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【第三話】補講

「まずは確認なのだけれど、どの辺が分からない感じだったのかしら」

 話ながら隣の席の机を僕の机にひっつけて横に座って来た。

「ええと……。全部?」

「最初から分からなかったということかしら」

「数学の基礎とかは分かるんだけど、向こうでやっていた内容よりも進んでるのか分からないものが殆どだったかな。古文なんかは全く分からなかった」

「そう。それは少々頭が痛いかも知れないわね。社会とか科学はいかがかしら」

「それはどうだろう。今日は授業がなかったからよく分からないかな。でも社会は分からない可能性が高いかな」

 清水さんは少々困ったという顔をしている。それはそうだ。日本でのブランクが四年もあるのだ。浦島太郎状態の僕に教えると言っても生半可なものではないだろう。

「じゃあ。まずは数学からにしましょうか。教科書のどの辺から分からない感じかしら……」

 

 清水さんと僕が分かる場所の確認を行って見たら、おおよそ半年分くらいは遅れている様だった。向こうのハイスクールは飛び級があるように自主的に勉強を勧めることが多くて、学校の授業のペースはそんなに速いとは言い難かったけども、その通りだったと言うわけだ。

「それじゃ一週間くらい待ってくれるかしら。過去の中間期末テストを元に教科書の重要部分をピックアップしてくるので」

「いや、流石にそれは悪いよ。テストの問題用紙でも貸してくれればこっちでも出来るから」

「そう?」

「あ、うん。そのくらいは出来るかなって思う。それにしてもクラス委員ってここまでのことをするの?」

「普段はしないわね。強いて言うならあなただから、かしら」

 なにやら思わせぶりな事を言ってくる。会って一日でどうこうなるような間柄でもないでしょうに。一目惚れとかそういうようなことを言ってくる様な人にも思えないし。なんだかミステリアスな雰囲気だ。和彦オススメの清水さん。あんなことを言うものだからちょっと興味が湧いてくる。

「清水さんは今日この後の予定とかあるの?無ければ途中まで一緒に帰らない?」

「いいですよ。如月君はどの辺に済んでいるのかしら」

「二丁目なんで校門をでて左方向ですね」

「あら、そうしたら校門までのお付き合いになりそう。私は校門を出て右方向だから」

 あらら。帰り道でどういう人なのかもうちょっと話したかったんだけどな。まぁ、分からないことは聞いてくれって言ってたし、これからの接点もあるだろう。そのうち分かる。僕は机に出した教科書を鞄に仕舞ってひっつけた机を元に戻しながら、自分の席に戻る清水さんを見る。腰の上辺りまでまっすぐ伸びた黒髪。放課後の斜陽に照らされて艶やかな印象を更に引き立てられている。

「それじゃ。校門まで一緒に帰りましょう」

 僕たちは木製の床からビニールみたいな廊下に足を移して校舎を進む。窓の外からはグラウンドで練習している運動部のかけ声や、吹奏楽部の練習音が聞こえてくる。向こうでもそういうのはあったけども、日本の学校の方が凝縮されている感じがする。

「清水さんは部活動とかやってないの?」

「やっていたけれども三年生は夏休みで引退。一応文芸部に所属していたわ」

「本が好きなの?」

「ふふ。そうね。色々質問されて、なんだか転校生になった気分」

 清水さんは雰囲気的に笑顔を見せない人なのかと思ったけども案外簡単に笑顔を見せてくれた。ミステリアスな雰囲気に笑顔。ギャップがあって和彦がオススメしてくるのもなんだか分かるような気がした。

「そういえば、向こうでは上履き文化って無いのよね?」

「そうですね。校舎内も土足なので」

「掃除、大変そうね」

「そうそう。砂とか結構大変。でも日本のグラウンドと違って芝生だったから。こっちが土足文化だったらもっと大変そう」

「芝生。いいわね。この学校の芝生なんて中庭位かしら。晴れた日はそこにお弁当を持って行く人たちもいるわね」

 僕たちはシューズロッカーに上履きを仕舞ってローファーに足を差し込む。清水さんはかかとを踏むのは嫌いなのか人差し指を差し込んでかかとを滑り込ませて、つま先をトントンと叩く音が響く。

「さて。行きましょうか。折角ですから、その中庭を案内するわ」

 季節はとっくに立秋を過ぎているが、夕焼け間際の太陽はまだその存在を示すかのごとく僕たちを照らす。

「ところで如月さんと桜さんは幼なじみってさっき言っていたけれど、そうなの?」

「あ、うん。そうそう。自宅が真向かいで。幼稚園から一緒だったんだ。でも中学二年のと期に僕がアメリカに行っちゃったから昨日会ったのが四年ぶりって感じ。なんか彼氏なんかも作ってて少し驚いたかな」

 中学二年まで付き合ってたと言おうとしたが、余計な事だと言葉を喉の奥に放り込んだ。

「じゃあ一つ。こんなこと私が言うことじゃないかも知れないけれど。氷川君、正直あまり良い話を聞かないの。だからもし何かあったら桜さんを助けてあげて」

「良くない話って?」

「おいおい分かってくると思うけど、彼女が頻繁に変わるのよ。桜さんとは夏休み前から付き合い始めたみたい。その前には別の女の子がいて。氷川君について私に相談に来たのよ。それで」                                       

「そういうことですか。小春は一応人を見る目はあると思うので大丈夫じゃないかと思いますよ」

 一旦は僕を選んだ女子だ。見る目はあるのだろう。などと自負していたら清水さんは更に話を続けた。

「そうだと良いのだけれど、夏休み中に他の女の子と出かけてるって何人かの生徒が目撃してるらしいの」

「二股ってやつですか?だとしたら幼なじみとして断固として許せませんね。万が一の時は助けます」

「それを聞けて安心したわ。面倒事には巻き込まれたくないって言われたらどうしようかと思ったわ」

 僕たち芝生を横目に中庭を抜けて自転車置き場横を通って校門へ向かった。

「じゃあ、僕はここで。また明日」

「ええ。また明日。テストの過去問を持って来るわ」

「よろしく頼みます」

 僕はうだる暑さの残る夕暮れ時の街を歩いた。なにもかもが懐かしい。空き地だった場所には新しくワンルームマンションが建っていたり、中学の帰りによく買っていた鯛焼き屋は閉店していたり。ただ、僕らの家が建つ通り沿いの桜並木だけは変わっていなかった。

「こいつがあるおかげで僕の部屋のプライバシーが守られてるんだよな」

 小春の部屋は南向きのベランダに面していて、僕の部屋は北側の一部屋だ。だから窓を開けて居ると小春の部屋も僕の部屋も丸見えになってしまう。桜の葉が散る前までは、それがカーテンになってお互いの部屋が見えないわけだ。

「ただいまー」

「おかえりなさい。これから桜さんの家で帰国祝いをやるから一緒に行くわよ」

「え?なにそれ。なにも聞いてない」

「今日のお昼に決まったんだもの。もう話が盛り上がっちゃって。お父さんは帰ってきたら合流する事になってるから。隼人も小春ちゃんとの積もる話があるでしょ?」

「あ、まぁ。多少は」

 今日彼氏が居るからと釘を刺されたばかりだ。それで小春の家に行くなんて。小春はどう思うのだろうか。昔の彼氏?ただの友人?それとも幼なじみ?まぁ、なんにしても積もる話というよりも、今日清水さんが言っていた小春の彼氏である氷川良介という男の子とが気になったので、聞けたらそれも聞いておきたかった。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] >おおよそ半年分くらいは遅れている様だった。 新年度の開始時期が約半年ズレてるもんね 米国に残ってたらこれから三年生になるところだろうし、一学期分丸々休学してたのと同じ感覚かと …あ…
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