プロローグ 転生
キリが良いところまで書いていますので完結保証はしておきます!
真っ黒い空間。光も何もなく、熱も空気のかすかな動きも感じることはない。そんな空間に、俺はいた。
まるで現実ではないようなそんな感覚がするし、少なからず夢なのではないかと思う気持ちはある。
だが、なぜだか無駄に生き続けて経験を重ねた俺の勘が告げていた。これは現実であり、決して夢などという空虚なものではない、と。
この空間に自身がいることは非常に不可解で理解不能で恐ろしいはずなのに、なぜか俺は叫びたいとも逃げたいとも思わなかった。俺の心には大きな違和感が生み出される。
俺はいったいどうしてしまったのかと真剣に悩み、
「あっ。おっつおっつ」
「え?あ、おっつおっつ?」
その真剣な思考は、あっという間に砕け散る。
この光のない深淵のような空間には全く似つかわしくない。非常に能天気な声が響いてきたのだ。
声の主へ意識を向ければ、その存在の詳細が感覚的に伝わってくる。不思議なことにその存在は少年とも、少女とも、くたびれたリーマンとも主婦とも老人とも思える。非常に不思議な存在だ、
俺がそんな風にその不可解な存在に関して考えていると、俺の気持ちや理解など一切必要ないとでもいうようにその存在は口のようなものを開き、
「簡単に言うとさ。君、〇んじゃったんだよね」
「………………は?」
めちゃくちゃ大事なことをとても軽い感じで言ってきた。
ただそんな軽い発言であったにも関わらす、俺にその言葉を否定する気持ちが沸きあがることはなかった。本当に違和感だらけだ。
「いろいろ質問に答えていくのも面倒だから先に説明しちゃうと、僕は神様ね。君の魂をちょっと回収させてもらったの」
「魂を、回収?」
理解はできない単語だ。だが、説明が面倒くさいという単語を発していることから推測するにこいつは質問されるのを嫌がるはず。
神らしいし、よく分からん不思議な力も持っているみたいだし、機嫌を損ねるのはよくない。というかご機嫌取りでもして少しでも俺の優位性を上げたいところだ。
つまり今は、質問しない。質問するとすれば、もっと重要なところにしよう。
「ん~?質問せずに僕のご機嫌取りか。君は変わってるねぇ。でも、そういうの好きだよ。特別にいい子にしてたら、ご褒美上げちゃう」
「っ⁉」
俺は息をのむ。
心を、読まれてるな。神だから当たり前といえば当たり前の力なのだが、今までの会話の流れでそれらしき点がなかったため失念していた。
ただ、今はその失念よりもご褒美というものの方が重要だな。内容が何かは分からないが、それはきっと俺にとって良いもののはずだ。良い子にしていたらという条件は示されたし、おとなしくこの神の話を聞こう。
「くふふぅ~。本当にいい子だねぇ。じゃあ、続きを説明しちゃおうか……君の魂を回収させてもらってこんな風に話しまでしている理由だけど、それは君に転生してもらいたいからだよ」
「転生」
その単語は聞きなじみがある。確か。生まれ変わって別の人間や生き物としての生を受けるという意味だったような気がするな。
と言うことはつまり、俺を生まれ変わらせようとしているということか。
「おぉ。良いね良いね。頭も使ってくれるなんて、本当にいい子だよ。説明が省けて本当に良い……ただそれにつけ足すとすれば、君に転生してもらう先は異世界になるってこともあるかな」
「異世界……」
異世界というのは、随分と定義の難しい言葉だと思っている。
ただ、その定義に関して説明するのも神は面倒くさがるだろう。だからそれに関して入った頭の片隅に追いやる。
俺はとりあえず、異世界というのは全く別の俺の常識が通用しないような世界という認識でいればいいだろう。
「うん。それでいいかな。ちなみに、魔法やらスキルやら使えたりするよ。で、そこで大事になってくることが今回呼び寄せた理由と関係するんだ」
「呼び寄せた、理由?」
「そう。君には、転生する特典としてスキルを選んでもらう。ちなみにご褒美に関しては、僕がいいと思ったスキルをランダムで1つ、いや2つ追加であげちゃうっていう感じだよ。よかったね」
「え?あ、はい」
何が良かったのかはさっぱりだが、ここは素直にうなずいておこう。
それよりも、スキルというのを選ぶんだったな?スキルと言われると経験を通して身に着けていくものというイメージなのだが、
「はい。これスキル一覧ね」
「あっ。ありがとうございます」
俺の前に一覧が表示される。そこには、『剣術』やら『風魔法』やら『洗脳』やら『幸運』やらいろんな名前の付いたものと、それにセットで数字のようなものが書かれていた。
例えば剣術の場合だと『剣術:100P』といった感じだな。数字の後のPはおそらくポイントのような意味合いだと思う。
「おっ。正解だよ。よくわかってるねぇ。そのポイントだけど、君の場合は10000Pあるからそれを使って好きにスキルを獲得していってね」
「分かりました」
10000あるなら、さっきの剣術みたいなのは100個獲得できるってことだろう。スキルを獲得するというのが具体的によく分かってはいないが、言葉から考えるに経験していなくてもその経験と同じだけの力を得られるといった感じなのではないかと思っている。
ということなのであれば、だ。
「今まで経験したことのないものを、優先して取るべきか?」
したことのあるもの、できるものであれば、スキルというのを獲得しなくても良いはずだ。何せ、できるのだからな。
だから、
「経験のないもの。それでいて、俺の欲しいもの………………」
基準はそんな感じで、悩みつつも急いで獲得していく。俺がやりたいことは決まっているので、そこまで長く悩むことはない。
俺は、
「スローライフを、送りたい」
今まで長い間社会にもまれてきた。こんな神にまでご機嫌伺いしてしまうようなほどにまで俺はゆがんでしまったんだ。
だが、もう社会にもまれるなんて嫌だ。出世を競って同僚たちと争い、下げたくもない頭を下げ、それでも追い抜かされ蹴落とされていく人生なんてもう歩みたくない。
だからこそ、スローライフ!
「ふふっ。随分と闇をため込んでるねぇ……あっ。そうそう。気づいてないみたいだけど、スキルにはランクっていうものがあるんだよ」
「ランク?」
「そう。一覧の1番上には、Eランク一覧って書かれてたと思うんだよね。途中からDランクとかCランクとかに変わってたと思うんだけど」
「そ、そうなんですね。気づいていませんでした。教えていただきありがとうございます」
いかんな。神の機嫌のために急いでいたら要素を見落としてしまっていたらしい。
よく確認してみると、確かにランクというのが変わっている。いま俺が見ているスキルというのがBランクに属するものだった。
「そのランクというのも大事な要素でね、Aランクスキルを取ると同時に隠しスキルの『シナリオ』っていうものを獲得することになるの」
「シナリオ、ですか?」
「そう。そのスキルを獲得すれば、その存在は物語の登場人物のように様々な出来事に巻き込まれていくことになるの」
「なっ!?」
それは非常にまずい。
スローライフを目指すというのに、物語のような波乱万丈な人生など送りたくはない。もしその『シナリオ』というものを獲得してしまえば、俺の目指している方向とは全く逆の方向へ進んでしまう。
「教えていただきありがとうございます」
「いやいや。気にしないでぇ」
もう少しでAランクのスキルなんかも見るところだったが、その前に言ってもらって助かった。おかげで俺はその、面倒なのに巻き込まれずに済むわけだ。
やはり神のご機嫌取りをしておいて正解だったな。
「……よし。決まりました」
「おっ。もう終わったの?早いねぇ~さすがだよ。かなり他の転生者と比べても時間は短かったし、とても僕のことを考えてくれてるね。お礼にご褒美であげるスキルを1つ追加しちゃおうかな」
「ありがとうございます!!」
合計で3つ俺は追加でスキルというものをもらえるらしい。
最低でも1つ100Pとすれば、3つ合わせて300P。俺の最初に持っていた10000Pの3%にもなる。言い換えれば、俺の人生の幅が3%広がったということだ。あって困るということはないだろうし、非常にありがたい。
「うんうん。喜んでもらえたみたいで何よりだよ………じゃあ、これが追加の3つね」
俺に力が流れ込んでくる。俺の目の前には、追加のスキルの名称とその効果が表示されていた。………スローライフに役立つかはともかく、有用そうなものに見えるな。
さすがはオススメというだけはある。
「じゃあ、そろそろ転生させるね。かなり早く終わらせてくれて助かったよ」
「いえいえ。私もどうやら優遇していただけたようですし、こちらこそなんとお礼を申し上げたらいいものか」
「ハハハッ。気にしなくていいよ」
神が笑う。それと同時に、俺の意識がだんだんと遠くなっていくような気がした。これから転生というものが行われるのだろうと直感的に理解する。
そして薄れていく意識の最後、
「あっ。言い忘れてたけど転生者はAランクスキル関係なしに『シナリオ』を獲得するから、スローライフはできないと思った方が良いよ」
そんな声が聞こえてきた。
………………マジであの神、○○○○!
《メインシナリオ『誕生』を達成しました》
《シナリオ達成ボーナスが与えられます》