【第五話】肉まん
翌日、学校に行こうと家を出たが、小春は待っていることもなく。まだ家に居るのか、先に行っているのか。待ち合わせをしてるわけでもないので、そのまま学校に向かう。中学までは小春と毎日一緒に登校。向こうに行ってからも近くに友人が住んでいたので一緒に登校することが多かった。こうして一人で登校をするのは久しぶりかも知れない。昇降口まで来て和彦と会ったので三階まで一緒に上がる。
「昨日の件は大丈夫だから安心しろよ」
「だから大丈夫だって。今朝も一緒に来たりしてないから」
「そうなのか。ってそりゃそうか。にしても隼人もやるよな」
「なにが」
「なにがって。オススメとは言ったけどもその日のうちにお近づきになるとは思わないじゃん」
「ああ、それか。アレは学級委員だから色々教えてもらってたんだ。今日もテストの過去問をもらう予定がある」
「なんだ。流石にそうだよな。じゃ」
和彦のクラスはは僕のクラスより階段寄りの教室だ。先に入って消えていった。僕も自分の教室に入って小春の席を見ると先に来ていたのか一人椅子に座って外を眺めている。僕たちはいつも一緒だったから、教室に一人でいる小春を見るとなんか違和感を感じるものがある。一声くらいは掛けてくるか、と鞄を机に掛けて小春の方に行こうとした時、後ろから氷川良介が僕を追い越して小春のところへ行って朝の挨拶をしている。そうだよな。僕がいなくても小春にはもう彼氏が居るんだったな。僕は踵を返して自分の席に帰ろうとしたときに清水さんに声を掛けられた。昨日言っていたテストの過去問のことだろう。
「テストの過去問、持ってきてくれたの?」
「ええ。これ。あとこっちのノートは回答と解説だから」 「おお。悪いな。これで自習してみて分からなかったら聞くよ」
「分かったわ。いつでも言って」
そう言って清水さんは自分の席に戻っていった。自分も席について渡されたノートを見てみたが、自分には到底書けないような綺麗な文字に整頓された配置に解説。これで分からないって言ったら怒られそうだ。
その日の授業も半分分からない事だらけだったが、英語の音読だけは皆の感嘆の声を聞けたのは少し鼻が高かった。
「さて。図書室にでも行きますか」
じいさんのように呟いて腰を上げると床に引きずられた椅子の音が教室に響く。なんてことのない動作だったが小春がこちらを見ているのが分かった。小春の目の前には彼氏の氷川良介。僕が「帰るわ」とアイコンタクトを送り返すのはマズいとすぐに視線を逸らしたけども、教室を出るまで視線を感じたのは気のせいじゃなさそうだ。
「おっと。もうこんな時間か」
時刻は十七時半。図書室が閉まる時間だ。図書員が回ってきて気が付いた。清水さんの回答と解説。すごくわかりやすくて勉強が捗った。しかし、この学校はテストの後に解説授業があるんだな。こんなに詳しく。さて帰るかと図書室を後にしようとしたとき、出口で清水さんに出会った。
「あれ?清水さんも図書室に居たんだ」
「ええ。受験勉強、かな。そういえば如月君は大学、どうするの?」
「僕は適当に帰国子女枠を狙うかな。一般受験じゃこの通りの有様だし」
両手の手のひらを上に向けて降参のポーズをする。
「清水さんはどこらへん狙ってるの?」
帰ってきた答えは誰もが名を知る国立女子大学。相当な難関校だ。現在の判定はA[#「A」は縦中横]判定らしいがまだまだ油断ならないとのことだ。その上のS[#「S」は縦中横]を狙っているらしい。そのまま僕たちは下駄箱に向かって歩く。この前と同じように清水さんは靴をトントンと軽く床に打ち付ける音がして、そちらを向いたら屈んでる僕からはスカートを覗いている様な格好になっていることに気が付いて慌てて目をそらした。
「別に気にしなくてもいいのに」
「いや。気にするでしょ」
清水さんは「ふふ」と教室ではあまり見せない笑みを浮かべて先に校舎を出て行った。僕もそれを小走りで追いかけて横に並ぶ。今日も夏の残党が僕たちを照らす。
「いや、それにしてもまだ夏だなぁ。セミ鳴いてるし」
「そうね。そろそろ相手を見つけないと行き遅れちゃう子も出るかもね」
蝉の一生は長いらしい。でも地上に出て来てからは一週間ほどで命を落とすという。それを聞いてからは蝉の声は魂の叫びのように感じてうるさいとは思わなくなったものだ。
「あ、そういえば清水さんのノート、すごくわかりやすくて助かる。コレっていつまで借りてていいの?」
「全部時終わるまで構わないわ。私はもうそこら辺は終わってるから」
さすが国立女子大学を目指すだけはある。
「予備校とか通ってないの?図書館から出て来たけども」
「通ってないわ。全部自己流。だからA[#「A」は縦中横]判定が出ても油断がならないのよ」
「そうかぁ」
本人は言わないけれど、恐らくは学年順位はかなりの高位置にいるに違いない。そんなことをおくびにも出さないものだからひどく接しやすい。なのにクラスに居るときは誰かとつるむ訳でもなく一人で黙々と本を呼んでいる。なんか勿体ない気がする。人生一度きりの高校生活、友人との時間も大事だとは思うけどな。
校門まで来て清水さんを別れてコンビニに寄り道。駐車場で小春が肉まんを食べている。
「よう。コンビニ、もう肉まんなんて売ってるのか。早すぎやしねぇか」
「そう?美味しいよ?隼人も食べる?」
小春はいつもの調子でこっちに食べかけの肉まんを寄越してくる。
「いや、コレはマズいでしょ……」
「あ……」
「それじゃ、僕も肉まん買ってくるか」
駐車場の金属で出来たU[#「U」は縦中横]字の柵に寄りかかって一人分の間を空けて話す。
「隼人はこんな時間まで何してたの?」
「図書室で勉強。こっちの授業に全然追いついてないからな。いくら大学は帰国子女枠を狙うにしても学校の成績がメタメタになるわけには行かないからな」
「隼人が勉強……信じられない。明日雪でも降るのかしら⁉」
「失礼だなおい。それがさ、清水さんって居るだろ?学級委員の。その清水さんに借りた過去問の解答と解説が分かりやすくてさ。おバカな僕にも効果抜群って言うの?ってか、この学校ってテストの解説までやるのな」
「え?流石にそれはやらないかな。どんなノート?」
僕は素直に借りているノートを小春に手渡す。ペラペラとノートを軽くめくった後に一言。
「これ、自主的に作ったものだと思う。こんなの授業でやってないし。でも解説まで書いてあるのはなんでかなぁ。手書きだし。結構大変だと思うよ、これ」
「自分で理解を深めるため?とかじゃないのか。彼女国立女子大学目指してるって言ってたし」
「わ。やっぱりそうなんだ」
「なんだやっぱりって」
「清水さん、一年の時から学年一位死守してて。みんなそうじゃないかって言ってたの。でも初めてじゃないかな。そんなの人に話すの。ねぇ、いつそんなに仲良くなったの?」
小春は興味津々といった感じでこっちに身を乗り出してくる。僕は肉まんを一口食べた後に「学級委員だからじゃないの」と軽い返事をした。それを小春は解せないといった顔で肉まんの最後の一欠片を口に放り込んで腕組みをしながら咀嚼している。
「彼女、クラスでもあんまり友達いないんだよ。男子なんて氷のなんとかって呼んでる」
「そうか?そんな風には見えないけどな」
僕も肉まんの最後の一欠片を口に放り込んで鞄を持ち上げると、小春も鞄を持ち上げて自然に一緒に帰る事になった。