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モブ系悪役令嬢は人助けに忙しい  作者: 優摘
閑話_ダンスパーティ余話
102/218

消せない(クリフ目線)

 「毎年ダンスパーティでパートナーを取り合うのは珍しい事じゃ無いがね。殴り合いまでするのは久しぶりに聞いたよ」


 「別にパートナーを取り合いしたわけでは無いです・・・」


 ディーンは憮然とした表情を浮かべた。彼の目の周りは綺麗に青あざができている。普段、真面目でお固い奴の無残な顔に、俺は思わず吹き出したが、途端に後悔する。


 (痛っ!)


 口の中が切れているのだ。


 「笑うな、クリフ!これはお前がやったのだろう」


 ディーンはそう言うと、彼も痛そうに顔をしかめた。


 「お前だってやり返したじゃないか」


 俺は医務室の鏡に目を向けた。頬が腫れあがって、口元から血が出ている。


 学園医師であるファジソン医師は、俺たちのやり取りを聞いて肩をすくめた。


 「まぁね、どういう理由でこうなったかは知らんが、手当が終わったらしっかり先生に叱られておいで」


 俺達は顔に脱脂綿を張り付け、消毒の匂いを振りまきながら、とぼとぼと先生の元へ向かった。


 1年の学年主任だったワイバートン先生は、厳しい顔で俺達を迎えた。毎年恒例の大事なダンスパーティでの暴力沙汰だ、機嫌が悪くなるのも無理はない。


 「さて、理由を聞こうか」


 腕を組んで、俺達の顔を交互に見た。俺は先に口を開いた。


 「むしゃくしゃしていたので俺が先に殴りました。・・・ディーンは悪くありません」


 「私もイライラしていたので、直ぐに殴り返しました。クリフだけが悪い訳ではありません」


 俺達二人の意見を聞いて、ワイバートン先生は眉間にしわを作り、溜息をついた。


 「クリフ君。ディーン君を殴った理由は?」


 「別に・・・顔を見て腹が立っただけです」


  本当の理由など言えるわけが無い。


 「私が彼を腹立たせる事を言いました」


 きっぱりとディーンがそう言う。俺は心の中で舌打ちした。


 (余計な事を・・・)


 「何と言ったのだね?」


 「それは言えません。プライベートな事です」


 ディーンは表情一つ変えないで、冷静に言う。目の周りが青くなった顔じゃ、少々間抜けな感じは否めないが・・・。


 ワイバートン先生が探る様に目を細めた。


 「噂ではリリー・ハートさんを取り合って、喧嘩したって聞いたが・・・」


 「それは違います!」


 俺達二人の声が重なった。


 「リリー嬢は関係ありません」


 ディーンが続けた。そうだ、リリー嬢は関係ない。


 (ディーンがリリー嬢と踊った事は、関係しているけどな・・・)


 俺はダンスパーティでの出来事を思い返した。


         ◇◇◇


 「外に出よう。今なら誰も見ていない」


 俺はアリアナ嬢の顔を隠す様に、手のひらをかざした。泣いてる顔が誰にも見られない様に。そして彼女がそれ以上、ディーンとリリー嬢を見ない様に。


 アリアナ嬢が泣くのを見るのは初めてだった。彼女は強い。見た目は小柄で、触れると折れてしまいそうな風情だが、中身はそんなにやわじゃない。俺は彼女のどんな表情も好きだったが、ディーンの為に泣くのを見るのはキツかった。俺は彼女を外に連れ出しながら、気分は沈み込んでいた。


 (やっぱりディーンの事が・・・)


 この一年、彼女の気を引きたくて、色々とアプローチをしてきたつもりだ。けれど、そんな俺の気持ちを知りつつ躱しているのか、それとも恐ろしく鈍いのか、彼女は友人のスタンスを崩す事は無かった。


 (ディーンに対しても、そうだと思っていたんだけどな・・・)


 初めて会った時、彼女は自分はディーンには好かれていないと言っていた。だから結婚せずに、将来は自分で身を立てたいのだと。その言葉通り、彼女は学業では誰にも負けなかった。


 ディーンの方も、リリー嬢に心を奪われていると言う噂があったから、俺は自分にも十分チャンスはあると思った。婚約者がいながら他の女にフラフラする様な奴に、負ける訳が無いとも思っていた。


 けれど知り合ってみると、ディーンは思ったよりも良い奴で、それに凄い奴だった。本気で勉強したのに、学年末の試験では完敗だった。誰かに負けて悔しいと思ったのは、生まれて初めてだったかもしれない。それにどう見ても、あいつが好きなのは・・・


 (馬鹿な奴だ。せっかく婚約までしてるのに)


 何があったのかは知らないが、ディーンはアリアナ嬢に対し、どこか遠慮しているように見えた。そのくせ嫉妬だけは隠しきれてないのだ。


 そしてアリアナ嬢自身は、ディーンの事を大事な友人としか見てないと思っていた。だから・・・あの涙は、正直俺にはこたえた・・・。


 「ディーンとリリーを見るのが辛かった?」


 そう聞く俺に、


 「い、いえ!違います。そんな筈は無いのです」


 彼女はそう答えたけれど、握った手は震えていた。それに小さい肩も・・・。抱きしめたい思いに駆られたが、辛うじて押しとどめた。彼女はそんな事、望んで無いと思ったから。


 俺が彼女の為に唯一出来たのは、


 「聞いて・・・俺は何があっても君の味方だから。君がこれからどんな選択をしても、俺はそれを尊重するし、そばに居て君を守るよ。・・・友達だからね、俺達は」


 ただそう伝える事だけだった。


 その後、重い気持ちのまま一人ダンス会場に戻ると、運悪くディーンを見つけてしまった。何があったのかは知らないが、あいつも不機嫌そうな顔をしている。


 (ちっ・・・)


 その時は正直、ディーンの顔など見たくはなかった。だから少し離れた椅子を探した。


 (諦めた方が良いのか・・・)


 その方が彼女の為なのだろうか・・・。だけどまだ答えを出したく無い。そう思った。


 俺は椅子の背にもたれて、目を瞑った。少し心を落ち着かせたかったのだ。


 だがしばらくすると、ダンスフロア―でどよめき起こった。


 (うるさい・・・なんだよ?)


 俺は薄目を開けた。そして目に飛び込んできた光景に瞠目して、身体を起こした。


 アリアナ嬢がトラヴィス殿下とダンスを踊っていたからだ。


 (どうして、トラヴィス殿下が!?)


 驚いたが、アリアナ嬢の笑みが引きつってるのを見て、吹き出しそうになる。


 (くっく・・・、嫌がってるの隠せてないぞ?)


 笑い出すのをこらえていると、ガタンッという椅子の倒れる音が聞こえた。そちらに目をやるとディーンが目を見開いて立ち上がっていた。踊っている二人を、奥歯を噛みしめる様な顔をして睨んでいる。


 (・・・おいおい。こっちは、だだ洩れかよ・・・)


 思わず俺はディーンに近寄り、声をかけた。


 「なんて顔してんだよ?」


 ディーンは返事をせず、ふいっと顔を逸らせた。


 (ああ、そうか。そう言う態度か)


 さっきまでの、むしゃくしゃした気持ちがぶり返してきた。


 「自分勝手な奴だな」


 俺はディーンを責め立てた。 


 「ディーンだって、リリー嬢と踊っただろう?お互い様じゃないか」


 (俺にはあんな風に、彼女の気持ちをかき乱す事なんて出来ない。アリアナ嬢は俺の為に、泣いたりなんかしない・・・)


 だがディーンは俺が言った事を、馬鹿にするようにフッと笑った。


 「アリアナは俺が誰と踊ろうと、気になんてしないさ」


 ディーンは顔を背けたまま、自嘲する様に言った。


 「どうせ笑って『お似合いだ』などと言うに決まってる」


 気が付いたら俺は、ディーンの胸ぐらを掴んで、殴り飛ばしていた。


        ◇◇◇


 先生にこってり絞られた後の帰り道、ディーンが俺に向かって頭を下げた。


 「殴って済まなかった・・・」


 俺は面食らった。


 「何言ってんだ?先に殴ったのは俺だろう?」


 「ああ。だけど私はあの時、冷静では無かった・・・。普段なら、クリフが何故そんな事をしたのか、まず確かめたと思う」


 それに冷静だったら簡単に殴られる様な事は無かった、と付け加えた。どこまでもムカつく奴だ。


 「俺は謝らないぞ。・・・悪かったとは思うけど」


 「なんだ、それは?」


 ディーンは苦笑して、


 「いいさ、別に。・・・多分、私が悪いんだろう」


 こいつのこういう所も気に食わない。


 (なんで俺に、敵わないと思わせるんだ・・・)


 寮へと戻る道に人気は少ない。まだダンスパーティは続いているのだろう、外にいるのは二人きりになりたいカップルばかりだ。


 「・・・腹いせだったんだ・・・」


 「え?」


 ディーンの言葉が良く聞こえなくて、俺は聞き返した。


 「リリー嬢と踊ったのは、アリアナに対する腹いせだったんだ。・・・馬鹿な事をしたな。おかげでリリー嬢には怒られるし。クリフには殴られるし、散々だ・・・」


 (はぁ?)


 「お前なぁ・・・」


 俺が二の句が継げない居ると、ディーンは彼らしからぬ拗ねた顔を見せた。


 「アリアナは、私には『さっさと』踊ってしまおうと言った上に、リリー嬢と踊れって言ったんだ。彼女曰く『絵の様に素晴らしいと思うから』だとさ」


 その時の気持ちを思い出したのか、吐き捨てる様に言って、眉間にしわを寄せた。そして、俺の方をジロリと見て、


 「おまけに自分はクリフと楽しそうに踊って、周りから称賛されているんだ。どういう事だ?って思って腹が立った・・・」


 (あ~・・・なるほどね・・・)


 何となくディーンの気持ちが分かって、俺は頭をかいた。


 (そう言う事か・・・)


 「振り回されてるな」


 何気なしにそう言うと、


 「クリフもだろ?」


 即座にディーンにそう返された。真っすぐに俺の目を見て・・・。


 (そうか・・・気付いてたか。そりゃ、そうだな。気づいて無いのは、多分本人だけだ)


 だから素直に答えた。


 「ああ、そうだな」


 ディーンは溜息をついた。


 「しかも私の方が分が悪い」


 「何を言ってるんだ?婚約者が」


 「名ばかりだからね・・・」


 俺はそれには何も答えなかった。代わりに、


 「お前とリリー嬢が踊っていた時、『お似合いだ』って彼女言ってたぜ」


 そう言うと、ディーンは立ち止まって顔をしかめた。


 「・・・そうか・・・やっぱり・・・」


 「だけど、笑ってなかったぞ」


 「えっ?」


 俺はディーンを置いて、スタスタと歩き始めた。


 「お、おいクリフ!」


 ディーンはその先を尋ねたそうに追いついて来たが、俺は黙ったまま歩き続けた。


 アリアナ嬢が泣いていた事は、絶対に言わない。言わないと彼女と約束したし、しゃくに触るから。


 (分が悪いのは俺の方だ。・・・だけど・・・まだ消せない・・・)


 俺は歩くのをやめて、ディーンを振り向いた。


 「なぁ、2年生になったら勝負しないか?」


 「え?」


 「成績だよ。実技も加わるから、アリアナ嬢は首席にはなれないだろ?」


 ニヤリと笑ってやると、ディーンも不敵な笑みを浮かべた。


 「負けるつもりはないよ」


 「こっちのセリフだ」


 俺が拳を出すと、ディーンも腕をあげた。そして互いに軽く、拳同士を打ちつけた。

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