向けた。


 「いったい何があったんだ・・・?授業の途中で居なくなるなんて。リリーやミリア達も心配して、さっきまで一緒に探してくれてたんだよ?」


 「そうだったのですか!こんな遅い時間まで?」


 「ああ、暗くなってきたから、女の子達はさっき無理やり寮に帰らせたんだ。アリアナが見つかった事を教えて安心させてあげないとね」


 (そうか、迷惑かけちゃったなぁ・・・)


 諸悪の根源ははエメラインなのだけど。


 「心配かけてすみません。でも詳しい話は後で良いですか?トラヴィス殿下も早く戻られた方が良いでしょうし」


 私も寮に帰りたかった。半日、薄暗い部屋に閉じ込められて、寒かったし何だか疲れた。体も重い。


 そしてあれ?っと思った。


 (女の子達は帰らせた・・・?)


 私は思わずグローシアを見てしまった。グローシアは私の視線の意味を察したのか、


 「わたくしは、どうしてもアリアナ様を探したかったのです。アリアナ様の騎士ですから!」


 そう言って騎士の礼をする。


 するとクラークが、少し照れくさそうに頭に手をやった。


 「いや・・・グローシア嬢は、僕がそばに居れば大丈夫だと思ったから・・・」


 グローシアもその言葉を聞いて、恥ずかしそうに俯いた。


 (ふ~ん)


 なんだか最近、この二人は良い感じなのだ。


 (ダンスパーティの時ぐらいからかな?もう、さっさとくっついちゃえば良いのに。グローシアとなら家格も合うしさ)


 何よりこの二人は「アリアナを守る!」という点において、価値観がぴったり合うらしい。幾分、私にとっては有難くもあり、暑苦しくもあるのだが・・・・。


 思わずふうっと溜息をつくと、ディーンがこっちへ近づいてきた。


 「アリアナ・・・」


 「・・・はい?」


 「ちょっと失礼する」


 ディーンはそう言って、突然私の額に手を当てた。

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