皇太子トラヴィス・レイヴンズクロフト
私が言った事が納得出来ないと言う風に、クラークは目を見開いた。
「アリアナに対する嫌がらせは、全然、些細な事なんかじゃないぞ!」
妹を溺愛しているだけあって、熱量がウザ・・・いや、凄い。だけど私は彼に首を振って、
「だって術をかけられた方達の私に対する攻撃って、噂が元の作り話ばかりしょう?それにほとんどが的外れですし・・・」
もっと臓腑をえぐる様な事を言えば良いのに、エルドラ達はボキャブラリーが足りない。マーリンに成績が不正だと言われた時は、さすがに腹が立ったけど、あれだって穴だらけの作り話だ。
う~ん、やっぱり一番衝撃的だったのは・・・
「ノエル様のはちょっと・・・方向性が違ってて驚きましたけど・・・」
私がそう言うと、ソファに座っていたノエルがビクッと身体を震わせ、「ごめんなさい・・・本当にごめんなさい・・・」と米つきバッタ状態になる。私は「いえいえ、良いですから」と言いつつ、さっきの事を思い出して、
(いかん・・・また顔が熱くなってきた。)
熱烈告白の後遺症だ。
赤くなってるだろう頬を隠す様に片手で押さえる。するとパーシヴァルが「ふ~ん」と言って斜めに私を見おろした。
「あのさぁ、もしかしてアリアナ嬢って、結構ちょろい?」
そう言って馬鹿にしたように笑う。
「ちょ、ちょろいってどういうことですか!?」
私はさらに顔に血が上って、パーシヴァルを睨んだ。なのに彼は全く気にする素振りも無く、
「だって、好きだって言われただけで、さっきからノエルの事を滅茶苦茶意識してるじゃん」
ちょろいでしょ?と再度言う彼に、私は絶句した。
「な・・・!?」
何を言ってるのだと言い返したいけど、その先の言葉が出てこない。するとパーシヴァルは、
「その割にさ、あんな虐めにあったのに気にしないって、どういう神経の太さしてんの?恋愛にはちょろいけど、虐めは平気なんだ?繊細な僕には羨ましいくらいだよ」
とげらげらと笑い出す。
(こいつ・・・皇子じゃなければ殴ってやりたい)
私は机の下で拳を握った。
(告白されたら意識すんのは、当たり前でしょうが!いくら精神魔術のせいだとしてもドキドキするんだよ。それに私は別に神経が太い訳じゃなくて、虐めなんて前の世界でとっくに克服してるからだよ、くっそ~・・・)
まだ笑っているパーシヴァルから、ふんっと顔を逸らす。そして気を取り直す様に何度か咳払いをしてから話を再開した。今は真面目な話の最中なのだ。
「え~っと・・・私に嫌がらせをするだけなら、精神魔術などと言う大袈裟な事をするまでも無いと思うんです。それに、こんなやり方すぐバレます。実際、違和感だらけですし。モーガン先生はいったい何を考えているのでしょう・・・」
なんだかそれが不気味だった。何か他の企みが隠されているような気がしてならなかったのだ。
「とりあえずは自分達が精神魔術を食らわない様に、気を付けるしかないな。モーガン先生が俺達より強い魔力を持っている可能性もある。それとアリアナ嬢がターゲットなら、誰かが常に一緒に居た方が良いと思うのだが・・・」
クリフがそう言うと、
「任せてよ!私達、エメライン様のお世話係をやめるから。明日からはアリアナ様から離れない様にするわ」
ジョーが胸を叩き、ミリアやレティも頷き合う。確かに3人が一緒にいてくれるのは心強い。
するとクラークが何かを思い出したように「あっ」と声をあげた。そして私に複雑そうな顔を向ける。
(なんだ?)
「ん~っと・・・それにちょっと関わる事なんだけど・・・」
何だか歯切れが悪い。これはどうも私に言い辛い事のようで、嫌な予感がした。
「どうしたのですか?お兄様」
不安を覚えながらも先を促すと、
「実は・・・トラヴィス殿下から、アリアナを秘書にしたいという申し出があったんだ」
「ええっ!!」
私を含めた全員が驚きの声をあげた。ディーンやクリフなんかは腰を浮かせている。
(皇太子殿下の秘書?私が!?)
「な、な、何ですか、それは!?今の生徒会って確か、皇太子殿下の護衛も兼ねているんですよね?魔力の無い私には到底無理ですよ!」
この学園の生徒会は、将来の皇国の政治の縮図みたいなものだ。だからもちろん生徒会員には学力だけじゃ無く、魔力の強い者が集められている。
今は活動しているのはクラークとディーン。トラヴィスの母違いの弟で第二皇子のパーシヴァル。神セブンの一人で攻略者のケイシー・バークレイ。それと断わったけどクリフだ。
(そんな中に、モブ悪役令嬢のアリアナが入れるわけ無いでしょ!?)
だけどクラークは首を横に振った。
「あくまで私的な秘書だから、生徒会役員と言う訳ではないらしいんだ。殿下は皇国の公務もあって忙しいから、身の回りの雑用をこなしてくれる秘書が必要だって仰ってるんだよ」
(ちょ、ちょ、ちょっと待ってよ!?)
―――悪役令嬢役はどうしたの?
私の頭の中に、再びあのトラヴィスの言葉がリフレインする。
(冗談じゃない。あんな胡散臭い皇太子の秘書なんて出来るかい!それに、もしそうなったら、エメラインが烈火の如く怒り出すんじゃないか!?)
逆立つ赤い髪を思い出して身震いする。
「お兄様、お断りしてください!それにどうして私なんですか?無理です!というか絶対嫌です!」
「僕も最初は断わったんだ。アリアナは昔は身体が弱かったし、殿下の秘書はきっと忙しいだろうしね」
説明しながらクラークは眉を下げた。
「だけどトラヴィス殿下が引かなくてね・・・アリアナの優秀な頭脳を、ぜひ皇国の為に役立てて欲しいと言われて断り切れなかったんだ。殿下がこんな風に我を通すのは珍しい事なんだよ。それに・・・今の状況を考えると、その方がアリアナの安全を確保できるかもしれない。生徒会室には僕もディーンも居るからね」
「そ、そんな・・・」
(噓でしょ!?)
「アリアナ様!皇太子殿下の秘書だなんて、とても名誉な事ですわ!それに前から私、アリアナ様の能力をこの学園の生徒会に活かさないのは、勿体ないと思ってましたの。もちろん私も生徒会に入りますわっ!」
ミリアが目をきらきらさせてそう言った。
クリフがその様子を見て、溜息をつきながら、
「仕方ないな・・・俺も生徒会に戻るか」
と呟いた。
「・・・その方が、そばで守れるのは確実だな」
固い表情だが、ディーンまでそんな事を言う。
「グローシアやジョー、レティは生徒会室のティールームに居られるよう、殿下に頼んでみるよ。君達も魔力の強さや魔術の腕は抜群だからね。生徒会室の警備も兼ねる事が出来るだろう」
それを聞いてジョーがガッツポーズで
「やった!生徒会のお菓子はきっと美味しいわよね!?それにケイシー先輩と毎日会えるわ!」
「ああ、なんて素晴らしいの!皇太子殿下とケイシー様の肖像画も、お近くで描くことが出来ますのね!マリオット先生は授業中に描いてますし、これで神セブンをコンプリートですわ!」
レティは両手を組んで、野望に満ちた顔で天を仰いだ。
「クラーク様と共に、アリアナ様をお守りできる・・・」
グローシアはポッと頬を赤くして、口元のにまにま笑いが抑えきれない様だ。
私の意見を無視して、話がどんどん進んでいく。
(な、なんで・・・?)
呆然とした気分のまま、その日の話し合いは終わってしまった。
そして次の日、まだ納得いかない気分のまま、何故か私はトラヴィスと生徒会室の彼専用の個室で、二人っきりで面会していた。
初めて入る生徒会室は、どうも敷居が高くて落ち着かない。
(帰りたい・・・)
生徒会室は3つの部屋で構成されていた。
一つは生徒会のメンバーが作業する為の広い部屋。二つ目は休憩やお茶会にも使える、小さなキッチン付きのティールーム。そして三つ目は、生徒会長の執務室・・・つまりトラヴィスの為だけの専用個室だ。
「皇太子殿下・・・どうして私は、授業中に呼び出されたのでしょうか・・・?」
やんわりと抗議を織り交ぜて、私は質問した。
トラヴィスは大きめのデスクの、高い背もたれの椅子に腰かけていて、私は部屋の真ん中に置かれた椅子に座っている。まるで何かの面接のようだ。
「私の学年は、一昨日フィールドワークで休日授業だったからね。今日は振り替えで休みなんだ。君のクラスは今、先生が急病で自習中だよね?」
(ちっ)
私は心の中で舌打ちした。なんで急に決まった自習の事を知ってるのさ!?
トラヴィスはずっと眩いばかりの皇太子スマイルを浮かべている。
普通の女性なら、それだけでクラっとしそうなぐらい魅力的な微笑みだ。正直私はクラクラしている。
輝くブロンドの髪に、皇室直系の証である金に近いトパーズの瞳。美しいけれど決して女性的ではない精悍な顔。耳に心地よい声と、誠実そうな物言い。さすが乙女ゲーム『アンファエルンの光の聖女』のメイン攻略者だよ。文句のつけようが無い。
(だが・・・騙されないぞ・・・。この皇子は胡散臭い)
微笑む瞳の奥で油断のならない光が見え隠れしている事を、私は見逃してはいないのだ。
「私の秘書を引き受けてくれて嬉しいよ。生徒会の仕事は何かと雑多で忙しいからね。生徒会メンバーは全員優秀だけど、それでも私が直接指示しなくてはいけない事も多い」
「・・・はい」
私は渋々返事を返した。
(引き受けたも何も、断わる選択肢が無かっただけだっての。あんたがクラークを使ったあげく、タイミング悪く周りからも固められたんだから・・・)
私の内心の毒づきを知らないで、トラヴィスは涼しい顔で話を続ける。
「皇国の公務も一部引き受けているから、なかなかやりたい事が出来なくてね。新規で試したい事もあるから、人手が欲しいんだよ」
(そう言えばディーンが言ってたな。トラヴィスは色々と、新しいアイデアを出してるって)
だからって、何で私が?と言う疑問が消えない。私は勉強なら誰にも負けない自信はあるが、正直それだけなのだ。
トラヴィスの表情を伺いながら、少し反論を試みる。
「はぁ・・・でも私がお役に立てるとは思えませんが・・・。お聞きになっていると思いますが、私は魔力ゼロなのですけど・・・」
「その辺は大丈夫。手伝ってほしい事に、魔力は関係ないから」
トラヴィスは笑みを崩さない。それでもやっぱり裏がある様な気がして、段々気味が悪くなってくる。
不審に思う私の気持ちが顔に出てたかも知れない、トラヴィスはくすっと笑うと、
「でも今日呼び出したのは、仕事とは関係ないよ。実は君には二人きりで、聞きたい事があってね」
気のせいか「二人きりで」と言う部分が強調されていた様に思えて、私は身構えた。
トラヴィスは組んだ手の上から私を見据え、彼の目が一瞬鋭くキラリと光った。それを見て私はゾクリとし警戒心が増す。
(何!?もしかして、また悪役令嬢役の話!?)
執務室の時計の音が、やけに大きく聞こえる。私の心臓の音と呼応するかのようだ。
トラヴィスは不敵な笑みを浮かべ、ゆっくりとした口調で私に向かって訪ねた。
「アリアナ嬢。君はカップラーメンはノーマル派?それともシーフード派?」
私はガクッと力が抜けた。何を聞かれるかと思えば・・・
(・・・何なの、そのくだらない質問は・・・)
「どちらかと言えばノーマルですが、いったいどういう・・・。」
そこまで答えて、私は全身が凍り付いた。
(な、な、な、何て・・・こ、こ、こ、この人、今何てった・・・!?)
この乙女ゲームの世界に、カップラーメンなんてあるわけない!だとしたら・・・。
思わず口元を押さえて椅子から立ち上がった。手足が震えている事に気付く。私のその様子を見て、トラヴィスは皇太子らしからぬ表情でニヤリと笑った。そして、
「・・・ノーマルね・・・そう、ふふっ・・・ノーマル派なんだ・・・」
そう言いながら組んだ手を額に当てて何度も頷き、身体を震わせて静かに笑い始めた。
「ふっふ・・・くっくっく・・・」
私は彼のその異様な姿に、壁際に張り付く様にして距離を取った。
(な、何なのこの人、気持ち悪っ!いったい何者!?)
もう本当に部屋から逃げだそうか?と思った時、
「あっはっはっは・・・もう、やっだぁー!そんな、怖がんないでよぉ~!」
トラヴィスが心底おかしそうに笑いながら、明るい口調でそう言った。
(えええ!?)
似つかわしく無いお姉言葉を聞いた途端、私はとうとう腰を抜かしてへなへなと座り込んでしまった。