【第十六話】謀
「さっき、僕の心に小春が居たら本当に好きになれないっていってたじゃない?アレってどの程度の存在になればいいの?」
「そうね……。正直さっきはあまり深く考えてなかったのだけれど、ただのお友達、位かしら」
「それなら、もうそんな感じだと思うけど。今の状態じゃダメなの?」
「桜さんがそうじゃないから……。桜さんに好きって言われても友達に思える?」
鋭い。正直、いつまでも「好き」と言われ続けると単純な友達状態に持って行くのが酷く厄介だ。ここは牧原君に頑張って貰うしかないか。
それから数日経ってもなにも言ってこないので、気になってこちらから確認の連絡をしてみた。
『小春、ちょっといいか』
帰ってからメッセージを送る。今の小春の気持ちを再確認しようと思ったのだ。
『なに?告白なら大歓迎だけど』
言うまでもないらしい。
『いや、それは分かったからさ。牧原君のことはどうなんだ?好きになれそうなのか?』
『よく分からない』
まぁ、まだあまり話してないだろうからな。小春は見た目に反して慎重派というか人見知りするタイプだからな。
『とりあえず友達から始めるんだろ?』
『うん』
『じゃあ、頑張れよ。いつまでも僕から卒業出来ないんじゃ、人生ふん詰まりになるぞ』
『わかった』
妙にしおらしい。こういう時は分かってない時の反応だ。でも一応、言葉上では言質ををったと言っても良いだろう。 ところが、翌日から小春は家の前に待っていることもなく。教室で声を掛けられることもなく。視線すら合わせてこない。逆にこっちのペースがおかしくなるくらいに僕との関わりを絶ってきた。良いことなのだろうけど、ちょっと逆に心配になる。
「いやいや、コレは小春の作戦だ。そうに決まってる」
「なにがそうに決まってるの?」
気が付けば清水さんがお弁当を持って僕の席にやってきていた。
「いや、小春の様子がおかしい」
「気にしないんじゃなかったの?」
「そうなんだけどさ。急すぎるんだよ。なんか企んでるかのような……」
「なにを企んでいたとしても、関わりがなくなるのなら私は大歓迎だけれど」
「それもそうか」
そう言ってお昼を食べているけども。小春が大人しくお昼を食べているのが気になってしまった。
「隼人、ちょっといいか」
お昼が終わったのを見計らったかのように和彦が声を掛けてくる。
「おう。なんだ?」
「ここじゃなんだから中庭に行ってもいいか」
和彦が何か慎重な顔をしている時はあまり良い話じゃない。僕たちはようやく秋めいてきた風の吹く中庭のベンチに座った。
「で?どうした」
「桜のことなんだけどさ」
「ああ、なんかおかしいな。今朝から僕に一切関知せずって感じだ」
「それだけならいいんだけどさ。今まで桜には隼人がいただろ?それが最近フリーになったって話が駆け巡ってよ。何人かの男子が桜に告白したらしいんだが……」
「ああ、剃れも聞いてる。サッカー部の牧原ってやつだろ?」
「名前までは俺も知らないけど、話の続きがあってだな。その何人かってのに全員オーケーを出したりしてるらしいんだよ」
「なんだそれ。喧嘩になるだろ」
「それな。それで俺が隼人と仲が良いからって仲介入ってくれって言われてな。まぁ、アレだ。桜の様子を確認したいって事だろうな」
「うーん……。最近はホント接点がなくなったからな。昨日ちょっとメッセージ送ったけど、牧原とは友達から始めるとか言ってたぞ」
「そうなのか。にしてもこの噂、結構広がっててな。正直良い方の噂じゃなくなってる。隼人はどうするんだ?」
「どうするって言われてもなぁ……。僕は清水さんが居るし」
「そうだな。で、だ。今から言うことは本人にまだ言わない方がいいと思うんだけどな、噂の出所は清水らしいんだよ」
「は?」
清水さんはそういうことをしないと思うけど。そう言ったけども和彦は否定した。
「どういうことだよ。清水さんがそういう噂を広げて僕が小春に対して愛想をつかせようとしてるっていうのか?」
「正直、その可能性がある。だから本人にはまだ言わない方が良いって思ってさ」
「ちょっと小春に確認取って見る」
和彦の言うことが本当なら小春は困っているということになる。僕は小春に放課後、公園に来てくれとメッセージを送った。既読は付いたが返信は来なかった。 放課後、コンビニ横の公園にあるブランコの柵に腰をもたれかけてスマホでメッセージを確認する。まだ小春からの返事はない。そもそもここに来ないかも知れない。結局三十分経っても約束の時間に来なかったので帰ることにした。徹底的に僕との関わりを避けているようだ。
僕は大きく伸びをして隣のコンビニで肉まんを買って桜並木を食べ歩きする。カーブする桜並木から自分の家が見えてきた辺りで後ろに気配を感じたので振り返るとそこには清水さんが居た。
「公園で誰を待ってたの?」
「小春」
ここで嘘をついても仕方がない。公園で待ち合わせなんて小春以外には居ないからだ。
「桜さんのことが如月君の心にいる限りは、本当に好きって言えないかも知れないって私は言ったと思うのだけれど」
少し挑発的な口調に今日の和彦の言葉を思い出す。「噂の出所は清水さんらしい」
「いやな、なんか小春のやつが告白を受けた相手全員にオーケーを出すなんて酔狂な事をやってるみたいでさ。その一人から相談を受けた」
和彦を介しての相談だが嘘は言っていない。
「そう。それで如月君はどうするつもりだったの?止めさせるつもりだったの?」
「どうだろうな。正直なところ幼なじみとしては、そんな中途半端な事は止めてもらいたいかな」
「私が嫌だと言っても?」 この嫌、というのは小春との関わりをを持つことを言うのだろう。噂の出所。聞いてみたいが和彦の言うことは大概の場合が正しい。
「そうだな。コレばかりはちょっと止めたいかな。幼なじみの自分まで変なやつ呼ばわりされるのは清水さんも困るだろ」
話をちょっと逸らす感じで言ってみる。清水さんは髪を触りながら一思案、次に出た言葉がこれだった。
「別に困らないし、困らせようとしている桜さんが私は嫌い」
確かに筋は通っている。僕の心から小春を排除するならそういう態度を僕も取るのが一番だろう。でもそれでいいのか?仮に噂の出所が清水さんだとしたら、小春は困ってることになる。助けなくてもいいのか?僕はその場では「分かった」と承諾をした。そして清水さんを家まで送り届けてから再び学校の前を通って家路に着く。
コンビニまで来たころでキィキィとブランコを揺らす音が聞こえたので公園を覗くと、ブランコには小春が座っていた。声を掛けるか迷って居たけども、帰ったらメッセージを送るつもりだったからそのまま声を掛けることにした。
「小春」
「来ちゃった」
「約束の時間はとっくに過ぎてるけどな」
「うん。でも隼人なら見つけてくれると思ってた」
「なんか最近変な噂を聞いてな」
「うん。私もそれで困ってる。なんか急に沢山の人から告白を受けてて。全部答えられるはずないし、全部断ってたんだけど……」
「全員と付き合ってるなんて噂が立ってると」
「うん……」
これは和彦の言葉が正しいのか?噂の出所は清水さん。だとしたらあまり良い気分ではない。「小春。取り合えず、告白を受けた相手全員にもう一度断りを入れてくれ。僕はちょっと確認したいことがある」
「分かった。ごめんね。変なことに巻き込んじゃって」
「いや……」 構わないさ。そう続けようと思ったけども公園の入り口に清水さんが立っていることに気が付いて僕は背筋に嫌な汗を感じた。
「いや、これは……」
反射的に弁明に走ろうとしたのが逆効果だった。
「嘘つき」
「……!」
「どうしてそんなに桜さんに肩入れするの?如月君の心の中から桜さんは居なくなるんじゃないの?」
「今回のは緊急を要するというか何というか……」
思わず言葉がしりつぼみになる。
「そんなに桜さんの事が気になるなら、桜さんと一緒に居ればいいじゃない。私はそれでいいから。それじゃ」
「清水さん!」
呼び止めたけどもそのまま歩いて行ってしまう。ここで追えばどうにかなるのか。小春の方を見ると今にも泣きそうな顔をしている。どっちだ。僕はどっちを選べばいい?
僕は……。