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八 何も知らない哲哉とワタル

 大粒の雨が横なぐりに降り、窓ガラスをたたく。

 激しい雨に誘われるように、哲哉はガラス越しに外のようすを覗いた。


「何度外を見たら気が済むんだ。さすがの哲哉も、台風が気になってしかたないってことかい?」

 テーブルに頬杖をついたまま、ワタルが哲哉の背中に問いかける。

「いや、子供のときのことを思い出してさ」


 ワタルの正面のソファーに座り直し、哲哉が答えた。ワタルが目を丸くして見つめる。

「ほら、台風が来ると学校が休みになるだろ。あれを思い出したのさ。ついでに明日の打ち合わせも休みにならないかなー、なんてな」


 小学生のころ、臨時休校を期待して宿題をサボった哲哉は、

「台風が進路を変えずにやってきますように」

 と願ったことが何度かあった。

 うまく行くときもあれば、台風一過の晴天になり、先生にこっぴどく叱られたこともある。今となれば笑い話だ。


「罪深いことを。被害に苦しんでいる人たちだっているのに」

 ワタルはあきれかえっていたが、彼にも似たような経験があることを哲哉は知っている。幼なじみに隠しごとをするのは難しいのを忘れてはいけない。


「でもさ、停電したときはどうなるかって思ったけど、すぐに復旧して助かったぜ」

 そういって哲哉はテーブルにおいたタブレットの電源を入れた。

「だな。あのまま停電していたら、何もできず、ムダに一夜を過ごしたかもしれないし」

 リーダーだけあってワタルは、仕事を続けられることに安堵しているようだ。



 台風直撃のこの夜、哲哉とワタルはライブの企画会議用にたたき台を作成していた。

 台風が来ていようが、場所が哲哉の自宅ならいざとなればワタルを一泊させればすむ。学生時代には将来の夢を語り合って夜を明かしたことも多い。

 気のおけない幼なじみだからこそできる、忌憚のない意見を出し合って、たたき台が作れるというものだ。


「じゃあ、ライブの流れはこれでいいとして……曲の順番はこんなものか?」

 ツアーと同時期に発売されるアルバムをベースにストーリーを作り、セットリストを考える。

 その結果を哲哉がタブレットに入力し、ワタルもそれにほぼ同意した。たたき台なので、大まかな方針が決まれば十分だ。


 大方仕上がったところで、入力したデータを事務所の関係者とメンバー全員に送信する。

 意見は明日の会議までに考えて貰えば十分だ。これで今日の仕事は終了だ。


「お疲れさま。台風も来ていることだし、この中を帰るのも大変だろ? 今夜はうちに泊まれよ。ということで……」

 哲哉はキッチンに入り、冷蔵庫から缶ビールをとりだしてワタルに差し出す。


「いや、今日はよすよ。小降りになったら運転して帰るから」

「そっか。じゃあ、おれひとりで飲むのもつまんねぇから」

 哲哉は缶ビールを片付け、代わりに、ボトル入りのアイスコーヒーをグラスに注いだ。


「インスタントだって文句いうなよ。おれは西田さんみたいにマメじゃないんだぜ」

「文句なんていう訳ないだろ。うちの大事なボーカルにコーヒーを入れさせてるなんて知られたら、『リーダーのパワハラを許さないんだから』って哲哉ファンからカミソリが送られてきたら、怖すぎるよ」


「んなわけねーだろ。考えすぎだぜ」

 と口では軽くあしらったものの、実際ストーカーまがいのファンが現れることがある。

 幸いにして哲哉たちのバンドにはそういった悪質なファンはいない。


 少なくとも、今のところは。


 だが警戒するに越したことはない。

 アマチュア時代に親衛隊のおっかけにつきまとわれて苦労したメンバーもいる。

 それを思えば、恋人だけでなく親しい女性の存在を週刊誌やワイドショーに報道されれば、ターゲットとなった女性たちに迷惑をかけてしまう可能性は十分ある。


 実際にワタルも、アイドル歌手とのありもしない熱愛報道で苦労した経験があるだけに、用心に越したことはないのだ。


(だからワタルは、西田さんともあまり大っぴらにつきあえてないんだよな)

 哲哉はふたりをよく知っているから、隠れるようにつきあっている姿を見ると、気の毒でならない。

 つきあいはじめてしばらくは、メンバーにも打ち明けられなかったくらい慎重になっていた。




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