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モブ系悪役令嬢は人助けに忙しい  作者: 優摘
第六章 悪役令嬢は利用されたくない
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イベントからの脱出

 「ああ・・・お腹が空いた。」


 本当なら今頃は寮のリビングで、スティーブンの作った美味しい夕食を食べている筈だった。それなのに・・・


 「エメライン王女の魔術を舐めてたかも・・・」


 直ぐに助けて貰えると思ってたのだが、どうやら考えが甘かったようだ。


 今私が居るのはアンファエルン学園の敷地内にある、古い寮の一室である。もう何年も使用されていないこの古い建物は、アンファエルン学園創建時に建てられたものらしい。


 石壁がむき出しのままの部屋は、灯りも無くひんやりとしている。しかも部屋にはシールドの魔法が施されており、叫ぼうがドアを叩こうが、外には何も聞こえないときてる。


 家具も絨毯も何も無いがらんどうの部屋で、私は座って助けを待つしかなかった。


 (前もあったなぁ、このシチュエイション。前回はイーサンに誘拐されたんだよなぁ・・・)


 ヒロインじゃあるまいし、なんで2回も攫われなきゃいかんの?


 窓の外の闇夜を見て、私はぶるっと体を震わせた。



 どうして私がこんな目に遭っているかと言うと、話は昼休みが終わった三時限目に遡る。


 2年生になって1カ月経ち、いよいよ魔術の実技授業が始まった。


 この授業は2、3年生が合同で行われる。さらに魔力の強さや、属性によってグループ分けされるのだ。今日はその3回目の授業だった。


 モーガン先生について秘密裏に調査が行なわれている中、相変わらず私は一人にならない様に注意していた。寮ではクラークと、授業中や休み時間は仲間達と、昼休みと放課後は生徒会へと、必ず誰かと一緒にいる様にしている。


 なのにこの実技の授業で予定が狂ってしまった。魔力ゼロの私は、誰とも同じグループになれないのだ。私以外の皆は、それぞれのグループの教室に移動しなくてはいけない。おまけに実技は外での授業が多いのだ。


 皆は心配して、「一人で大丈夫か?」「先生が来るまで、一緒に残りますよ」と言ってくれたが、さすがに授業に遅れさせるのは申し訳ない。授業中は先生もいるし、他の生徒の方もいるだろうからと断ったのだが・・・


 (まさか、こうなるとはね・・・)


 蓋を開けると、魔力ゼロクラスは私一人だったのだ。私の様に魔力が無かったり、極端に少ない者は、学園を途中で自主退学する生徒が多いというから、そのせいだろう。


 がっかりしたけど、仕方がない。私は「魔力ゼロ組」の受け持ちになったリューセック先生と、二人っきりで黙々と勉強をした。


 でもそんな寂しい授業も、3回目にもなると少し余裕も出て来る。今日は何の勉強をするのだろうかと、先生を待っている時だった。


 バタンッ


 教室の扉が開かれ、見覚えの無い女生徒がきょろきょろ中を伺い始める。


 (なんだ?)


 この時の私は、自分の教室にいる事で少々気が抜けていたかもしれない。


 「何か用ですか?もうすぐ先生が来ますけど」


 ここは「魔力ゼロ組」ですよ、と言いかけてやめた。さすがの私でもちょっと恥ずかしい。


 けれど女生徒は私の問いを完無視すると、まるで泥棒が仲間に合図するかのように、自分の後ろにいる誰かを呼んだ。すると教室に数人の女生徒達がワラワラと入ってきたのだ。


 「な・・・!」


 何ですか!?と言おうとしたが、何故か途中で声が出なくなってしまった。そして慌てて立ち上がろうとしたが、身体は全く動かない。まるで椅子に縫い付けられたようだ。


 (やられた!)


 私は内心でギリギリと歯噛みをした。まさか授業前のこんな短い時間に、仕掛けて来るとは思わなかったからだ。自分に腹が立ちながら、私は取り囲む女生徒達を睨みつけた。


 「おお、怖い!この方、私達を睨んでますわよ」


 「魔力ゼロのくせに、生意気ですこと」


 そう言ってクスクス笑っている。


 (どっちだ?こいつら・・・)


 動かない体の背中に、汗が流れ落ちる。すると教室の扉が再び開き、背の高い赤い巻き毛の女生徒が入ってきた。私を見るなり、馬鹿にしたように顎を逸らす。


 だけど私は彼女を見て、内心ではホッとしていた。


(モーガン先生じゃ無かった・・・)


 教室に入ってきたのはエメライン王女だった。


 彼女は私に近づくと見下す様に私をねめつける。


 「馬鹿な子」


 私は彼女の目を見つめ返した。


 (おかしい・・・もう担当の先生が来ても良い時間だ。なのにエメラインがこんなにも大胆な行動に出ると言う事は・・・)


 エメラインは私の思考を読んだかのように、にぃと口角をあげる。


 「おあいにくねぇ、先生は来なくてよ。学園長に呼び出されてるの」


 私が目を見開くのを、エメラインは面白そうに笑うと、


 「おほほほ。ええ、もちろんわたくしが仕組んだ事よ。それにこの教室にはシールドを張ったから、外へは何も聞こえなくてよ」


 (はぁ!?)


 なんだ、そのエグイまでの行動力は!?


 (もっと他の、有益な事に使えよ・・・)


 私は呆れて溜息をついた。だけど私のその態度が、どうやら取り巻き達の気に障ったようで・・・


 「まぁ!エメライン様を前にして、なんて態度かしら!?」

 「今まで色々と策を凝らしてきたのに、ふてぶてしいったら!」

 「普通あのような目にあったら、もう少し大人しくなるのでは無くて?」

 「本当に生意気な方ですわ!」


 (あ~ギャンギャンうるさい!生意気も何も、身体は動かないし、声も出せないんですけどぉ!?)


 ここ最近、私は完全にエメラインのターゲットになっていた。もちろんトラヴィス殿下の秘書になったからである。


(今まで一人になる事が無かったから、水をかけられて以来、たいした被害には逢って無かったんだけどなぁ・・・)


 せいぜい教室の机が隠されてたり、黒板に誹謗中傷が書かれていたぐらいだ。そんなもん私にとっては子供の悪戯レベル。だから涼しい顔で全スルーしてやったのだが、どうもそれが彼女達には気に入らなかったようだ。


 エメラインは持っていた扇で、私の顎を持ち上げた。


「・・・ふん、いまいましい事。この顔でトラヴィス様を誘惑したのね」


 エメラインはギッと音が出そうな勢いで私を睨みつけた。


 その瞬間、私は思わずハッとした。


 (え!?おおっ!このセリフって、もしかして・・・!)


 驚いた。


 エメラインが吐き捨てる様に言った言葉は、ゲームのトラヴィスのルートで、彼女がヒロインに向かって言うセリフそのままだったのだ。


 確かヒロインもエメラインの拘束魔法によって、動けなくされていた時だった。場所は教室では無かったけど。


 (おほっ!凄いじゃん。ヒロインのイベント経験してるよ、私!)


 このピンチにそんな呑気な事を考えるのは違う気もするが、どうにもテンションが上がってしまう。ちょっとウキウキしながらゲームの流れを思い出していた。


 「ちょっと・・・この方、笑ってません?気味が悪いですわ・・・」


 取り巻き達のぼそぼそ言う悪口なんかも、気にならない。


 (えーっとこのイベントって、ヒロインは確かこの後・・・)


 思い出した途端、血の気が引いた。


 (・・・あ・・・ヤバい)


 エメラインは扇で口元を隠して再び私を見下ろすと、馬鹿にしたようにフンと鼻を鳴らす。そして、


 「貴方達、頼みましたよ」


 「はい、エメライン様」


 すると取り巻き達が一斉に私を持ち上げた。エメラインの「おほほほほほ」という高笑いが教室にこだまする。


 (ヤバい、ヤバい、ヤバい、思い出したぞ、このパターンは!)


 私はまるで祭りの神輿の様に、女生徒達に運ばれていく。彼女達はえっさほいさと汗をかきながら、必死で私を担いでいた。


 (あんた達こんな事してないで、ちゃんと授業に行けって~!)


 そして数分後、


 「貴方にはしばらく反省して頂くわ。おーっほほほほほっ」


 エメラインの高笑いと共に、私はこの古い寮の空き部屋に放置されたのだ。



 「さむっ」


 5月の夜はまだまだ寒い。私は自分の身体を抱く様にして身を縮めた。


 「みんな心配してるだろうなぁ・・・」


 何せ3時間目から行方不明だ。クラークなどは気が狂いそうになってるだろう。


 前回の誘拐事件以来、クラークは私に居場所を探知できる魔法具を持たせてくれていた。だけど、どうやらエメラインが部屋に張ったシールドは、その効果を失わせているようだ。


 (さすが最強悪役王女。魔術の力、半端ないわ。・・・それにしてもさ、ゲームの中では、ヒロインとトラヴィスとの好感度がある程度上がった場合に、このイベントは発生してたんだけどなぁ・・・)


 エメラインによって、この廃寮に閉じ込められたヒロインは、なんとか脱出しようとするのだが、やはりシールドが強力すぎて相当苦労していた。まるでゴリラ並みのシールドなのだ。


 「そう言えば、この時にヒロインは、新しい魔術を覚えるんだったっけ・・・」


 ゴリラシールドを解こうとして、ありったけの魔力を使ったヒロインは、力尽きて倒れてしまう。だけどその時に、全ての魔術を元の魔力に戻してしまう「 復元」の魔術が使えるようになるのだ。そしてこの「 復元」の凄い所は、戻した魔力を自分の魔力に還元できると言う所にある。この魔術でヒロインはほぼ無敵になり、この先のエメラインとのバトルでの勝利に繋がるのだ。


 (つまり、エメラインは自分で自分の首を絞めたって事だな。まっそれは置いといて・・・)


 ゲームのストーリーでは、部屋のシールドが解けた時点で、ヒロインの気配を追っていたトラヴィスが彼女を見つける。そしてお互いを想う気持ちに気付いた二人が、なんやかんやと告白して、抱き合ったところでイベント終了!となるのだが・・・


 「いや、ムリムリムリ!無いから、それ」


 魔力ゼロの悪役令嬢に、ヒロインと同じイベントをぶっこまないで欲しい。


 (この世界って、ほんと無茶ぶり多くないか?イベントさえこなせれば、相手は誰でも良いのかよ、全く・・・)


 でも本音を言うと、私は今の状況を心配していなかった。何故ならエメライン達以外で、私がここに閉じ込められている事を知っている人物が、確実に一人いる事を知っていたからだ。


 (早く助けに来てよね・・・)


 寒いし、正直そろそろトイレにも行きたい。


 まさか面倒くさがって、明日にしようとか思って無いだろうな!?、と心配になった時、部屋全体がパーッと白い光に包まれた。そして「わっ」と驚く間もなく。パキーンッと何かが弾け飛ぶような音がして、部屋の空気が一変した。


 (やっと来た!)


 私はスカートのホコリを払いながら立ち上がった。そして、部屋の扉が開くギッと言う音と共に入って来た人物を、腰に手を当ててじろりと睨んだ。


 「おっそいです!待ちくたびれました。もう少しで凍えるところでしたよ!?」


 「ごっめーん、エメラインに捕まっちゃってさぁ。これでも急いできたんだからぁ」


 許してよと、悪びれもせずけらけら笑う。そして、


 「忙しい身なのよ。勘弁して」


 ペロッと舌を出しながら見事なウィンクを私に放つと、満面の笑みで手を差し出してきた。


 (ふざけてる・・・でも、ビジュアルだけは最高だな、おい)


 私は溜息をついて、彼の手を取った。古い廃寮の中は灯りなど無く真っ暗だ。所々壊れている個所もあるから、歩くだけでも危ない。だが彼がスッと腕をあげると、その手の平に炎が現れ、周辺を照らした。


 (おお!こりゃ、便利だわ)


 閉じ込められていた4階の端の部屋から、手を引いて貰いながら外へと出た。学園の森の隅にある建物なので、辺りは鬱蒼として気味が悪い。


 「そろそろ、この建物も何とかしなくっちゃなぁ・・・」


 彼は少し離れてから、廃寮を見上げた。


 「素行の悪い生徒が、たまり場に使ったりしてるのよね」


 しれっとそんな事を言う。


 「・・・そんな危険な場所に、夜まで放ったらかしですか?もうちょっと早く来てくださいよ」


 どこの世界でも不良のやる事は変わらない。もしそいつらに見つかっていたらと思うとゾッとした。


 「大丈夫よぉ。エメラインのシールドは、そんな簡単に解けないから」


 私ぐらいのレベルじゃ無いとね、と彼はドヤ顔で胸を張る。私はがっくりと力が抜ける様な気分に襲われた。


 「あの・・・その口調、どうにかなりません?見た目とギャップがあり過ぎて、脳がバグを起こしそうです」


 「えー!別に良いじゃない。普段はちゃんとしてるんだから、二人の時ぐらい・・・」


 ねっ、と語尾にハートマークが付きそうな、甘えた調子で言われて、心底げんなりしてしまった。


 「気を付けてください。他の人に聞かれたら、殿下の威信に関わりますよ?」


 「もう!二人っきりの時はトラヴィスで良いって言ってるのにぃ、ほんと頭固いんだから」


 と口を尖らせて、トラヴィス殿下は握りこぶしを両頬に当てた。


 (その仕草もどうかと思う・・・)


 私は額に手を当てて、天を仰ぎながら溜息をついた。

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