『恋』とは(リリー目線)
「リリー嬢、一曲お相手願いたい」
顔を上げると、不機嫌さを滲ませたディーン様が立っていた。
「ディーン様、飲食スペースでのダンスの申し込みはタブーですよ」
「分かっている。だが、アリアナが君と踊る様に言ったのだ」
そう言って、険しい顔でちらりとダンスホールの方を見るので、私もそちらに目をやった。
(まぁ・・・!)
私達がいる飲食スペースの直ぐ近くで、クリフ様とアリアナ様が踊っていた。微笑みながら踊る二人の姿は、どこか夢の中の世界のような、非現実的な美しさを感じさせた。まるで時の流れが違う様な、そして、そこだけスポットライトが当たっているように、周りからは浮き上がって見えた。
(アリアナ様・・・なんてお可愛らしいのでしょう!)
周りの人達も目を奪われている。踊っている人達ですら、二人の姿をボーっと目で追っているのだ。近くに座っている女生徒からも、賛辞の声が聞こえてきた。
(ああそうか、だからなのね)
私がディーン様に目を戻すと、彼は憮然とした顔で私に手を差し伸べてきた。
「分かりました。お受けします」
私はディーン様の手をとった。
「無理に誘ったようで、申し訳ない・・・」
ディーン様はダンスが始まってすぐ、私にそう言った。
私は思わずクスリと笑ってしまう。
「ディーン様は、アリアナ様とクリス様が踊ってるのを見て、気になってしまったのですか?」
彼の表情がグッと硬くなる。
「面白くなかった・・・のではないですか?」
「そ、そういう訳では無い・・・ただ・・・」
「ただ?」
「君も聞いていただろう?アリアナは、私には『さっさと踊ってしまおう』なんだ」
ディーン様の顔は、拗ねた子供の様で、こんな表情を浮かべる彼を初めて見た。
「その上他の人と踊れってどういう事だ!?彼女は私を何だと思って・・・」
そこまで言って、彼は言葉を止めた。
「すまない・・・こんなのは、ただの愚痴だな・・・」
上手に私をリードしながら、大きな溜息をつく。
普段は冷静で頭脳明晰、人に隙など見せない方なのに、アリアナ様の事になると普通の少年の様になる。その変貌の仕方が微笑ましかった。
「良いですよ、愚痴ってくださっても。でも当てつけの様にダンスに誘うのは、これきりにしてくださいね」
図星を突かれたのだろう、彼は顔を赤らめ、後ろめたそうな表情を浮かべた。
「・・・気づいてたのか」
「もちろんです。こんな事なさっては、アリアナ様がお可哀そうですよ」
そう言うと、ディーン様は再び顔を曇らせた。
「アリアナは、私が誰と踊ろうが気にしないさ」
吐き捨てる様にそう言う。
「何せ、私が他の女性と踊れるように、『さっさと踊ろう』なのだから」
「まぁ!」
悪いと思ったけれど、笑ってしまった。
「アリアナ様らしいです。多分それは、ディーン様の事を思って仰ったのですよ。だけど肝心のディーン様には、逆効果だったみたいですね」
私がそう言うと、ディーン様は自嘲するように笑った。
「すまない・・・また愚痴を言ったようだ。・・・前はこんな風では無かったのだがな。もっと自分をコントロール出来てたのに・・・」
「それは仕方ないですわ、ディーン様」
だって『恋』とはそう言うものなのだから。
ダンスの曲が終わりに近づく。私達の秘密の会話もそろそろ終わりだ。
「私は彼女にとっては、ただの友人で・・・形だけの婚約者だというのは分かっているんだ。だからもしアリアナに他に好きな人ができたら、直ぐに婚約を解消しようと思っていた。・・・だけど今は自信が無い・・・。形だけでも良いからその立場にすがっていたいと思う時がある。・・・無様だな・・・」
彼の言葉はまるで懺悔の様だった。
ゆるゆると曲が終わり、飲食スペースへと戻りながら、私は彼に言った。
「ディーン様。『恋』とは無様なものですよ・・・」
空いた椅子に腰かけながら、私は辺りを見回す。アリアナ様とクリフ様の姿が見えない。お二人で何処かに行かれたのだろうか?
(またディーン様がやきもきしてしまうわね。お気の毒に)
アリアナ様のお気持ちは分からないけれど、クリフ様の心はアリアナ様を向いている。この先、3人の関係はどうなっていくのだろう?いずれにしてもアリアナ様が、そして二人が傷つく事が無ければ良いと思う。
(いいえ・・・無理ね、そんな事)
それでも私は彼らが羨ましかった。だって私が本当に踊りたい方は・・・いまここには居ないのだから・・・。
私は新しく始まったダンスの曲を聞きながら、そっと目を瞑った。