六 落雷と停電と
と、そのときだ。
大粒の雨が窓に強くたたきつけられる音が響いた。東京にも台風の影響がでてきたようだ。
これでは音楽がゆっくりと楽しめない。
沙樹はカーテンを開けて、街を見下ろした。
ニュースで早めの帰宅を促した効果が出ているようで、傘の花も車のサーチライトもほとんど見かけない。
いつもは賑やかな街から、人の気配が消えかかっている。
「雷、鳴らないといいんだけどな……」
その瞬間、沙樹の不安が的中した。
前方に稲妻が走り、少しの間をおいてゴロゴロと音が響いてきた。
「やだな……近くに落ちて停電なんて、勘弁してよね」
つぶやいているうちに稲光が走る。ほぼ同時にバリバリという激しい音が、沙樹の耳をつらぬいた。
(あーん、今のは近い)
思わず両手で耳を塞ぎ、沙樹は身体を縮こませる。
ちょうどその瞬間だ。一瞬にしてあたりは闇につつまれた。
ふりかえって窓から外を見ると、街も真っ暗だ。
「えー、このタイミングで停電? 冗談じゃない」
沙樹は手探りで床をはい、何とかソファに座った。そして用心のために出しておいた懐中電灯をつける。
バッグからスマートフォンをとりだし、ラジオアプリを使って自分の勤務するFMシーサイドステーションにチャネルをあわせた。
放送中の番組で、DJが停電の詳しい情報を報道している。ワタルのマンションがある地域も該当地域に含まれていた。
幸いなことに、復旧までに時間はかからないとのことだ。
「でも録画が終わったあとでよかったよ」
変なところで安心して、沙樹は肘おきを枕がわりにしてソファーに寝転がった。
スマートフォンのスピーカーからは、ハード・ロック専門番組が流れている。沙樹の上司、和泉が担当している番組だ。
ロックは好きだが、停電した部屋でひとり過ごしていると、別の音楽が聴きたくなった。
アマチュア時代から苦労を共にした、オーバー・ザ・レインボウの曲だ。
「和泉さん、ごめんなさい。ワタルさんたちの曲を聴かせてね」
ラジオのむこうにいる上司に謝って、沙樹はラジオをとめ、かわりにワタルたちの曲を流しはじめた。
ステージの上でところ狭しと動き回る哲哉が、メンバーひとりひとりに絡んでいるようすが目に浮かぶ。
特にギターのソロパートが聴こえてくると、沙樹はこんなときでも口元が緩む。
ギターが恋人の演奏だというだけで、たくさんいるベテラン・アーティストの曲を聴くよりも安心感に包まれる。
安堵してスマートフォンをテーブルにおこうとしたとき、ディスプレイの明りが壁に当たった。
(……え?)
薄暗い光の中を、影が横切ったような気がした。
キッチンや仕事部屋で感じた不安がよみがえる。
「このマンションは新築だから……事故物件じゃないはず……だよね?」
好きな俳優が出るからと、仕事仲間に無理やりつきあわされたホラー映画のワンシーンが、沙樹の脳裏に浮かんだ。
「いやいやいやいや、幽霊なんてあたしは信じないんだからっ」
幽霊と人間なら、後者の方が遥かに現実味がある。
とはいえ……。